玉川上水の木漏れ日

 ワヤン・トゥンジュク梅田一座のブログ

■黄大仙祠で祈る

2017年01月25日 | 出張
何度か香港には来ているが、まだ一度も行っていない場所があった。それがここ「黄大仙祠(ウォンタイシンチ)」である。
今回、日本に帰る便がたまたま午後だったので、午前中に行ってみたという次第。

ここを一言でいうのはなかなか難しいものがあるが、簡単にいえば、香港の聖地といえばいいだろうか。イギリス統治下でいかに西洋近代風の暮らしをしていても、身体の中身はやっぱりチャイニーズ。食も心も暦も中国がある。
そんな心情を支えているのがこの「黄大仙祠」なのである。
旧暦ではいまはまだ年末だけれど、大晦日の27日には朝から人が並び、夜12時(新年になった瞬間)に開門された途端、線香をもって本堂までダッシュするのが習わしだそうだ。
どこかで見たような光景だ。それも「歳男」というんだろうかね・・・。



またここは、「道教」と「儒教」と「仏教」が集合した信仰の寺院?というか廟でもある。だから、道士と孔子と観音菩薩が祀られている。
「三教同源」とある通り、それら「三つの教え」の根源は一緒だ、と言っているわけである。
もともとはもちろん道教なのであるが、道教というのは、なかなか「寛容」で、集合の精神もある教えなのだ。



寺院の解説によると、ここの正式名称は「嗇色園黄大仙廟」というそうだが、「嗇」とは、物を大切にし浪費しないことをいうそうで、「色」は物質や肉体のことだから、「嗇色」とは、つまり「節約節制」ということになる。
「黄大仙(ウォンタイシン)」とは、4世紀の中国の人であるそうだ。
本名は「黄初平」といって、浙江省の貧しい家系に生まれ、生活のために幼い頃から野良仕事をしていたが、15歳のときに山で仙人と出会い、出家して山ごもりで修行を積み、ついに仙人となったという。



中国というところは、もともと輪廻転生の考えのない国である。そう、すべては現世利益。だから死なずに人生を謳歌することがいい。つまり不老長寿がサイコー、というわけだ。
その具現化されたかたちが、「仙人」だ。霞があれば生きられるわけだから、省エネ人生だ。

でも、なぜ、ここまで人気があるのか、というと、それにはちゃんとした理由がある。
それは「有求必応」と書いてあったが、つまり「誠意をもってお願いをすればすべての望みを叶える」と黄大仙が言ったから、らしいのだ。阿弥陀如来のような人だ。



そのせいで、人々がたくさん参拝に来るようになった、ということらしい。
また、そこから派生して、いまでは占いのメッカ?にもなっていて、まあ、たくさんの占い師が軒を連ねていた。
どうも、占い方法には竹簡を使う方法と木片を使う二種類の方法があるようなのだが、この辺りに来る人たちはほとんど英語が通じないので、やり方も意味も皆目わからない。
でも、どうやら、参拝は線香が基本らしいので、とりあえず買って参拝だけはしてきた。やや真剣に。






最後に、裏に回ったら、小さなシノワズリー(当然か、本家だものね)な庭園があったので一周してきた。
後で解説を読んでわかったことだが、ここの施設はすべて厳密な「風水」の気脈によってコンフィギュアされているらしい。



驚いたことに、その気脈は広東省の深圳(シンセン)から降りてきたものが、大帽山(香港の最高峰)に集合し、ビクトリア港を越えて、夜景で有名なビクトリアピークのある大平山に流れ出ているという壮大なものだった。
ま、この途中にあるのが、香港上海バンクの建物で、その中央に穴が空いているのは、その気脈を塞がないため、ということなのだ。
ああ、これでつながった。80年代、このハイテクな建物が風水でできているとは聞いていたが、ま、それがこれだったとは。

というわけで、園内には、風水の元となる陰陽五行である「木火土金水(もっかどごんすい)」のパビリオンが配置されているというわけだ。
ともあれ、ま、これで、このプロジェクトも安泰だ。(は/281)


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