天上の月影

勅命のほかに領解なし

寂光土義の序言(一)

2015年11月30日 | 法本房行空上人試考

法本房行空(生没年不詳)の教学をうかがう資料として、三条長兼(生没年不詳)の日記である『三長記』に見られる記述と、弁長(一一六二~一二三八)の『浄土宗要集』第五「第六十五 第十八願事」に記された断片が確実なものといえるが、もう一つ同じく弁長の『末代念仏授手印』を検討しておかねばならない。すなわちその裏書に、「然るに近代の人人、学文を先と為し、其の称名を物の員(かず)とも為さず。是れ則ち邪義也、邪執也。無道心の人也。後世の心無き也」といい、その「近代人人の義」として、三人の義を挙げ、
     此の三人の義は近代興盛の義也
    已上の三義は是れ邪義也。恐るべし恐るべし〔御在判〕
    全く是れ法然上人の義に非ず。(『浄全』一○・一○~一一頁)
等といっている。弁長が三人の義を邪義と断ずるのは、「学文を先と為し、其の称名を物の員(かず)とも為さず」とあるから、学文を重んじ、称名を軽んじていることによる。

ではその三人が誰であるかは「或る人の云く」というのみで、名を挙げていないが、幸西(一一六三~一二四七)・證空(一一七七~一二四七)・行空と見るのが鎮西派の一般的な解釈である。たとえば、妙瑞(?~一七七八)の『徹選択集私志記』巻中には「此の三或人の中に初の或人は是れ成覚房の計也。後の或人は是れ法本房の計也。中間の或人は是れ西山門流の計也」(『浄全』八・一九七頁)といっている。また現代においても、大橋俊雄氏「弁阿聖光本『末代念仏授手印』について」(『恵谷先生古希記念 浄土教の思想と文化』一九七二年)、高橋弘次氏『続法然浄土教の諸問題』(山喜房仏書林、二○○五年)所収の「二祖聖光における教学の二面」(『坪井俊映博士頌寿記念 仏教文化論攷』一九八四年)、花田玄道氏『鎮西上人』(大本山善導寺、一九八七年)四九~五一頁、阿川文正氏『聖光上人伝と「末代念仏授手印」』(浄土宗大本山善導寺、二○○二年)一二六頁などに示されている。

そこで第三義の行空の義を挙げると、

或る人の云く、寂光土の往生、尤も是れ殊勝也。称名往生は是れ初心の人の往生也。其の寂光土往生は尤も深き也。(『浄全』一○・一一頁)

とある。『念仏三心要集』もまったく同じである(『同』一○・三九一頁)。ただ『念仏名義集』巻下は少し文が違って、

或る人は寂光土の往生を立つる。此の学文を我に随てせよ。若し此の心を知らずして念仏申さん者は往生すべからずと申す。(『同』一○・三八二頁)

とある。のちにこの文に注目するところがあるが、いまは『末代念仏授手印』によって論を進めよう。

そしてこの行空の義について、山上正尊氏は『一念多念文意講讃』(為法館、一九五六年)九○頁に「寂光往生義」、梯實圓氏は『法然教学の研究』(永田文昌堂、一九八六年)四四七頁に「常寂光土義」、伊藤唯真氏は『浄土宗史の研究』(法蔵館、一九九六年)一七二頁に「寂光土往生説」と呼ばれているが、『望月仏教大辞典』や『浄土宗大辞典』、また石井教道氏の「鎮西教学研究序説」(『大正大学学報』二一・二二・二三、一九三五年)や阿川文正氏の『前掲書』一二五頁などには「寂光土義」と呼ばれているので、それにしたがうことにする。

ただこの寂光土義を行空の義であるとするのは、『末代念仏授印』を弁長の資・良忠(一一九九~一二八七)が『決答授手印疑問鈔』を著して註釈し、さらにそれを良忠の孫弟子にあたる持阿良心(?~一三一四)が『授手印決答受決鈔』を著して註釈した、その『授手印決答巻下受決鈔』にいまの寂光土義を解釈した最後に、
    美濃の国の法報房と云ふ人、此の義を立つ云云(『浄全』一○・一二二頁)
といったことにはじまる。

そこで、松野純孝氏は『親鸞─その生涯と思想の展開過程─』(三省堂、一九五九年)一一九頁に「良心は何に基づいてこうした釈をなしたかわからない」といい、梯實圓氏も『前掲書』四四七頁に「何を根拠にそういっているのかわからないから、にわかに信用できない」といわれている。また伊藤唯真氏も『前掲書』一七二頁に「寂光土往生説を行空の説とする見解(=良心の釈)もあるが、果たしてどんなものであろうか」といわれている。寂光土義を簡単に行空の義とするには疑問が呈されているのである。

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主人と客人

2015年11月30日 | 水月法話

信心は「念仏申さんとおもひたつこころ」である。思い立ったのであるから、当然「なまんだぶ、なまんだぶ」と出るはずである。信心はお念仏の声となって相続される。思い立つだけで命が終わってしまえば仕方ないが、命があるのにお念仏申さないとすれば、その信心はただの観念にすぎない。お念仏申すのである。つとめてお念仏申していくのである。そこに「つとめて」というと、すぐに自力だという人がいる。それは難癖というものである。『蓮如上人御一代記聞書』55条に、

実如上人、さいさい仰せられ候ふ。仏法のこと、わがこころにまかせずたしなめと御掟(ごじょう)なり。こころにまかせては、さてなり。すなはちこころにまかせずたしなむ心は他力なり。

といわれている。本願寺第九代宗主・実如上人は父・蓮如上人の言葉としてたびたび仰せになった。仏法のことは自分の心にまかせずたしなめと。それも他力すなわち阿弥陀さまのおはたらきであるというのである。ここに直接「つとめて」とはないが、自分の心にまかせていればお念仏は出るものではない。ゆえに阿弥陀さまの必ず救うという仰せにまかせて、「つとめて」お念仏申せといわれているのである。そのお念仏を自分の手柄にしようとすれば確かに自力であるが、阿弥陀さまの仰せのままにお念仏申しているのであるから、どれほど「つとめて」も他力のお念仏である。要は、自分の心にまかせていては煩悩に振り回されるだけである。そして煩悩によって愛と憎しみの世界を描きだし、生に迷い死に怯え、世間の波に流されていくのである。そこに私という主体があるようで、実はない。だから法然聖人は「七箇条起請文」に、

煩悩をば心のまら人(客人)とし、念仏をば心のあるじとしつれば、

といわれるのである。また『蓮如上人御一代記聞書』157条にも、

仏法をあるじとし、世間を客人とせよといへり。

といわれている。煩悩・世間を私たちの心の中では客人とし、念仏・仏法を主人とせよというのである。すなわち、つとめて「なまんだぶ、なまんだぶ」とお念仏申し、それを主人として、煩悩・世間を客人とするとき、何があっても揺るがない真の主体が確立するのである。

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口を開ける

2015年11月29日 | 水月法話

こうして信心とは、無疑をもって当義とし、信相をいえば信順の義、信任の義、信憑の義であり、体徳といえば真実心である。わかりやすくいうと、阿弥陀さまは五劫の思惟と兆載永劫の修行によって、お念仏という行法を選び取られ、私たちに恵み与えて下さっている。あたかも医師がたくさんある薬のなかから、あるいは一番よく効く薬を作り、私たちに「これを飲みなさい。私が必ず治してみせますよ」といっているがごとくである。それを私たちは、どうだろうか、こうだろうか、と、ふたごころなく、閉ざしていた口を開けるのである。これが無疑の義である。するとお念仏という行法の薬が私たちのなかに入る。それは医師の言葉にしたがったということで、信順の義である。またそれは医師の言葉にまかせたということで、信任の義である。またそれは医師の言葉を憑(たの)んだということで、信憑の義である。またそれは医師の「必ず治してみせる」という心が届いたということで、真実心である。とにかく私たちはまず口を開けることが肝要である。閉ざしていれば、どれほど効く薬でも、ただの粒や粉にすぎない。口さえ開ければ薬は入る。ゆえに無疑をもって当義とするといわれるのである。そして私たちのなかにお念仏という行法の薬が入ったのであるから、お念仏申そうという心がおこる。『歎異抄』に「弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき」とある。「念仏申さんとおもひたつこころ」、それが信心である。そこには「必ず助ける」という仰せが響いているのであるから、「必ず助かる」という心がある。そして「なまんだぶ、なまんだぶ」と口に出る。信心のすがたである。その「なまんだぶ、なまんだぶ」は私の動作でありながら、阿弥陀さまからのいただきものである。たまわりものである。そこで浄土真宗では「念仏」と呼び捨てにせず、「お念仏」あるいは「お念仏さま」と呼ぶのである。

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タマをヘェ~

2015年11月28日 | 水月法話

「信心」の日本語訳として「タノム」という言葉を出したから、それに関連して「タスケタマヘ」という言葉について話しておこう。この言葉は、親鸞聖人には用例がない。蓮如上人が信心をあらわすのに用いられたものである。たとえば『御文章』の「末代無智章」に、「末代無智の在家止住の男女たらんともがらは、こころをひとつにして阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、さらに余のかたへこころをふらず、一心一向に仏〈たすけたまへ〉と申さん衆生をば」といわれているごとくである。

私は何かのおつとめや法話のあと、『御文章』を拝読するのに、この「末代無智章」を敬遠している。中陰のあいだは「白骨章」を拝読するが、それ以外はすべて「聖人一流章」にしている。それは、短いということと、そのなかに浄土真宗の肝要が見事に凝縮されているからである。では「末代無智章」はそうでないのかというと、同じなのであるが、ただ「仏〈たすけたまへ〉」がひっかかるのである。これは説明をしないと、誤解される恐れがある。普通に読めば、「神よ、たすけたまえ」のように、「助けて下さい」という意味に受け取られやすい。それで敬遠するのであるが、説明をしておくと、『御文章』の場合は「助けて下さい」といっているのではないのである(お筆始めの『御文章』はのぞく)。『蓮如上人御一代記聞書』188条に、

聖人(親鸞)の御流はたのむ一念のところ肝要なり。ゆゑに、たのむといふことをば代代あそばしおかれ候へども、くはしくなにとたのめといふことをしらざりき。しかれば前々住上人の御代に、『御文』を御作り候ひて、「雑行をすてて後生たすけたまへと一心に弥陀をたのめ」と、あきらかにしらせられ候ふ。しかれば御再興の上人にてましますものなり。

といわれている。詳しいことは省略するが、浄土真宗の肝要である「信心」すなわち「タノム」の内容を「雑行をすてて後生たすけたまへと一心に弥陀をたのめ」と示して下さったので「御再興の上人」と申し上げるというのである。ここで、「雑行をすてて後生〈たすけたまへ〉と一心に弥陀を〈たのめ〉」といわれている。このなかから〈たすけたまへ〉と〈たのめ〉だけ取り出せば、「タスケタマヘとタノム」となる。「タスケタマヘ」と「タノム」のあいだに「と」の字があることに注意しなければならない。それによって「タノム」の内容が「タスケタマヘ」ということがわかる。その「タノム」にお願いをするという意味がないことは前にお話した。そこで「タノム」の内容である「タスケタマヘ」にもお願いをするという意味がないことになる。「助けて下さいと、あて、たよりとする」というおかしな日本語になるからである。この「タスケタマヘ」は、許諾(こだく)の義といって、「必ず助ける」という阿弥陀さまの仰せに対して、「さようならばお助け下さいませ」と、あて、たよりとしていることである。そこで阿弥陀さまにしたがい、おまかせている状態になる。それが「タスケタマヘ」である。

このように「タスケタマヘ」は説明されるのであるが、私の記憶に間違いがなければ、利井鮮妙和上であったと思う。一言で説明をされた。「タスケタマヘはタスケタマで切るべし。助けたまう法に対して、ヘェ~といただく。それがタスケタマヘじゃ」

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源左の一言

2015年11月27日 | 水月法話

そして、阿弥陀さまを人生のよりどころといただいたならば、それ以外は一切あてにはならぬのだと気づかせていただくのである。ただ、そういうと、ある人がおっしゃる。「ご院さんみたいなこというとったら、さみしいやないか、これから先、生きて行かれへんやないか」

違う。違うのである。厳しい言い方になるが、家族・ファミリーは所詮あてにはならぬ。あてにならぬからこそ、いま、家族・ファミリーと話ができたら、それを喜ばせていただくのである。健康というのはあてにはならぬ。あてにならぬからこそ、いま元気で仕事ができたら、それを喜ばせていただくのである。いのちというのはあてにはならぬ。あてにはならぬからこそ、朝、目が覚めたとき、目が見える、手が動いた、それを喜ばせていただくのである。私たちは、ともすれば、不平と不満と愚痴の日暮らしになりがちである。しかし、ありがたきこと、喜ぶべきことは、日常、いたるところにあるはずである。

昭和の五年に亡くなられたお方で、因幡の国、現在の鳥取県に足利喜三郎、通称、源左という方がいらっしゃった。妙好人とたたえられるお方であるが、ある夏の昼下がり、田圃で仕事をしていたら、夕立に降られてずぶ濡れになってしまった。そこで急いで家に帰ろうと走っていると、途中にあるお寺の御住職がそのすがたを見つけて声をかけた。
「じいさん、よう濡れたのう」
そしたら源左さん、
「ありがとうござんす、ご院家さん。鼻が下に向いとるで、ありがたいぞな」

私たちの日常、身の回りには、ありがたきこと、喜ぶべきこと、いたるところにある。そのありがたきこと、喜ぶべきことに、一つ一つ目を開かせていただくのが浄土真宗の教え、でもあろう。昔から浄土真宗は、ありがたい教えだといわれてきた。何がありがたいのか、教え自体のありがたさ、尊さとともに、そうした日常のありがたきことに目を開かせていただくから、ありがたい教えといわれるのでもあろう。

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新幹線

2015年11月26日 | 水月法話

あまり厳しいことをいうと、眉間に皺が寄るだけであるから、話を換えよう。私には子どもが三人いる。女・女・男の三人である。もう十数年前になろうか。一番上のお姉ちゃんがまだ小学二年生のときである。そのお姉ちゃんが私の顔を見るたびに「新幹線、新幹線」という。おそらく新幹線に乗って旅行した友だちがいたのであろう。その話を聞いて、自分も乗りたいと思った。それで「新幹線、新幹線」というんだと思う。そしてお姉ちゃんがいうもんだから、当時保育園の年長組であった真ん中のお姉ちゃんも「新幹線、新幹線」、そしたら一番下の男の子までが二歳にもかかわらず「新幹線、新幹線」。あまりにいうものだから、「思いきって行こか」ということになって、山口県へちょっとした小旅行を敢行したことであった。

神戸まで車で行き、そして新神戸駅から新幹線に乗った。ところが、西に向かう新幹線というのはトンネルばっかりである。お姉ちゃんにしてみれば、速い速い新幹線に乗って、窓から見える風景を楽しみたかったのに、トンネルばっかりで退屈してしまったんだと思う。しかし、私はそうとも知らず、「よかったなぁ、お姉ちゃん。念願の新幹線に乗れて」そしたら、「お父さん、もう新幹線ええわ。トンネルばっかりや。面白ない。今度なぁ、ヘリコプター乗りたいねん」

その帰りであった。家族そろって旅行したというのはそのときがはじめてであったから、何だか疲れてしまい、帰りの新幹線が出るまでにはだいぶ時間があるので、待合室で待とうということになった。そこでベンチを探していたら、新幹線の駅のベンチというのは変わっている。背もたれのついた座るところの、あいだあいだに、あれは荷物を置くための台であろうか。そうしたものがある。そのベンチに私が座る。坊守も座る。一番上のお姉ちゃんも座る。一番下は坊守の膝の上に座った。残ったのは真ん中のお姉ちゃんである。自分も座りたいんだけれど、ほかのお客さんが座っていて、座るべき場所がなかった。それでも何とか座りたいと思って、見つけたのが、あいだあいだの荷物を置くための台である。よじのぼるようにしてやっと座ることができた。

しばらく時間が過ぎて、時計を見ると、発車時刻までにはまだ時間がある。私、「あ~、しんど」背もたれにもたれる。坊守も「あ~、しんど」、一番上のお姉ちゃんも「あ~、しんど」、一番下も「あ~、しんど」いうたかどうかは知らないが、そのときである。真ん中のお姉ちゃん、自分のうしろにも背もたれがあると思ったのであろう。そのまま後頭部から床に向かって一直線。待合室中、響きわたるような声で大泣きである。幸い大きなケガはなかったが、その泣いている子どもに向かって、「どこ見とったんや。何で背もたれのないのがわからへんのや」「だって、お父さん、うしろに目ないもん。」「そら、そやな」

その子にしてみれば、お父さんやお母さんやお姉ちゃんのように、自分のうしろにも背もたれがあると思うた。ところが、不幸なことにその背もたれがなかったがゆえに、後頭部から床に向かって真っ逆さまとなったのである。いま、私たちも、あてにならぬもの、たよりとならぬものを、あてにし、たよりとして生きているというのは、あたかも、背もたれのない椅子にもたれようとしているがごとくであろう。私たちが、真にたよりとすべきは、真にあてにすべきは、みずからのからだの全体を受け止めてくれる、背もたれのごときものでなければならない。それこそ、お念仏一つで必ず救うと仰せ下さる阿弥陀さまである。私たちがいかなる生き様になろうと、差し支えることなく、注文つけることなく、このままを抱きしめ、決して見捨てることはないぞ、どんなことがあっても見放すことはないぞと仰せくださる。私たちのこのままを、そのまま引き受けてくださる。われにまかせよ、必ず救う。この阿弥陀さまをこそ、真に人生の力とさせていただくのである。(つづく)

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人生の実相

2015年11月25日 | 水月法話

「信心」という言葉は、漢字であるから、もともと中国語である。これを日本語に訳せば「タノム」になる。親鸞聖人が「本願他力をたのみて」といわれるごとくである。こうした日本語となった言葉をもう一度漢字に置き変えるというのもおかしいが、「タノム」には「頼」「恃」「憑」などがある。そのなかで親鸞聖人は「憑」の字を用いられるのが特徴である。「大悲の弘誓を憑み」といわれているのがその例である。そこで信心は、無疑(疑いが無い)をもって当義とし、信順(したがう)の義、信任(まかせる)の義、また信憑(たのむ)の義ともいわれるのである。

このタノムという言葉を多用されたのは蓮如上人であった。『御文章』を拝読していると、タノムという言葉が頻繁に使われていることに気づくであろう。たとえば、「末代無智章」には「末代無智の在家止住の男女たらんともがらは、こころをひとつにして阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて」とある。また「白骨章」の終わりにも「たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて」とある。

このタノムという言葉、現在では要請する、お願いをするという意味で使われている。しかし、『御文章』が書かれた五百年ほど昔には、そうした意味は一切なかった。ここはとくに注意をしておく必要がある。先ほどの『御文章』を読まれて、阿弥陀さまに深くお願いをすることなんだなと理解をされたら、それは間違いである。ではどういう意味か。『御文章』で使われているタノムとは、あてにする、力にする、たよりにする、まかせる、といった意味である。たとえていうと、背もたれのある椅子にもたれているような状態である。背もたれをあてにしている、背もたれを力にしている、背もたれをたよりにしている、背もたれにまかせている、そういう状態をタノムというのである。

では私たちは、私たちの人生のなかで、いったい何をあてにしているのか、何をたよりとしているのか、ということを考えてみなければならない。そして、それについては、人によってさまざまな答えがあるであろう。ある人は、私は家族・ファミリーがよりどころでありますという。またある人は、私は仕事こそが支えでありますという。またある人は、私はみずからの才能・技術・能力がたよりでありますという。なかには、私にはそうしたものは一切ございません、という方があるかもしれないが、そういう方でも、自分自身というものをたよりとして生きていらっしゃるはずである。

ところが、そうしてあてにしているもの、実は、本当にあてになるのだろうか、本当にたよりとなるのだろうか、ということがある。自分自身がたよりといっても、その自分自身はかならず死んでいかねばならぬものである。仕事といっても、私たちはかならず年老いていかねばならぬものである。みずからの才能・技術・能力といっても、私たちはかならず病いを受けていかねばならぬものである。家族・ファミリーといっても、私たちはかならず別れていかねばならぬものである。そうすると、私たちは、実はあてにならぬものをあてにし、たよりにならぬものをたよりにして生きているのではないか、そういうことになってくるであろう。(つづく)

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相撲

2015年11月24日 | 水月法話

阿弥陀さまはお念仏一つで「必ず助ける」と仰せ下さっている。それを私たちは素直にありがとうございますといただいていく。そこに「必ず助かる」という心が開ける。この「必ず助かる」が浄土真宗の信心である。阿弥陀さまの「必ず助ける」の仰せが私の上に届いて「必ず助かる」となったのである。ところが私たちはなかなか阿弥陀さまの仰せを素直にいただくことができない。どうだろうか、こうだろうか、と考えてしまう。疑いである。それが私たちの持ち分といえば持ち分であるが、その底に流れているのは阿弥陀さまの前に伏すという心の欠如である。一時期、勝ち組・負け組という言葉が流行った。人生、勝たねばならぬ。しかし、また負けるのもいいものである。楽になるからである。勝とう勝とうと気張っていた心のヒモがほどけて、世界が開ける。といって、何でもかんでも負けてばかりはいられないであろうが、阿弥陀さまの前では負けていくのである。阿弥陀さまに勝とうと思うから、「必ず助ける」の仰せをいただけないのである。負けて、阿弥陀さまの仰せにしたがうのである。

私がお育てをいただいた大阪・高槻にある行信教校という僧侶養成の学校で、語り草になっている話がある。私自身、誰からお聞かせにあづかったのかわからない。先生方か先輩方か。とにかく山本佛骨和上の逸話である。いまは駐車場になっている場所で学生たちがキャッチボールをしていたそうである。ところが和上は大の相撲ファンで、野球がお嫌いであった。そこで気分を害されたのであろうか、学生たちのワァーワァーという声を聞かれて、講師室の窓を開け、「やめぃ、やめぃ!マリを投げあって何が面白い!そんな暇があったら、お聖教の一行でも読め!」とお叱りになる。それがいつものことであった。あるとき、同じようにお叱りを受けた学生の一人が、「相撲も野球も同じスポーツなのに、なぜ相撲が良くて、野球がダメなのですか?」と尋ねたという。すると和上は、「相撲は国技です」とお答えになられた。何だか答えになっているのかなっていないのか、お茶目な回答である。しかし続く言葉が、さすがは和上であった。
「君たちは横綱と相撲をとって百遍に一遍でも勝てるか?」
「そんなことはありえません。一遍で吹っ飛んでしまいます」
「そのとおりだ。阿弥陀さまと智慧比べするのではないぞ。負けて本願に帰せ」

「負けて本願に帰せ」。阿弥陀さまに勝とう勝とうとするのではない。阿弥陀さまには因位における五劫の思惟と兆載永劫の修行がある。とても私たちの及ぶところではない。負けて、阿弥陀さまの「必ず助ける」の仰せにしたがうばかりである。

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左文字

2015年11月23日 | 水月法話

浄土真宗の信心は「ケル」と「カル」、これに尽きる。「必ず助ける」という仰せを「必ず助かる」と聞いていくのである。ほかのことはいらない。それだけでいい。簡単なことである。そのこころを明治時代に活躍された大阪・高槻の利井鮮妙和上(1835~1914)は、

左文字、押さば右文字、助くるの、ほかに助かる、こころやはある

と詠われた。ハンコというのは左文字で彫られている。それを紙に押すと右文字になる。同じように、「必ず助ける」という左文字の仰せが、私の上に押されて「必ず助かる」という右文字になる。たったそれだけである。ところが私たちはすぐに、どうだろうか、こうだろうか、と考えてしまう。なかなか素直に受け入れられない。ゆえに「お正信偈」には「難中之難無過斯(難のなかの難これに過ぎたるはなし」といわれている。簡単なことがかえって難しいのである。もっと素直になるべきである。あなたがどれほど偉い人か知らないが、阿弥陀さまの前では何の役にも立たない。思い上がりを捨て、高上がりを捨て、ただ阿弥陀さまの左文字を押していただけばいい。それが信心である。

あるとき、布教先でホテルに泊まった。朝になって、身支度をし、部屋を出て、エレベーターに乗った。持ち物を確認すると、忘れ物はなかった。そのままフロントに行き、チェックアウトの手続きをした。そのとき「お車でしたら、駐車券をお出し下さい」といわれ、チェックインしたときに取った駐車券を出すと、「FRONT」と書かれたハンコを押して下さった。それを精算機に入れると駐車料金は無料になるのである。押されたハンコを見て、ふと気付いた。フロントの人が手にしていたハンコの「FRONT」は左文字であったはずである。それが私の手にある駐車券には右文字で「FRONT」とある。「ああ、鮮妙和上のおっしゃったことはこれだなあ」と思った。これさえあれば、精算機で何も付け足すものはない。遮断機が上がり、目的のお寺に行ける。左文字の「FRONT(必ず助ける)」が右文字の「FRONT(必ず助かる)」となって、何の造作も必要とせず、阿弥陀さまのひとりばたらきで私をお救い下さる。駐車券のハンコが信心の構造を示していた。

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ケルとカル

2015年11月22日 | 水月法話

私たちの「心」はコロコロ変わる。そこへ阿弥陀さまの「必ず助ける」という「ノ」の字が打ち込まれる。そうすると私たちに「必ず助かる」という心が開ける。これが信心である。「必ず助ける」という仰せを聞いて「必ず助かる」となる。この「ケル」と「カル」、これだけである。これ以外に信心はない。そこで古人は「勅命のほかに領解(りょうげ)なし」といわれたのである。あるいは天上の月が水面に映るがごとくである。信心があるかないか、自分の心のなかを探すのではない。出てくるのは妄念煩悩だけである。目の付けどころが違っている。阿弥陀さまを仰ぐのである。「ああ、必ず助けると仰せ下さっておったか。ありがとうございます」、これだけのことである。素直にいただけばいいのである。

江戸時代の終わりころ、東本願寺に一蓮院秀存(1788~1860)という学徳兼備の名僧がおられた。あるとき、四、五人の御同行が御本山へお参りに来たという。そして帰りに何か土産物をと思ったが、物を土産にするより、ここは浄土真宗の要をお聞かせいただいて、それを土産にしようと考えた。そこで一同は秀存師を訪ね、お願いしたところ、秀存師は「それはよい心がけじゃ」とおっしゃって、
「浄土真宗の要とは、ほかでもない、そのままのお助けぞ」
といわれた。すると一人の御同行が、
「それでは、このままでお助け下さるのですね」
と念を押すと、師は頭を振って、
「違う」
という。一同は驚いて、しばらく黙っていたが、また一人の御同行が顔をあげて、
「このままのお助けですか」
しかし師はまた頭を振って、
「違う」
といって、お念仏を申されるばかりであった。一同はわけがわからくなって、お互い顔を見合わせていたが、また一人が、
「おそれいりますが、もう一度お聞かせ下さいませ。どうにも私どもにはわかりかねます」
というと、師はまた一同に対して、
「浄土真宗の要とは、ほかでもない、そのままのお助けぞ」
同じ言葉の繰り返しであったが、それを聞いた一人がはっと気付いて、頭を下げ、
「ありがとうございます。もったいのうございます」
とお念仏申された。すると師は、たいへん喜ばれて、
「お互い、よい御縁にあわせていただいたのう。またお浄土でお会いしましょうぞ」
といわれたいう話が伝わっている。

「そのままのお助けぞ」という言葉を聞いて、「このままのお助け」と頭で理解するのではない。それでは他人事である。また土産話として聞いていくのではない。それでは持ち帰りである。いま「この私がお助けにあづかる」と聞いていくのである。そうしたら「ありがとうございます。もったいのうございます」となる。「ケル」が「カル」となったのである。

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クサビ

2015年11月21日 | 水月法話

阿弥陀さまは私たちにお念仏一つで必ず救うと仰せ下さっている。それを私たちは、どうだろうか、こうだろうかと疑いなく、考えることなく、素直にありがとうございますといただいていく。それが信心である。ゆえに信心は無疑をもって当義とするといわれる。信心とはとりもなおさず無疑心(疑い心が無いという意味)であるということである。そしてその信心はそのまま阿弥陀さまの仰せにしたがうことであるから信順の義(順はしたがうという意味)ともいわれ、阿弥陀さまのお力におまかせすることであるから信任の義(任はまかせるという意味)ともいわれる。また親鸞聖人は「信とはすなわちこれ真なり、実なり」といわれているので、信心とは真実心(まことの心)という意味もある。男性で「信」と書いて「まこと」と読む人がいるだろう。それと同じである。ただしいまの真実心は私の心が真実になるのではない。阿弥陀さまの「かならず救う」という真実が私の心に突き刺さっていることをいうのである。親鸞聖人の曾孫にあたる本願寺第三代宗主・覚如上人は『最要鈔』に「この信心をば、まことのこゝろとよむうへは、凡夫の迷心にあらず、またく仏心なり。この仏心を凡夫にさづけたまふとき信心といはるゝるなり」といわれている。

私は幼いころから高田慈昭和上のお育てをたまわった。母に連れられ、和上のお話をよくお聴聞させていただいたが、子どもの私には正直まったくといっていいほどわからなかった。それでほとんど覚えていないのであるが、二、三、記憶に残っているなかで、人間の心はコロコロ変わる。だから心というんだ。しかし、そこへ阿弥陀さまの「必ず」というクサビが打ち込まれたら、私の心も「必ず」になるとおっしゃって、黒板に「心」という字を書かれ、「ノ」という字を力強く書き込まれた。それを見て子どもの私は筆順が違うじゃないかというので、記憶に残っているのであるが、確かに私たちの心はコロコロ変わる。「凡夫の迷心」である。そこへ「仏心」阿弥陀さまの必ず救うの「ノ」というクサビが突き刺さったら、コロコロ変わる心が「必ず助かる」という動きようのない信心になる。信心とは私の「心」に阿弥陀さまの「ノ」という真実心のクサビが打ち込まれたことをいうのである。
(*和上は「クサビ」ではなく「釘」とおっしゃったかもしれない。子どものころの記憶なので、おぼつかないことを断っておく。ただ意味はわかっていただけると思う)

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注射

2015年11月20日 | 水月法話

浄土真宗の信心は、阿弥陀さまがお念仏一つで必ず救うと仰せ下さる、それを私たちがありがとうございますといただくことである。阿弥陀さまの仰せと私のあいだにフタをしてはいけない。フタとは、どうだろうか、こうだろうかと疑い、考えることである。そのフタさえ横にすれば、阿弥陀さまの仰せは私のなかに入ってきて下さる。それが信心である。ゆえに信心は、阿弥陀さまの仰せが私のなかに入っている状態をいうのであって、私のほうでは空っぽでなければならない。空っぽの私のなかに阿弥陀さまの仰せが充満しているのである。そのとき、阿弥陀さまは必ず救うと仰せ下さるのであるから、私はそれにしたがい、まかせることになる。そこで信心はまたしたがうことであり、まかせることでもあるのである。

私はこれまで何度か入院したことがある。はじめて入院したときは交通事故であった。大きなケガではなかったが、痛み止めか何かだったのだろう。決まった時間になると看護師さんが病室に来て、注射を打ってくれる。「さぁ注射しますよ~ ちょっとチクッとしますからね~」言葉は同じなのだが、Aという看護師さんだと何ともないのに、Bという看護師さんだと「痛っ!」と声をあげたくなるほど痛い。それで、今日はAさんだろうか、Bさんだろうか。Aさんだと「よかった」と思い、Bさんだと「うわっ」と思ったものであった。いずれにせよ、「注射しますよ~」という看護師さんの言葉を聞いたとき、私は腕を動かさず、なされるがままになっている。そして薬が私の身体のなかに入る。これである。看護師さんの「注射しますよ~」の言葉を拒絶せず受け入れたことは、そのまま看護師さんにしたがっているのであり、まかせていることである。信心にチクッというような痛みはないが、阿弥陀さまの仰せを素直に聞き入れるということは、したがうことであり、まかせることなのである。それによってお念仏という行法が私のなかに入って下さるのである。

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空っぽ

2015年11月19日 | 水月法話

浄土真宗でいう信心は、阿弥陀さまがお念仏という行法を選び取られて必ず救うと仰せ下さっている、それをありがとうございますといただいていることである。阿弥陀さまの仰せ(教)、お念仏(行)のほかには何もない。私のほうは空っぽの状態である。親鸞聖人は、教をあらわすときには「『大無量寿経』これなり」といわれ、行をあらわすときには「無礙光如来の名を称するなり」といわれ、証をあらわすときには「利他円満の妙位、無上涅槃の極果なり」といわれる。それらを出体釈という。教とはこれである、行とはこれである、証とはこれであると、その体(ものがら)を出されるのである。ところが信についてはそれがない。ということは信そのものに体(ものがら)がないのである。いただいている状態をいうからである。

むかし、神戸別院で何かの研修会があった。質疑応答の時間になって、どこかの御住職が「信心、信心というけれども、私には信心なんてものはない。だからここで信心を出してみろと言われても、出せるものではない」という意味のことを発言された。そしたら回りの御住職方が「そうだ、そうだ」とその御住職を援護された。私はたまたま横のほうに座っていて、「この人たちはいったい何を言っているんだろうか」と思った。「医者の不養生、坊主の不信心」とはよく言ったものである。御門徒の家で御法事があれば法話もするだろう。何を話しているのだろうか。『御文章』に「聖人一流の御勧化のおもむきは信心をもつて本とせられ候」と示されている。ただ言葉だけ拝読しているのだろうか。不審でしようがなかった。だいたい「信心を出してみろ」と思う発想が間違っている。信心に体(ものがら)はないのだから、出せるものではない。あえて出すとすれば、「なまんだぶ、なまんだぶ」のほかにないであろう。それはお念仏じゃないかと言われたら、これが信心のすがたであると答えればいい。お念仏という行法をいただいた。ここが信心である。そこで「なまんだぶ、なまんだぶ」と口に出る。「なまんだぶ、なまんだぶ」は信心のすがたにほかならないのである。ただし、それはいただいたものであって、信心そのものではない。信心は何度もいうように阿弥陀さまのお救いを、はからいなく疑いなく、受け入れている、おまかせしている状態をいうのである。そのためには私は空っぽでなければならない。何か詰まっていると、阿弥陀さまのお救いは入らないからである。

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水とコップ

2015年11月18日 | 水月法話

安心門というときの安心は信心を確立することであるから、安心と信心とは本来同じ意味ではない。それを蓮如上人が同じ意味として用いられ、今日に至っていることは前にお話した。ただ親鸞聖人にはそのような用例はないので、これからは信心という言葉を用いることにする。

信心とは、俗に「鰯の頭も信心から」と言って、自分の心を思い固める。信じよう、信じようとすることだと思われている方が多くいらっしゃるが、浄土真宗で言う信心は、信心という言葉は同じでも、その内容が違っている。ここはよくよく注意しなければならない。浄土真宗の信心は、阿弥陀さまの仰せをありがとうございますと、そのとおりいただくことである。たとえばいま私が喉が渇いているとする。そこでコップを持って水道のところへ行き、蛇口をひねって水を出し、コップで受けて、喉の渇きをいやすがごとくに、阿弥陀さまの仰せという水が、私というコップのなかに入っている状態、それを信心というのである。ただしそのとき、水とコップのあいだにフタをすれば、いくら蛇口をひねっても水は入らないように、阿弥陀さまの仰せの前にフタをしてはいけない。そのフタとは、疑いである。疑いとは、どうだろうか、こうだろうかと考えることである。考えることは大事である。何も考えずに生きておれば、どこに突き当たるかわからない。しかし、阿弥陀さまの仰せの前ではそれが邪魔になる。しばらく横に置くのである。そうしたら水がなみなみとコップのなかにそそがれるように、阿弥陀さまの仰せが私のなかに入ってきて下さる。それが信心である。ゆえに信心は、言い換えれば無疑心である。その無疑心も、疑い無き心と読む場合もあるが、疑い心が無い状態ということである。親鸞聖人も「信心は如来の御ちかひをききて疑ふこころのなきなり」と言われている。浄土真宗は決して厳しい修行をしなさいとも、難しい学問をしなさいとも言わない。ただ阿弥陀さまの仰せをいただくだけである。そのとき疑い心というフタをすれば、仰せが私に届かないから、フタをすることは厳しく誡められる。フタさえはずせば、阿弥陀さまの仰せという水は私というコップのなかに入って下さる。その入っている状態が信心である。それは何も自分が造ったものではないであろう?ただ阿弥陀さまの仰せが私のなかに入って下さっているだけなのである。

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タクシーで

2015年11月17日 | 水月法話

こうして阿弥陀さまはお念仏一つを選び取って下さったと聞きながら、実際の私たちは「お正信偈」や『阿弥陀経』などをおつとめしている。単純にそれらのほうがすぐれているように思いがちであるが、おつとめは起行門の立場である。蓮如上人が真宗門徒の日常勤行として「お正信偈」と定められたが、それぞれの生活に合わせて「讃仏偈」や「重誓偈」などをおつとめしてもいいであろう。どなたかの御命日であれば『阿弥陀経』をおつとめすればどうであろうか。浄土真宗のお経本のなかのものであれば、何でもいい。何でもいいと言われると迷うというのであれば、何かこれと決めればいいであろう。おつとめさせていただくことが大事である。ただ、いまお念仏一つというのは安心門の立場である。何度も言うが、安は安立で、心は信心であるから、信心を確立することである。阿弥陀さまが他のいっさいの行を選び捨て、お念仏一つを選び取って下さった。そのお念仏によって救われていくと心を定めさせていただくのである。腹の据わりと言ってもいいであろう。たとえば、いざ死ぬという事態におちいったとき、何をたよりとするかである。「お正信偈」をおつとめしている場合ではない。『阿弥陀経』をおつとめしている余裕はない。そこは「なまんだぶ」しかないであろう。安心門というのはそれである。

ある日、梯實圓和上がタクシーに乗られたときのことである。和上は常念仏のお方であるから、後部座席でずっと小声でお念仏申されていたそうである。それが運転手さんには耳障りであったのであろう。信号で停車したとき、和上のほうを振り返って「そんなに私の運転が怖いでっか!」と声を荒げたそうである。日本人は恐怖のまっただ中で震えるとき、思わず「なまんだぶ、なまんだぶ」と口にする人が多いようである。それと勘違いしたのであろう。しかし、和上は恐怖でお念仏申されていたのではない。阿弥陀さまのお念仏申せという仰せにしたがっていたまでのことである。それでも日本人の多くの方が、最後の最後のどん詰まりに「なまんだぶ、なまんだぶ」と口にするのは、呪文のごとくであるかもしれないが、浄土真宗の安心門が頭のどこかにしみこんでいるからではなかろうか。

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