天上の月影

勅命のほかに領解なし

本願章法話(11)

2017年03月30日 | 利井鮮妙和上集

 人皇八十代高倉天皇の御時は大仏を再建したもうて落成式が挙行せられました。そのとき法然聖人が七日間説法せられた。その結願の日に七日間の法要も六字名号一つの智慧に及ばずといわれた。この説法中には余宗の僧侶方もたくさん聴聞しておられ、またなかには自分の身命を賭して供養したものもあったが、法然聖人の説法を聞きて、いかに智慧第一の法然房でも、諸行を劣とし弥陀名号を勝とするがごときは不都合なりと、わいわいといいだした。しかれども法然聖人は平然として帰らんとして籠駕に乗りかけたもう。ところが先に身命を賭して供養したる者や他宗の僧侶方が大騒ぎをおこした。そこで一人の同行来りて法然聖人に向かい、願わくば説法をしなおして、前の説法の誤りなりしことを説いてくだされませ、と申し上げた。そこで乱を嫌い和を好みたもう法然聖人なれば、左右なく承諾せられて、また再び説法せられて、この法然が七日間の説法よりも南無阿弥陀仏の一法が勝れておると申したとて少しも驚き騒ぎすることはない。華厳経を見よ。黄金仏千体を頂きて日々に供養すること数千年に至るよりは、南無阿弥陀仏が勝れておると申してある。そこでこの法然は経文のそのままを説法したのであるとのたまいしも、なお承知せぬから、法然聖人は紙に南無阿弥陀仏を御書きなさって、これと石とを秤にかけたまいしに、石の方が軽うて上の方にあがったということがある。今に京都に念仏石というのがあって、高座の太さくらいあります。

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