天上の月影

勅命のほかに領解なし

行空上人の前身(4)

2017年07月08日 | 小論文

 そして行空の義として、弁長の『末代念仏授手印』の裏書に、
  

或る人の云く、寂光土の往生、尤も是れ殊勝なり。称名往生は是れ初心の人の往生なり。寂光土往生は尤も深きなり(1)。

とある。ただしこれを行空の義とするのは先ほどの良心の『授手印決答巻下受決鈔』が最初なのであるが、いちおう行空の義と見ていいと思う。内容も含めて、詳しくは後の第四章で述べる。いまは「寂光土」という術語に注目したい。それは「常寂光土」の略で、天台の仏土論における用語である。その天台用語を用いているということは、法然や親鸞などと同様、もと天台僧であったのではなかろうか。また重松明久氏は「行空は恵心流のなかでも観心といわれた、皇覚以来の般若系の信心本位の伝統に立って一念義を唱えたのではなかろうか(2)」といわれている。これも詳しくは後の第五章で検討するが、恵心流の口伝法門の流れを承けているというのである。さらに氏は「法本房」という房号は『漢光類聚』の「三千諸法本有而一念名法性常寂(三千の諸法本有にしてしかも一念なるを、法性常寂と名づく)」とある「法本」からとったものかと思うともいわれている(3)。その可否はわからないが、天台との関係を示されている。やはり法然門下となる以前は天台僧であった可能性は高いと思われる。

(1)弁長『末代念仏授手印』裏書(『浄土宗全書』一○・一一頁)
(2)重松明久氏『日本浄土教成立過程の研究』(平楽寺書店、一九六四年)三八三頁。他に三九○、三九二、四○○、四○四、四○八、四一七、四三九、六五一頁にも触れるところがある。
(3)重松明久氏『日本浄土教成立過程の研究』(平楽寺書店、一九六四年)四三九~四四○頁。伝忠尋『漢光類聚』一(『岩波日本思想大系九 天台本覚論』二三五、三八七頁)

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4 コメント

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寂光土 (かささぎの旗)
2017-07-09 22:48:57
川端茅舎に

ぜんまいののの字ばかりの寂光土

という有名な句があります。
寂光土は仏の住まう永遠の一瞬とでもいうべき場所と
イメージしていましたが、漢字の与える印象はつよく、
寂しい光の土のどこが楽園なんだろ、と腑に落ちない。
なお、句集名は華厳でした。
楽園 (水月)
2017-07-10 16:20:33
その句において「寂光土」がどのような意味あいで用いられているのかわかりませんが、「楽園」と思うところに問題があるのではないでしょうか。いまは寂光土義に関する資料を本棚になおしてしまったので詳しく申し上げることができませんが、常寂光土は仏の境界であり法身の居するところとされます。「寂」は煩悩を寂滅したということで、さとりの領域をあらわします。決して私たちが考えるような「楽園」ではありません。こんなことがいえるかどうか知りませんが、「寂」は寂しいという形容詞ではなく、寂滅したという動詞ではないでしょうか。あるいは海や川が波うつのででなく、シーンとしたイメージです。それがさとりの領域です。ただし、そこから大悲の活動が生まれでるのですが……。
後略。
ぼうしゃ (かささぎ)
2017-07-11 15:16:00
http://www.ne.jp/asahi/inlet/jomonjin/bousha_04.html
Unknown (かささぎ)
2017-07-23 20:08:08
今夜日曜美術館で川端龍子です
先週のの再放送、わたしは見ましたが

一言茅舎のことにふれてほしかった

大河ドラマみますよねえ

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