天上の月影

勅命のほかに領解なし

行空上人の法然門下における地位(7)

2017年07月15日 | 小論文

 その『選択集』は後述に「庶幾(こいねが)はくは一たび高覧を経て後に、壁の底に埋(うず)みて、窓の前に遺すことなかれ(1)」といわれているように、公開は厳しく禁じられていた。深い信頼をおいているわずかな門弟にだけ、密かに伝授されたのである。撰述に関わった感西、證空、安楽のほか、文献の上で確かめられるのは、隆寛、信空、幸西、源智、弁長、親鸞である(2)。また長西も相伝されていたと思われる。なかでも弁長は「歓喜、身に余り、随喜、心に留まる。伏て以れば報じ難し、仰て以れば謝し難し」等といい(3)、親鸞は真影の図画も許され「年を渉り日を渉りて、その教誨を蒙るの人、千万なりといへども、親といひ疎といひ、この見写を獲るの徒、はなはだもつて難し。しかるにすでに製作を書写し、真影を図画せり。これ専念正業の徳なり、これ決定往生の徴なり。よりて悲喜の涙を抑へて由来の縁を註す(4)」と、その感激を述べている。彼らが法然門下の上足といえよう。愚勧住信(一二一○~?)の『私聚百因縁集』(一二五七年成立)には、

門下に幸西〔成覚 一念義の元祖〕、聖光〔鎮西義の元祖〕、隆寛〔長楽寺の多念義の元祖〕、證空〔善恵坊。西山義の元祖〕、長西〔九品寺の諸行本願義の元祖〕、之有り。門徒数千万、上足は此の五人也。其の外、一人有て選択集を付す(5)。

とある。「其の外」等とはおそらく親鸞のことであろう(6)。ここには信空、源智の名はなく、行空の名もない。

(1)法然『選択本願念仏集』後述(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』一二九二頁)
(2)石田充之氏『選択集研究序説』(百華苑、一九七六年)七四~八四頁参照。
(3)弁長『徹選択本願念仏集』上(『浄土宗全書』七・九六頁)
(4)親鸞『教行証文類』「化身土文類」後序(『浄土真宗聖典〈註釈版〉』四七三頁)
(5)愚勧住信『私聚百因縁集』巻第七(『大日本仏教全書』一四八・一一六頁)
(6)石田充之氏『選択集研究序説』(百華苑、一九七六年)八五頁。

 

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