天上の月影

勅命のほかに領解なし

本間氏を追い求めて

2017年05月20日 | 水月随想

 一昨日は龍谷大学の図書館、昨日は明石にある兵庫県立図書館と神戸市立中央図書館へ行きました。本間氏に関する論文があると知ったからです。ただ一つの図書館で済めばいいのですが、それぞれの図書館にしかなかったので、図書館巡りをすることになりました。そしてまた新しい文献を見つけ、明後日でも京都府立図書館か兵庫県立図書館かへ行ってみようと思っています。
 まだ見ていない文献はわかりませんが、一昨日・昨日と集めた論文には私が求める本間氏に関する記述はありませんでした。何をやっているのかと思います。私の専門は真宗学であるはずなのに、これでは国史学か郷土史学です。けれども、やりかけた以上、専門外のことでも出来うるかぎり、追い求めてみたいと思います。
 花野充道氏は「本覚思想と本迹思想─本覚思想批判に応えて─」(『駒沢短期大学仏教論集』九、二○○三年)のはじめに、ご自身の学問信条として「研究態度は客観的に、しかも主体的に」といわれています。その意味をまとめて「われわれが学問をする場合、まず資料や文献を正確に理解し、先学の学説を謙虚に学んだ上で、自分の主体的な学説を構築していくという態度を心がけることが大切です。学ぶだけで、主体性がなければ、先学の論文の丸写しになってしまいますし、反対に、思うだけで、客観性がなければ、独りよがりの信仰(信念)告白のような論文になってしまいます」と説明されています。主体性と客観性が両輪のごとくあらねばならないということでしょう。私の行空研究は氏のいわれる客観性が欠如しています。けれども、もともと資料が乏しいのですから、どうしようもありません。それでも周辺の諸文献を読んでいるうちにいろいろ考えるところが出てきます。そうしたなかで氏は次のようにもいわれています。

識者の批判を覚悟の上で、その時点で、自分があたう限りの資料や文献を駆使して、勇気を出して自分の主体的な「思い」を客観化(論文化)してこそ学者の価値があります。

この言葉に突き動かされて、いま、本間氏を追い求めているのです。

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