天上の月影

勅命のほかに領解なし

犬の散歩

2017年05月15日 | 水月随想

 若手芸人の人が道交法違反(酒気帯び)の疑いで逮捕されたそうですね。こんなことをいってはたいへん不謹慎ですが、若いころは近隣のお寺で夜に法要があれば、おつとめが終わると、いつも料理とお酒がふるまわれました。私たちをもてなしてくださっているということは充分にわかるのですが、すでに食事を終えたあとであり、しかも車で来ておりますので、なかなか箸がすすまず、お酒も「車ですから」とお断りを致しますと、なかにお酒好きの先輩住職が「まあ、呑め」と勧められます。「いや、いや」と固持致しましても、「何や! ワシの酒が呑まれへんいうんか!」。仕方なく口にしますと、「そや、もう一杯いこ!」と勧めます。それが繰り返され、次第に酔いが回って、帰るときにはフラフラです。今ではありえないことですが、車を運転して帰っておりましたら、「電信柱が近づいてくる~」ということがしばしばありました。
 ところが飲酒運転の規制が厳しくなり、どこへ行っても「車ですから」、「そうか、それやったら、あかんな」。この一言で誰も勧めることがありません。当たり前の一言が抜群の効果を発揮します。昔と異なり、当たり前が当たり前になった昨今です。
 昨日、ある御門徒の家で五十回忌の法要がありました。私どもの地域では法要のあと、お斉(とき)があります。車で来ていない方々がお酒をいただきます。私も御家族や御親戚の方から勧められ、いただいておりました。すると少し離れた席に座っておられた方が「お前も呑め」といわれるのですが、「いや、このあと……」と断られています。あとで聞いた話では御自分で「アル中」といわれるほど、よくお酒を呑む方のようです。にもかかわらず呑まれないものですから、ある人が「これから何があるんや?車、乗るんか?」と尋ねると、
「あとで犬を散歩させなあかんから」
思わず吹き出してしまいました。

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