天上の月影

勅命のほかに領解なし

二門章法話(4)

2017年03月13日 | 利井鮮妙和上集

 わたくしはたとえ打たれたり殴られたりしても、またたとえ磔刑(はりつけ)に処せられても、わたくしのお領解は動きません。またくずれません。かく申すもわたくしが深く信ずるところがあるからであります。すなわち教えらるる我が身を知りて、教えのとおりに聞いて信じておるからであります。その教えと申しますのは今の御教化に「智慧光のちからより 本師源空あらはれて 浄土真宗をひらきつつ 選択本願のべたまふ」とのたもうてあります。この御教化で安心する。すなわち選択本願のおいわれで安心するので少しも雑(まぜ)ものはありません。御教化のとおりを聞く。これが他力真宗の根源であります。
 源空上人は何に御依りなされて選択本願をのべたまうたかといいまするに、浄土の三部経と上六祖に御よりなされたのであります。我が御開山はどうして真宗を御開きなされたかというに、浄土の三部経と七高僧の御教化によらせられたもの。「さらに親鸞めづらしき法をもひろめず、如来の教法をわれも信じ、ひとにもをしへきかしむるばかりなり」また「かたじけなくかの三国の祖師、おのおのこの一宗を興行す。このゆゑに愚禿すすむるところさらに私なし」とのたまうてあります。三国の御祖師と申しますのは、天竺に龍樹・天親の二祖、支那に曇鸞・道綽・善導の三師、日本の源信・源空の二師であります。この御かたがたの御指揮(さしず)のとおりに我も信じ人にも教え聞かしむるばかりなりと、仰せらるるが高祖大師であります。それでこの利井鮮妙もそのとおり聞きて信ずるのであります。決して雑(まぜ)ものすることはなりませぬぞ。雑(まぜ)ものなしに聴聞せらるるならば必ず出かける後生はいよいよ安心の身の上とならせていただくことが出来ます。それだけはわたくしが受けあいます。今日はほんとうに雑(まぜ)ものなしに聞いてください。薬に素人が雑(まぜ)ものすると、効かぬようになります。雑(まぜ)ものして聞いては、益(やく)に立ちませぬ。この雑(まぜ)ものが一番妨げになります。そこで前にも申すとおり、わたくしは知らぬから教えのとおりに聴聞するのであります。

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