天上の月影

勅命のほかに領解なし

本覚法門雑記(6)

2016年11月20日 | 法本房行空上人試考

つづいて「本覚門の信仰」を説明して、

本覚の語は読んで語の如く「本より覚る」と云ふのでありまして、(他力門から云へばさながら救はるゝの意、下また同じ)始覚門の様に理想を現実からかけ離して遙に向ふに認め、之に奮進邁往すると云ふ態度に立つのではなくて、その反対に理想を前の方に置かずに、理想を後に背負ふとでも云ふべき態度にある信仰であります。少し六ヶ敷なりますが、結局現実を理想直下の内容と見るので、これから多劫の訓錬・修養を経たる後、始めて解決すべきものとするのでなく、既に永遠の過去に解決されたものと為し、この既解決の理想から無限に現実を生み出すと云ふ信仰であります。つまり始覚門では、理想は事実としては永久の未来に在りて解決せらるべく、現在の立場では未解決のものでなくてはならぬ訳が、本覚門では、理想は久遠の古に在りて解決せられたもの既解決のもの、現実はこの理想から今日已後に無限に顕れて来るもの故、寧ろ未解決に属すべきものと云ふ訳になるのであります。(中略)普通で云へば、少くとも理想は時間的に未来に属するものであり、同時に事実化するまでには余裕のあるえきものと解されて居るのが、本覚門では理想は時間的に寧ろ過去に属し事実以上の大事実であるのであります。理想がさうなつて来るから現実と云ふ語の意味も従つて変つて来る。始覚門では不完全なるもの、軈て捨つべきもの、断ずべきものであるのが、本覚門では完全なもの、取るべきもの、離るべからざるものとなるのであります。(中略)さてこの本覚門の信仰を「従果向因門の信仰」と云ふのであります。日本天台や日蓮宗の語を藉れば「本門の信仰」(中略)何故「従果向因」と云ふかと申しますと、従果向因或は真言宗の「従本垂末」とも申しますが、「果より因に降る」、「本より末を垂る」、何れにしてもこれから多劫の修養を経て後、絶待地に入るのではない。絶待地の証悟は既決の問題、本覚即ち「本より覚れるもの」は、即ち「本来の覚者即仏陀である」と云ふのである、久遠から是仏であり即仏である。(始覚門では成仏である)。何を苦しんでか、これから修行し訓錬して証ると云ふ様な造作が入るものかと云ふ立脚に在るので、既に仏である点が果或は本、故にこの自覚を起点として、爾後の全生活はその絶待の活現となる。これが向因又は垂末と云はるゝものである。要するに始覚門の信仰とは現実の地上から訓錬の羽翼を張り扶搖を搏ちて、理想の星界に遊ばうと云ふ態度、本覚門の信仰は理想の星界に先づ在つて、不思議の彩雲に駕して四天下に遊行すると云つた態度、と喩へへて見ても善からうかと思ふのであります(1)。

といわれている。要約していえば、始覚門の信仰とは始めて覚るであるから、現実から遠く離れた理想に向かって努力精進し、多劫を経て、ようやく理想に到達しようとするものであり、本覚門の信仰とは本より覚るであるから、理想を遠くに見るのではなく、現実のなかに理想を実現するものであるといえよう。

 そして「次に之を現存仏教の上に適用して見たいと思ふのであります」といい、

南方仏教は勿論始覚門の信仰に分属せらるべきもので、支那仏教中一部の禅を除きては、余は全部実際上始覚門に属するものと考へらるゝのであります。たゞ達磨系の禅法だけが支那に在つて最も本覚門の信仰に近いかと思ふのであります。転じて日本に置きましては外国仏教の移植に過ぎざる寧楽の六宗は何れも始覚門に属する事は勿論であり、平安朝初期の天台や真言と雖も矢張始覚門に近いのであつたが、その晩期の所謂日本天台、高野の真言に至つて始めて本覚門に属すべきものとなり、下つて鎌倉時代の親鸞聖人の真宗・日蓮上人の日蓮宗が真に本覚門の信仰を鼓吹されたものと思ふのであります。支那唯一の本覚門とも云ふべき宋禅の移植にして、日本民族と同化したる曹洞禅・臨済禅の如きも、亦同系に属するものと考へらるゝのであります(2)。

といわれている。

(1)島地大等氏『思想と信仰』「本覚門の信仰」(明治書院、一九二八年)五三四~五三六頁。
(2)島地大等氏『思想と信仰』「本覚門の信仰」(明治書院、一九二八年)五四○頁。

 

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