天上の月影

勅命のほかに領解なし

天台の常寂光土(13)

2016年11月12日 | 法本房行空上人試考

 この上品・中品・下品の常寂光土のなかで、上品と中品は問題ないが、下品については第一説に第十地とし、第二説には円教の初住以上としている。湛然の『止観輔行伝弘決』に「初住已上を下の寂光と名づけ、等覚を中と為し、妙覚を上と為す。浄名疏に出づ(1)」といっているのは第二説にあたる。また証真(?~一二一四頃)の『止観私記』に「彼疏第一に二義有り。一に云く、第十地を下と為し、等覚を中と為し、妙覚を上と為す。或ひは云く、初住已上は分に真理を見て寂光と名づく也。又た第六に十地を取りて下の寂光と為す〔云云〕(2)」というのは第一説と第二説を挙げ、「第六に」とは『維摩経略疏』の巻第六であり、『維摩経文疏』では巻十九である。そこでは十地すべてを下品の常寂光土に配しているのである(3)。このように下品の常寂光土は行位が一定していない。しかしながら、最低でも円教初住以上としているのである。そして中品の等覚を合わせ、常寂光土を菩薩の居する所にも通ずるとした場合である。「若し分に真寂の理を見るは名けて常寂光土に生ず」という点である。上品の常寂光土は法身の居する所であるから「不生不生」の土であるが、中下品の常寂光土には「生ず」といっているのである。それは行位でいえば果報土と同じであった。

(1)『止観輔行伝弘決』巻一之三(『大正新脩大蔵経』四六・一六五頁下)
(2)『止観私記』巻一本(『大日本仏教全書』二二・八一五頁下)
(3)大久保良峻氏『天台教学と本覚思想』「五大院安然の国土観」(法蔵館、一九九八年)八七頁、同氏『台密教学の研究』「『維摩経文疏』の教学─仏についての理解を中心に─」(法蔵館、二○○四年)一一三頁参照。

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