天上の月影

勅命のほかに領解なし

幸西の聖道門観(9)

2016年10月18日 | 小論文

          六

 次に頓教・漸教という二教判もよく諸師において用いられた。ただ問題はその頓教・漸教の意味である。いまは前の慧遠と天台のみを挙げ、他の諸師は別の機会に譲ることにする。はじめに慧遠の『観経疏』では「大の小より入る、之を目して漸と為す。大の小に由らざる、之を謂ひて頓と為す」といっていた。これは大乗に入るのに、まず小乗に入ってから大乗に転向することを漸というのに対して、ただちに大乗に入ることを頓といっているのであろう。つづいて天台では化法の四教と化儀の四教を立てる。その化儀の四教とは仏陀の衆生教化の仕方を四種に分けたもので、そのなかに頓教と漸教がある。その場合の頓教は直頓の意味で、ただちに難解な教えを説くことである。たとえば釈尊成道三七日後に説かれた『華厳経』のごときである。あまりの難解さに聴衆は如聾如であったといわれている。それに対して漸教とは浅から深の教えへと聴者を次第に誘引していく説き方である。まず浅い阿含教を説き、漸次理解の深まるにしたがって、程度の高い方等教、さらに般若教へと進んでいくのである。これらを頓教・漸教といっている。

 ところが善導は『般舟讃』に、

『瓔珞経』のなかには漸教を説く 万劫の修功不退を証す
『観経』・『弥陀経』等の説は すなはちこれ頓教菩提蔵なり
一日七日もっぱら仏を称すれば 命断えて須臾に安楽に生ず
一たび弥陀涅槃国に入りぬれば すははち不退を得て無生を証す(1)

といっている。すなわち『瓔珞経』に説かれているような万劫にわたる修行によって不退を証する教えを漸教といい、『観経』『弥陀経』に説かれているような一日七日の称名によって命終の即時に阿弥陀仏の浄土に生じ、不退に住して無生法忍を証する教えを頓教といっているのである。万劫をかけて修行するか、本願力によって須臾に浄土に生ずるかであるから、究極的には成仏の遅速に望めて頓・漸を分けているのである。

 法然が『漢語灯録』「大経釈」に聖浄二門判とともに頓漸二教判を用いているのはこの意味における二教判である(2)。そこでは天台・真言等も一往、頓教としている。『和語灯録』「往生大要集」には大乗に仏乗と菩薩乗、小乗に声聞乗と縁覚乗の四乗があるとして詳しく述べている。そのなかで仏乗について次のようにいっている。

仏乗とは即身成仏の教なり。真言・達磨・天台・花厳等の四乗にあかすところなり。すなはち真言宗には、「父母所生身速証大覚位」と申して、この身ながら、大日如来のくらゐにのぼるとならふ也。仏心宗には前仏後仏以心伝心とならひて、たちまちに人の心をさしてほとけと申なり。かるがゆゑに即身是仏の法と名づけて、成仏とは申さぬなり。この法は釈尊入滅の時『涅槃経』をときおはりてのち、たゞ一偈をもちて、迦葉尊者に付属し給へる法なり。天台宗には、煩悩即菩提生死即涅槃と観じて、観心にてほとけになるとならふ也。八歳の龍女が南方無垢世界にして、たちまちに正覚をなりし、その証なり。花厳宗には「初発心時便成正覚」とて、又即身成仏とならふなり。これらの宗にはみな即身頓証のむねをのべて、仏乗となづくるなり。

といい、つぎに「菩薩乗といは、歴劫修行成仏の教なり。三論・法相の二宗にならふところなり」等と述べていくが、「およそ大小乗をえらばず、この四乗の聖道は、われらの身にたへ、時にかなひたる事にてはなき也」といっている。そしてとくに仏乗について、

たとひ即身頓証の理を観ずとも、真言の入我々入、阿字本不生の観、天台の三観・六即・中道実相の観、花厳宗の法界唯心の観、仏心宗の即心是仏の観、理はふかく、解はあさし。かるがゆえに末代の行者、その証をうるに、きはめてかたし。

というのである(3)。どれほど即身頓証を説いても、末法の下機においては実践しがたい。それなら絵に描いた餅と同じである。法然が教判において焦点をあわせていたのは教理の浅深より、自身にとって実践可能かどうかにあった。それゆえ「大経釈」には、

天台・真言皆な頓教と名づくと雖も、惑を断ずるが故に猶ほ是れ漸教なり。

というのである。聖道門において頓教といっても結局、漸次断惑していくかぎり漸教といわねばならない。それに対して浄土門は、

未だ惑を断ぜず三界の長迷を出過するが故に、此の教を以て頓中の頓と為る也。

というのである(4)。幸西の頓漸二教判はこれを承けているのである。

(1)『般舟讃』(『浄土真宗聖典 七祖篇〈註釈版〉』七一八~七一九頁)
(2)『漢語灯録』巻一「大経釈」(『真宗聖教全書』四・二六三~二六四頁)
(3)『和語灯録』巻一「往生大要集」(『真宗聖教全書』四・五六五~五六七頁)
(4)『漢語灯録』巻一「大経釈」(『真宗聖教全書』四・二六四頁)

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