天上の月影

勅命のほかに領解なし

行空上人の評価(1)

2017年07月17日 | 小論文

     第二節 行空上人の評価

 序論第一章で触れたように行空は古来より近年に至るまで、背師自立の邪念義を唱えた弟子とされてきた。それについて詳しく見てみたいのであるが、その前に注意しなければならないのは、鎮西派以外の初期の文献である。愚勧住信(一二一○~?)の『私聚百因縁集』(一二五七年成立)には行空の名さえ見られない。日蓮(一二二二~一二八二)の『一代五時図』(一二五○年成立)には「法本 一念(1)」とだけあり、凝然(一二四○~一三二一)の『浄土法門源流章』(一三一一年成立)にも「美州の行空大徳〔道号法宝〕(2)」とだけある。堯恵(一三二九~一三九五)の『吉水法流記』(一三七五年成立)や静見(一三一四~一三八三)の『法水分流記』(一三七八年成立)にも法然の直弟として名が列せられているだけである(3)。どこにも背師自立等とはいわれていない。むしろ『吉水法流記』には「別義建立」として、全報、満願、悟阿、その悟阿の下に示導、その下に示浄、実導、明導の計七人の名を出している(4)。なかでも悟阿は『私聚百因縁集』にも「知足院の悟阿上人〔律宗。法相宗〕(5)」とあり、『浄土法門源流章』にも「東大寺知足院の悟阿上人、律並に法相を習学す(6)」とある。前者には「法然の門弟に非ずと雖も皆是れ浄土修行の人也」といっているから、法然の直接の門弟ではなかったようである。『吉水法流記』には詳しい註記があるが、そのなかに「初め立信上人に皈き、後に道教上人に皈く」とある。西山派深草義の円空立信(一二一三~一二八四)、顕意道教(一二三九~一三○四)に皈き、別義を建立したのであろう。西山派で学んだことがうかがわれる。そしてよくわからないが、悟阿の註記には「諸行本願亦非本願義を立つ」とあり、満願の註記には「五念本願義を立つ」とある。彼らを異端としているのである。いいかえれば行空を異端とする文献はないのである。

(1)日蓮『一代五時図』(『昭和定本日蓮聖人遺文』三・二二八七頁)
(2)凝然『浄土法門源流章』(『浄土宗全書』一五・五九一頁)
(3)堯恵『吉水法流記』(牧哲義氏「『吉水法流記』『法水分流記』の翻刻とその研究 第一部 資料篇」〈『東洋学研究』三○、一九九三年、九九頁〉)、静見『法水分流記』(『真宗史料集成』七・八二六頁)
(4)堯恵『吉水法流記』(牧哲義氏「『吉水法流記』『法水分流記』の翻刻とその研究 第一部 資料篇」〈『東洋学研究』三○、一九九三年、一○三~一○四頁〉)
(5)愚勧住信『私聚百因縁集』巻第七(『大日本仏教全書』一四八・一一六頁)
(6)凝然『浄土法門源流章』(『浄土宗全書』一五・六○一頁)

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