天上の月影

勅命のほかに領解なし

出世本懐法話(4)

2017年06月16日 | 利井鮮妙和上集

 或人と人の物語に、「貴殿は沢山に子をお持ちですが、何(ど)の子が一番可愛(かわい)でせうか」と問へば、
 「子は沢山にありますが、どの子が悪い、どの子が可愛といと区別がありませぬ。従順(おとなし)い子は従順(おとなし)いで可愛く、手に合はぬ子は手に合はぬで可愛いものであります」
 「貴殿の子の長男は四十近くなつて一番長く親の許に居り立派な男となつておゐでてすべの自由がきく。末子の九歳のむすめ子は親に養はれる年月に短かく殊に女なればすべての物事に権利がない。この通りに違ふた長男と末子を同じ様に思はれませうか」聞く阿爺はほつと涙を流して。
 「私は六十を越した此の歳(とし)で何時(いつ)死んでもよい様なものゝ、あの末の娘を思ふては思ひ余つて寝られぬ夜も幾度もある。女の子は殊に女の親をたよりにするならひなるに、東西も弁(わきま)へぬ頃、母親に別れて母の慈悲を味はず、私は此の老年で何時(いつ)死別するやらわからぬ身なれば末の子が可愛さに、他から来た嫁にも頭をさげ、云ひたい事も辛抱し、せめて田地の一枚なりともつけてやりたい思ふて兄の手を煩はさずに頼母子講にいるなどいろいろ苦労を致します」と、物語つたさうなが、五人十人の子を平等に親は愛するとしても殊に力ない幼ない末子は可愛いもの。
 仏の大悲、西方浄土の化益を止めて御娑婆世界にお出ましなされたは、五濁悪時の吾等の如き罪悪の凡夫は外(ほか)並の御法(みのり)では助からぬから我等を特に憐れみましまして南無阿弥陀仏をお説き下されたのである。こゝを正信偈には次に「応信如来如実言」と仰せられた。天台真言は法は結構な法でもあらうが五濁悪時の我等凡夫が迷ひを離れる事の出来ぬ法である。

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