天上の月影

勅命のほかに領解なし

ありがたいこっちゃね

2017年08月08日 | 水月随想

 八月五日、大津の滋賀県立図書館へ行ったとき、せっかくここまで来たのだから龍谷大学の大宮図書館にも寄ろうと考えていましたが、ふと気がつくと、あろうことか図書館利用のカードを持ってくるのを忘れていました。とんだ、うっかりものです。しかたないので、そのまま帰路につき、京都市内の五条通りを走っていました。どのあたりだったでしょうか。二車線の道が一車線、工事中で封鎖されていて、トラックが一台止まっていました。その横を通ろうとしたとき、ちょうど赤信号になって、私は先頭で停車しました。目の前を横断する人たちが行き交います。すると私の車がゆっくりと前進しはじめたのです。危ないっ!。私は思いっきりブレーキを踏みました。けれども私の車は前進をつづけます。もう一度ブレーキを踏むのですが、止まりません。ブレーキが壊れたんだろうか?横断中の人とぶつかったらどうしよう、と焦りました。本気で焦りました。ところがよく見ると、何のことはない、私の車の横に止まっていたトラックがゆっくりと後退しているのです。それで私の車が前進しているように錯覚したのです。ちょっと疲れていたのでしょうね。でも、錯覚でよかった~。ほっとしました。しばらくして青信号になったので、アクセルを踏み、車を走らせました。そして自宅まで、あと十五分くらいのところまで帰ってきたとき、坊守からラインがありました。○○あたりに大雨洪水警報が出ているとの知らせでした。その○○は京都から少し西へ行ったところです。私はすでに通り過ぎていたので、難は逃れていました。ただ、もし龍谷大学の図書館に寄っていたら、大雨のなかを走ることになっていたでしょう。カードを忘れたことが幸いになりました。しかし、坊守はそれを知らず、滋賀県立図書館のあと龍谷大学の図書館に行くと言って自宅を出ましたので、ちょうど今ころ○○を通るのでは、というので、心配してラインをくれたのでした。これをあるところで話をすると、「錯覚はよくあるなあ」と同感され、「それにしても、心配してくれる人がいるというのは、ありがたいこっちゃね」といわれました。坊守に感謝ですが、実は阿弥陀さまも私のことをいつも心配してくださっているのでした。「ありがたいこっちゃね」とお念仏申さずにおれません。

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