愚者の侃々諤々 (´▽`)ノ

ヘッポコ・デモクリが 聖書と世界情勢の箱を開けてみたら~ (ノ´▽`)ノ♪

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◆ 世界8番目の不思議といわれる書物

2011年01月12日 | 聖書・宗教全般
昨年9月21日の報道によれば、チェコの首都プラハにあるチェコ国立図書館で同月20日から、俗に「悪魔のバイブル」と呼ばれている聖書の写本が、一般公開されました。この写本の正式な呼称は「ギガス写本(Codex Gigas)」というもので、これは「巨大な本」を意味しており、英語では言うと「codex giant」でそのままの意味である「巨大写本」となります。これは現存する最大の中世文書であり、「世界8番目の不思議」とも言われてきました。長さは約1m、重さ約75kgもあり、624ページにわたる肉筆によるこの書物は、その巨大さから運ぶのに最低でも2名の人物が必要で、その中には聖書や古代の歴史、薬物療法や魔法等が記されています。また、伝えられるところでは160頭のロバの皮膚から作られているとされており、他のいかなるこのような写本もこの世には存在しておらず、この中には、他のどこにも存在しないテキストの組合せが含まれているとされています。更に、この書物が通称「悪魔のバイブル」と呼ばれているのは書物内に描かれた悪魔の絵と、その執筆者の伝説によるものです。この書物にはページ全面に悪魔が描かれており、驚くことには、「説明のつかない影」が悪魔の周辺ページだけに現われると言われています。そして、全ての写本には旧約聖書と新約聖書と共に悪魔払いの呪文が記されています。一説には、この写本が完成したのは1230年頃のようだとも言われています。悪魔払いの呪文が記されていながら、ページ全面に悪魔が描かれいるというのも変な話ですが。

この書物は13世紀に現在のチェコ中央部にある修道院で、ある僧侶がこの写本を作製したと伝えられており、その伝説では、その僧侶は重罪を犯したとして幽閉されたため、この写本を一晩で作り上げることで修道院に栄光をもたらし、自らの罪を消し去ってもらおうと考えたところから始まります。ところが、そのためには悪魔の助けを請わなければならず、その援助への感謝として、書物内に悪魔の絵を描き込んだと言われているようです。その修道院は15世紀の戦争で破壊されましたが、この書物は戦火を抜けて、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世のコレクションの一部となった後、30年戦争(Thirty Years War、1618~1648年)の際にスウェーデン軍に略奪されていたようです。



1565年のオーストリアでは、皇太子のルドルフ2世がある予言を待っていました。その予言者はノストラダムスでした。薬剤師で暦書家でもある彼は、詳細な予言書を作成し、その中にはルドルフの父親の死や、ルドルフの神聖ローマ皇帝即位が予言されていました。それをキッカケにしてルドルフのオカルト熱に拍車がかかり、彼はギガス写本を熱唱し、写本を持つ修道院に取り入るため、名誉や恩恵を与えました。この作戦は成功し、修道院はギガス写本をルドルフに贈呈しました。彼はこの写本に魅了され、文書を翻訳させ、奇妙なページについてはそれを詳しく調べていきました。悪魔の絵もその1つで、ルドルフは権力者にふさわしい1品として写本を独占するようになりました。しかし、これ以降、彼の運命は破滅へと向かうことになっていきます。欝気味だった皇帝は非社交的になり、妄想に取り付かれ、城に引き籠もるようになり、国の政治は混乱していきました。統治能力の欠如が顕著となり、支持者を失い、ルドルフは皇帝の座を追われることになります。権力を失った彼は独身のまま、継承者もなく死を迎え、その帝国は敵国の手中に落ちることになりました。それが当時のスウェーデン軍による帝国の貴重な文書押収でした。そして、その中にこのギガス写本があったのです。

この書物は内容が異質で、宗教的な論文や歴史、薬物療法等と幅広く、他の書物にはない事項も記載されています。例えば熱やてんかんのような病気の実際の治療法や、あるいは、泥棒を見つける方法といった実際的な問題の解決方法の記述も含まれています。また、心身へのいたわりと不滅の魂の保護が重視されていることから、その目的は罪の償いではないかと推測する向きもあったようです。特に、ある1節において筆者の罪悪感が現われていると考えられる箇所があり、それは悪魔を召喚する呪文について書かれたものです。その悪名高い「悪魔払い」に似た儀式について専門家は、「写本の悪魔の絵は今にも襲ってきそうだ。悪魔には中世から存在する強烈なイメージがある。人間に取り付き体を乗っ取るのだ。その対処法が悪魔払い。神の下に悪魔を呼び出す」ことだと語ります。悪魔の絵や呪文が記載された聖書等というものは、このギガス写本以外には存在しませんが、このギガス写本には悪魔が描かれており、ある種の悪魔払いなのではないだろうか、といった疑問もあるようです。中世の悪魔払いは恐ろしい儀式で、体の拘束、興奮する祈祷師、不気味な呪文など、聖職者と犠牲者が悪魔と闘うものでした。そして、呪文は予防薬のような役割を持ち、事前に悪魔を追い払うものとされていました。ギガス写本の筆者を探す調査チームにとっては、これは重要な手掛かりの一つで、そのギガス写本の290ページには、難病を治す呪文が書かれています。神父が病人の傍に立ち、呪文を唱え、十字を切り、ラテン語で悪魔の名前を呼びます。彼はイエスや天使、弟子の話をしながら、「苦しむ神のしもべ」から去るように悪霊に命じ、呪われし者の救済を祈るのです。

359年ぶりに公開されたこの書物は、チェコ、スウェーデン両国政府の長期にわたる交渉の末、プラハに貸し出されたもので、今回の展示に際しては、この書物が非常に貴重なものであるため、スウェーデン側の所有者が万が一に備え、通常の保険ではなく3億クローナ(約52億7000万円)の政府保証を求めたと、チェコ国立図書館の館長は話しています(2008年には、この写本が1年がかりでプラハに移送されています)。この書物について今回は史上初めて、各国の専門家達がこの書物の謎の解明に挑むことになりました。スウェーデンのストックホルム、王立図書館に所蔵されているこの書物は、光、熱、湿気にさらされると書物はダメージを受けるため、普段は布で覆われていますが、聖書の専門、古文書学者、悪魔の専門家P、スウェーデン王立図書館司書等が、その総力を結集し、文章、絵、筆跡の鑑定に加え、科学者な方法で色素や紙を調べるようです。例えば、色素分析などでは古文書の専門家がインクの調査を担当しますが、この書物の当時の筆者と思われる修道士は、特定の原料を使い、独自のインクを調合します。色素分析ではこの写本のインクの科学的な特徴や、インクの調合から色素の組成が判明することになります。確実に識別できるのはインクの主成分で、中世に使われたインクは主に2種類あります。金属が原料のものと、虫の巣を砕いて作られたもので、筆者が1人なら使用されたインクは1種類のはずだと考えられます。紫外線のスキャンは透視のようなもので、紫外線を写本に照射し、発光具合を調べますが、この際、金属のインクは強く、虫のインクは弱く発光します。結果、ギガス写本には虫のインクが使われていたことが既に判明しています。また、一貫して同じ原料が必要なので、2種類のインクが使われたとは考えにくく、インクを調べた限りにおいては、筆者は1人だと考えられているようです。

しかし、これほどの書物を1人で書き上げる事が可能だろうかという疑問も、同時に沸いてきます。もし筆者が1人ならば、最初の疑問として「時間的制約」が挙げられるでしょう。これだけの書物であれば完成には何10年もかかるはずで、筆者が年老い、病気に苦しみ、視力も体力も衰えることを考えると、目立った間違いや抜け落ちもないという意味においてギガス写本が完璧であることが、かえって不自然に思えます。単独説を証明するには更にデータが必要ですが、調査を進めるほどに疑問は深まっているようです。一体どれほどの時間がかかったのかという点だけ見ても、専門家でも所要時間は容易に計算できないようです。まずは、1行分だけの所要時間を推測するとしても、それには13世紀と同じ方法で書いてみる必要があり、サイズ12ポイントの欧文フォントでギガス写本を写すところから始めます。羽根ペンを使うと羊皮紙に滑らかに書けますが、これ自体は現在も700年前も同じなので、行数によって所要時間を割り出す事が出来ます。これに則って1行を休まずに書くと20秒かかる計算となり、1段は30分、1ページ書くと1時間となります。そして、眠らずに作業しても、完成には約5年かかることになります。しかし、修道士は忙しく、書写に費やせるのは1日数時間程度と考えられ、更には文字を書く以外の作業も伴う事になります。仮に5年間、必死に書いたと仮定しても、線を引く作業を行なうとその時間は倍かかり、10年は経過すると考えられます。更に1つの装飾文字に2~3日かかる場合もあります。また、文章を修正したり、日曜日には教会へ行ったり、様々な要素を全て合わせると最短でも20年、分析結果によれば25~30年かかったとさえ考えられているようです。更に考慮すべき点は、13世紀の状況では書写は過酷な作業だということです。中世の修道院では聖書の書写は苦行の1つといってよく、身体的に辛い作業で魂を清めたとされていたようです。つまり、「中世の人々は、聖書を書き写せば罪を償えると考えていた」という事です。

ストックホルムでの調査では、筆者の手掛かりを悪名高い悪魔の絵に求めました。角を持つ半分人間の怪物は舌を出し、手を振りかざし、身に付けたアーミンの毛皮は権力の象徴でした。中世には悪魔にふさわしい容姿が確立され、そのモデルは異教の神、下半身がヤギの姿をした神である「パン」が悪魔とされました。悪魔の特徴は様々ですが、角は古典的なもので、書物にはパンと同じ半人半獣の怪物で皮膚はうろこ状、パンを思わせる割れたひづめを持ち、好ましくない獣として描かれています。しかし、その悪魔の絵を入念に調べると、細部には疑問が残る点も見受けられています。筆者は小部屋の中に悪魔を描いており、その悪魔は地獄に解き放たれてはいないのです。筆者と思われる修道士が、書物を完成させるために悪魔に助けを請い、その感謝として悪魔の絵を書物に書き込んだにも拘わらず、その悪魔は独房に閉じ込められた絵として描かれているのも変な話です。悪魔の専門家はロンドンでデジタル画像を使い絵を分析し、「中世の一般的な悪魔のイメージは、地獄を統括する存在。でもこの悪魔は独りだ」と語ります。更には、筆者がいた時代や背景、学歴や心理状態までが分かると述べ、「中世の人々の生活は厳しかったので、生活に対する脅威を悪魔として具現化した。人々は神よりも悪魔を気にかけた」と話し、エデンの園の蛇として知られる悪魔も、当初は無害の存在だったとも語ります。彼の理解ではサタンはアラビア語で「告訴者」、ヘブライ語では「敵対者」を意味することから、旧約聖書ではサタンは人間の罪を告発する者、新約聖書で悪の化身になるということのようです。また、ヨハネの黙示録に記されたサタンの正体は堕ちた天使で、黙示録の悪魔は機知に富み、誘惑がうまく破壊的で、罪人を永遠の地獄に突き落とすとされています。そして、その専門家は「ヨハネの黙示録によると、かつての天国のように地上で戦いが起こっている」と語ります。

英国のケンブリッジ、写本の専門家も調査を行なっており、ギガス写本の悪魔は時代に強く影響された修道士の創造物であり、筆者の自由な精神が悪魔を作り上げたという別の証拠も見つかっています。この専門家は悪魔の絵の細部を見てあることを確信しました。それは「筆者は素人であった」というものでした。その技術は見事なものの、専門家の目から見れば未熟に映るもので、「彼は名匠ではなく才能ある素人。ゴシック芸術好きの素人と考えるのが妥当だろう。しかも執着心が強い。描いていくうちに、より大きくなり、より奇妙で並外れたものになっていった」という見解を示しています。実際、同じ特徴が写本の書体にも表われており、それらは美しく綿密ですが、洗練されてはいないということから、独学だったようだと結論付けています。修道院のプロの写本生は写本室で一緒に作業をし、最新技術を交換し合うものですが、写本生の書いた写本を並べて比較すると、ギガス写本は古臭く、稚拙で奇妙ともいえる程度のものだったようです。この事から「写本の作成は1人で行なったものである」という見解に達しているようです。

この「悪魔のバイブル」への理解を深めるには、当時の世界を知る必要があります。それは科学や啓蒙思想が登場する以前の、恐怖がはびこる暗黒の時代でした。天災や戦争が起こり、恐ろしい病気が広まり、迷信は横行し、人々が不穏な伝説に惑わされた時代です。そして、このギガス写本には恐ろしい出来事がつきまとい、この写本を手にした者には、災難が降りかかったとも言われています。まず、災難はその修道院を襲い、伝染病が流行します。13世紀後半のボヘミア地方には悪魔のバイブル伝説が広まり、数10年が経過していた頃、ギガス写本を持つ修道院は財政難で、破産を避けるため、他の修道院に写本を売却します。有名になった写本は名誉や地位をもたらすと言われ、皮肉にも写本はベネディクト会の「黒の修道士」から、その分派の「白の修道士」の手に渡ることになります。写本が移された先はプラハ郊外のセドレツの修道院で、修道士達は写本を安置しました。この地はイエスが処刑されたゴルゴタの丘の土で清められているとされていましたが、後にこの修道院が破滅します。権力ある司教が写本の返却を命令しましたが、その直後、その修道院に伝染病「ペスト」が広がります。ペストは町を荒廃させ、大勢の命を奪い、墓地は死者で溢れていきます。この伝染病が収まるまでに、3千人を超える人が亡くなったと言われています。この修道院は現在、博物館となっており、「骨の教会」と呼ばれている有名な共同墓地には、人骨の彫刻やシャンデリアだけでなく、聖杯までもが存在するとさえ言われています。そして、この歴史も悪魔のバイブルには刻まれているのです。

「この書物の筆者は一体誰なのか」という、筆者を特定する手掛かりは写本が握っていると専門家は考えています。数世紀前までは、それに対する説明のつく答えはただ1つでした。しかし、それが恐怖の伝説と呼ばれるものを生むことになりました。その筆者は「悪魔に魂を売った修道士だ」というものです。1230年のボヘミアの修道院で、その伝説は生まれます。それは、ある修道士が命乞いをしていたことから始まります。彼は修道院の戒律を破り、重罪を犯したとされていますが、その罪の内容は明らかにはされていません。彼は「黒い修道士」と呼ばれるベネディクト会の修道士でした。清貧、貞潔、服従を重んじる黒い修道士は過酷な苦行をし、ノミが湧く修道服を着て、食事と睡眠を断ち、自らをムチで痛めつけます。しかし、心が弱い者は強欲、嫉妬、色欲に屈するとされ、誘惑に負ければ独房での監禁、波紋などの厳罪が与えられ、場合によってはそれ以上の罰もあると言われています。それら修道士の生死を決めるのは修道院の年長者達でした。

命乞いをしていた修道士は修道院の戒律を破り、重罪を犯したことで死に直面します。その罰は、生きたまま壁で塞がれるというものでした。生きたまま死刑になるぐらいの罪というと「黒魔術」が思い浮かびますが、何十個もの記事や文献を探してみると、「黒魔術」と明言しているのはその中の一つの文献だけで、他には、ベネディクト派の僧が戒律を破って死に直面したとか、世界で最大の写本になることを約束したものを作ってもらう代わりに、悪魔に魂を売ったというものもあります。筆者が苦痛を恐れて不可能な約束をし、誓ったことが史上最大の写本を作ることであり、様々な知識が詰まった書物は修道院に栄光をもたらすはずだと考えたのでしょうか。彼は自身の罪を償うために、その書物を一晩で完成させると誓ったと言う修道士の必死の願いは聞き入れられましたが、朝までに仕上げなければ彼は死に直面することになります。そこで彼は罪深い契約を結び、悪魔に助けを求め、悪魔は修道士の要求に答えたのだと言われています。

調査チームは科学的な証拠に目を向けることにしました。1648年、プラハに侵攻したスウェーデン軍が貴重品を略奪した際、ギガス写本も奪われたのですが、ストックホルムへ持ち帰えられたとはいえ、多くの人はどんな内容の書物なのかも知らなかったかもしれません。ただ、悪魔が書いたという噂を聞いた人ぐらいはいたかもしれません。そのギガス写本は風変りな君主に贈られました。それは女性君主でした。その22年前に彼女はストックホルムの城で生まれたのですが、王である父親にとっては彼女が唯一の跡継ぎでした。それで、王は彼女を男の子として育て、服装も教育も男の子と同様にしました。そして彼女は父の意思を継ぎ、女王ではなく王として宣誓し、即位したのです。ギガス写本が城に運び込まれ、写本は図書館に保管されました。公式目録にもギガス写本の名前が記載されていますが、王はその写本を手放すことになります。10年もせずに彼女は退位し、カトリック教へ改宗し、ローマへ亡命しました。王は聖書などの数々の貴重品を持ち去ったものの、なぜかギガス写本は残していきます。

それから約50年後、城が火事になります。1697年5月7日のストックホルムで、何の前触れもなく火の手が上がり、部屋が炎に包まれたのです。王族は慌てて避難し、召使いは品々を運び出します。貴重な所有品や書籍、そして、城の中にあった死亡した王の遺体、カール11世の遺体です。ギガス写本は消滅しかけますが、伝説によれば召使いがギガス写本を持ち上げ、窓から投げ落としたと言われています。また、火災の被害は甚大で、火災監視人は拷問を受けたということです。火災で受けた損傷の痕跡を、写本を通して調査チームは探しました。火災に遭ったのなら、溶けたインクや装丁が焦げた跡があるはずですが、見つかりませんでした。そして、焼けたような影が見つかったのは独特のパターンを持つ影が見られる、悪魔が描かれた箇所に近いページだけでした。それを悪霊の印と考える人もいるようです。

これは理論的に説明がつくと専門家は考えているようで、まずは抜け落ちたページを詳しく調べる事にします。傷み具合に妙な所もなく、文字の損傷も自然で、これについては「このページは多くの汚れや染みがついている。だから変色している。年月が経った結果だ」と専門かも見ています。しかし、悪魔のページの染みはもっと濃いようで、現代の羊皮紙と比較してみたところ、この写本は紙ではなくタンパク質だったのです。中世では羊皮紙以外の動物の皮が使われたこともあり、この写本には1600頭の動物の皮が使われていました。専門家は「動物の皮は食事の残り物から取れる。修道院に住んでいれば容易に動物の皮が手に入るだろう」と見ていますが、不思議な染みの理由については「悪魔のページの染みの原因は光のせいだ」と考えているようです。長年紫外線を浴びると、動物の皮は日焼けするのですが、それは「人気の証」でもあるといえます。それは、人々は数100年に渡り他のページよりも、この悪魔のページを何度も繰り返し見ていたという事でもあるのです。

筆者の正体を探るため、調査チームは最終的な検証を試みます。それは全てのデータを集め、写本の筆者は1人であることを証明しようというものです。そのために最も確実な方法の一つとして、文字の書き方を分析する筆跡鑑定を行ないます。確実な事実として、筆跡は人によって皆違うものですから、筆者が複数であればその痕跡が残るはずです。文字の特徴としての傾き、筆圧、角度、文字の形など、繰り返し書かれた装飾文字などから様々なことが分かるのです。そして、専門家は「g」に焦点を絞ると「これは古い書体。“g”の丸い部分の下の方が閉じておらず開いている。これが全体を通して一貫していたら、筆者は1人であることを明確に示すことになる」と考えます。数々の検証の結果、詳細に調べても他の特徴と同様に、古い書体の「g」は統一されていました。そして、使われているインクは1つで、文字の書体は独特、写本の内容からもギガス写本の筆者は1人のはずだと専門家は結果を出しているようです。1人では運べないほどの巨大な本は最初から最後まで完璧だと言われており、この史上最大の写本は数10年かけて完成されたと見られています。そして、同じ筆者が書いた書物は見つかってはいません。

しかし、悪魔のバイブルの伝説には誤解があったとも考えられ、「筆者は自分を罪人と見ていた可能性もあるが、それを証明することは写本の中に書かれていない」と専門家は述べます。そして、悪魔のバイブルの伝説を根底から覆す重要な新事実として、「ラテン語の言葉、「インクルーサス」の意味が誤って解釈されていた」ことが判明したのです。長年、この言葉の解釈は「生きたまま壁で塞がれる処罰」でした。しかし、実際には「隠遁」を意味していたのです。独房に暮らす孤立した修道士は世を捨て、彼にとって写本作りは悟りを開く旅であり、生涯の偉業を達成するチャンスだったのかもしれません。そして、彼を突き動かしたのは悪魔ではなく、栄誉、あるいは修道院に栄光をもたらすことだったのかもしれません。彼の最後の救いが、悪魔とは正反対の天国を描いたページだったのでしょうか。彼にとってはギガス写本は、その中で善と悪が永遠に戦うという場所だったのかもしれません。専門家は「並びあう悪魔と天国が意味するのは、人間が直面する2つの選択」だと述べ、ギガス写本の最後に記載された死亡者名簿を解読します。そこには「ベルマナス、モナカス、インクルーサス」とあり、立証こそできないものの、「隠遁者ハーマン」と書かれてあったというのです。

この本の不思議な点としては、一般的には本来、聖書は聖なる本で邪悪なモノを寄せ付けないはずと理解されており、悪魔祓いでも聖書や聖水を使うのは知られているところです。しかし、その悪魔の大敵といえる聖書に悪魔がどうして触れることができるのか、まして、その作成をすることができたのかという疑問が、本書の大いなる神秘として指摘されているようです。現在、科学者たちの研究チームが、この写本の謎を解くためにその本格的な調査に乗り出しているようですが、果たして、これまで以上の何かを見つけ出すことが出来るのでしょうか。

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Unknown (enjeru)
2011-01-12 21:48:08
わたぴ~さん、こんばんは。

サタンが

「私は天に上ろう。
神の星々のはるか上に私の王座を上げ、
北の果てにある会合の山にすわろう。
密雲の頂に上り、
いと高き方のようになろう。」(イザヤ14・13~14)

と言った時から、常に神のまねをして神に敵対する者になりましたね。

イエスさまのまねをして・・・反キリスト。

聖書のまねをして・・・悪魔のバイブル

その大きさ、重さ、そして羊皮紙が1600頭の動物の皮。

驚きの大きさですね。まるで自分を誇張しているかのよう。
その名からして・・・悪霊働いていると思います。人間は・・・罪ある存在だから、「悪魔のページ」を好んで読むのでしょうね。

最近、サタンが神さまに対して激しく攻撃しているように感じます。
時が近いのかもしれませんね。反キリ登場の。
その一つの現象が、こういう「悪魔バイブル」の公開だったり、キリスト者への迫害だったり・・・。

これらの現象を見る時、さらに主イエスを見上げ、
すでに勝利された方を見上げて歩んでいきたいです。
人は、主イエスを見上げる時、顔が輝きますものね。心が平安になり、不思議な喜びがあり、絶望の中にも希望を見出すことができますものね。

イエスは彼らに言われた。
「まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。闇があなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。闇の中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。
あなたがたに光がある間に、光の子どもとなるために、光を信じなさい。」(ヨハネ12・35-36)

今年の冬は、本当に寒いです。
ストーブは、私の一番の友です。(笑)
管理人 (わたぴ~)
2011-01-13 08:02:30
enjeruさん、ようこそ(^-^*)

このタイミングでこういう事が起こるというのも、
偶然というにはちょっとねぇ・・・って感じですね。
何せ、公開されたのが359年ぶりですから、
「何故、わざわざこの時期に」って、誰でも思うかもしれませんね。
それに、この写本の筆者に関する事実がどうであるかは分かりませんが、
中世の時期には、キリスト教における聖書の解釈が非常に混乱していた事が見て取れますね。
ワタクシ個人はどちらかというと、悪魔の絵が云々という事よりも、
そちらの方が気になります。
結局、キリストの教えに対する間違った解釈や姿勢が長い年月の間に積み重なって、
それが伝統のようになって、イエス・キリストが誤解されたり、
聖書の価値が捻じ曲げられたりする一因になっているわけですから。

ユダの福音書の時もそうでしたが、発見された時は信憑性よりも話題性が先行して、
それが混乱の元になって、仮にそれが間違いだと分かっても、
それについてはほとんど取り扱われずに終わるという、現代のメディアと同じパターンで、
こういった事は延々、繰り返されていくんでしょうね~。(-_-;)

そうそう、ストーブの友で思い出しましたが、
そう言えば昔、主婦の友って雑誌がありましたよねぇ。
更に大昔のアイドル歌手全盛時代には、
明星だの平凡だのっていうのも。
それから、笑っていいとも!・・・って、ともが違うか~。
しかし、何思い出してんだか、ワタクシ。w(゜ー゜;)wワオッ!!
聖書朗読 (アン)
2011-01-13 19:12:31
第一テモテ4章1節から、
『しかし、“霊”は次のように明確に告げておられます。終わりの時には、惑わす霊と、悪霊どもの教えとに心を奪われ、…』

第一ヨハネ4章一節から、
『愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。…』

ヨハネの黙示録十二章九節から、
『この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。…』

管理人 (わたぴ~)
2011-01-14 08:25:34
コリント第二:11章14、15節

だが、驚くには当たりません。サタンでさえ光の天使を装うのです。
だから、サタンに仕える者たちが、義に仕える者を装うことなど、大したことではありません。
彼らは、自分たちの業に応じた最期を遂げるでしょう。
黙示録七章九、十節 (アン)
2011-01-16 09:27:32
この後われ見しに、視よ、もろもろの國・族(やから)・民・國語(くにことば)の中より、誰も数えつくすこと能はぬ大なる群衆、しろき衣を纏ひて手に棕櫚の葉をもち、御座と子羊との前に立ち、大声に呼ばはりて言ふ

『救は御座に坐したまふ我らの神と子羊とにこそ在れ』

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