朝礼の話題

見たり読んだりして、感じたことを朝礼で話しています。この頃は仕事の話は少なくなりました。

己こそ己のよるべ

2013-11-22 23:33:41 | 21世紀
己こそ己のよるべ
2013/11/23
 己れこそ、己れの寄るべ、己れを措きて誰に寄るべぞ、良く整えし己れこそ、まこと得がたき寄るべなり 
自ら悪をなさば自ら汚れ、自ら悪をなさざれば自らが浄し、浄きも浄からざるも自らのことなり、他者に依りて浄むることを得ず
少林寺拳法の「自己確立」の教えです。すべては、まず確固とした自己を形成することに重点がおかれています。他者に依存することなく、他者に責任転嫁することなく。すべては、「自分」という存在を認め、己を律していくこと。
いいですねぇ。現在日本では、不具合の責任はすべて、自分以外の所にあるとして、津波被害でも、降雨災害でも、管理者に賠償判決が出されます。
日教組教育60年の結果は、日本に定着したようにみえます。
新聞・テレビの報道でもすべて、責任を追及し、他人が悪い、他人が悪いと言っています。
熊谷勝という方が次のように言っております。
 「人生は自分探しの旅である 自分は何者であるか なにをしに来たのか どこから来て、どこへ行くのか 行ってどうするのか」人生には、家族や友人など多くのつながりがあるものですが、私のいのちというものを考えたときに、いのちはたった一人であることに気付かされます。
 『大無量寿経』の中に 独生 独死 独去 独来 (どくしょう どくし どっこ どくらい)」という言葉が出てまいります。
 〝共生〟が叫ばれるこの時代にひどく利己的に聞こえるかもしれませんがそうではないようです。
 『生』―「天上天下唯我独尊」お釈迦様が生まれての第一声として知られる言葉です。一般的には、天にも地にも、ただ我ひとりにして尊し、「唯我独尊な人だ!」などという間違った使われ方をしているようですが、本来の意味は、生きとし生けるもの皆が、ただひとつの尊いいのちを生きている、私のいのちは誰も代わる事が出来ないといういのちを何よりも尊重する言葉です。この様な独りの意識こそが、共に生きるということを意識させ、自他共に大切に生きるこころを生じさせるのだと思います。
老人になり、他人との関わりが少なくなってくると、己=自分の責任と結果で今こうしているのだと考えて、「自分のことは自分が責任がある」「他人は他人で、本質的関わりはない」と思えるようになります。50年前だったら、自分は50才で死んでいるだろう。そういう運命だった。今、75才まで生きているそれだけで幸運なことだ。責任はすべて自分にある。己こそ己の寄る辺。
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きいて!きいて!
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