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宮森小米軍機墜落事故 50年の節目 平和訴える舞台上演

2009-05-31 | Weblog
マイミク千之家さんの記事を転載します。



発生から50年目を迎える宮森小学校へのアメリカ軍ジェット機墜落事故をテーマにした舞台が宜野湾市で上演されました。

 佐喜真美術館で上演された舞台「フクギの雫」は、児童ら17人が犠牲となったジェット機墜落事故を次の世代に語り継ごうとうるま市の大学生や宮森小に通う子どもたちが今年1月から取り組んできたものです。

 劇は当時の教諭や遺族からの聞き取りをもとに、構成され体験者がこの50年間口を閉ざしてきた恐怖や悲しみの体験を表現しながら事故を忘れてはいけないと強く訴えました。

舞台「フクギの雫」次回上演>
*うるま市石川会館(6月13日)
*宮森小学校(6月22日)

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 うるま市在住の若者や宮森小学校の児童らで作るグループ「ハーフセンチュリー宮森」(宜野座映子代表)が企画。集まった約60人の観客が事故の事実と平和の大切さを考えた。

 同公演は音楽、演劇、ダンス、群読の各パートで構成され、悲惨な過去を掘り起こしながら、事実と向き合うことの必要性を説く。

 事故当時在校生だった現校長の回想を起点に、事故の全体像や遺族の思いを表現した。脚本は遺族への取材などをもとに作られ、「忘れたいけど忘れてほしくない、忘れてはいけない」の副題に、事故の風化を防ぐ思いが込められた。

 宜野座代表は「事故の後、ずっと苦しんできた人がいることを子どもたちの力で表現できた」と感想。

■★「ハーフセンチュリー宮森」への支援のお願い  http://www.labornetjp.org/labornet/news/2009/1239694568678staff01


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そーかい

2009-05-30 | Weblog
実は、今月1日に推薦を受けK中学校のPTA会長になりました。
そこには、大きなお土産がついていて
輪番で回ってくる市PTA連絡協議会の会長職という仕事。

本日、総会で決定しました。

まあ、ぼちぼちと

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ヤングジャンプ

2009-05-28 | Weblog
週刊誌をほとんど買わなくなったのですが。
夕方、ちょっと残業した帰り道小腹がすいたのでコンビニへ寄り道。
レジ脇で見たヤングジャンプ。
「ROOKIES」の読みきり掲載。おもわず買ってしまいました。
うん良かった。
子ども達とドラマを見ながら毎回涙ぐんでました。
中学校に入った長男が野球部へ刺激を受けてか次男も地域の草野球チームへ
入部しました。映画も見に行きたいな。
サラリーマン金太郎も熱くさせてくれました。

今週末も熱くなります。
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そうか

2009-05-27 | Weblog
5月28日か。つらいな。



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wikipediaより抜粋というかパクり

2009-05-27 | Weblog
朝鮮民主主義人民共和国の軍事 [編集]

「先軍政治」を掲げ、何よりも周辺諸国からの脅威に備えるため軍備拡充に力を入れている。過去数十年にわたり国防のために莫大な資源をつぎ込み、世界で5番目に大きい100万人を超える軍隊を有し、国内総生産 (GDP) に占めるその比率が高い。推定軍事費(CIA)年間6000億円のうち4000億円強を核兵器・ミサイルに集中配分しており、通常兵器は旧式で兵器の性能、練度ともに韓国軍との差は歴然である。世界最大規模の特殊部隊と米陸軍45万の2倍の90万の兵力の歩兵主体の地上軍を持ち、散開・分散が必要な核戦争に特化した構成となっている。
化学兵器禁止条約に加盟しておらず2500-5000tの化学兵器を蓄積する化学兵器大国である[2]。停戦ライン地帯の北朝鮮砲兵は毒ガス砲弾や通常砲弾をソウルに撃ち込む能力を有している。1994年に米国が北朝鮮の核兵器生産施設を空爆しようとしたとき、北朝鮮は「(核施設が空爆されたらその報復に)ソウルを火の海にする」と恫喝し、韓国の金大中は訪米して空爆中止を嘆願した。結果として1994年枠組み合意で北朝鮮の核施設は運転停止によって空爆破壊を免れ、2002年に運転を再開し、2006年の核実験にいたっている。
北朝鮮は国境の戦車を旧式なまま放置している一方で、多額の費用を投入して「移動式」弾道弾を買揃えており韓国を狙うスカッド改を500基、日本を狙うノドン200基、太平洋まで飛ばすことのできるテポドンを整備している。米国のロシアを狙う弾道弾が500基であり、中国の日本を狙う核弾道弾ですら25基なので、500基・200基という数は極めて大規模な国防のボディビルディングである。日本にある在日米軍基地の攻撃機による北朝鮮核攻撃の可能性に対する自衛的抑止力としての配備なら20基あれば充分であり、北朝鮮側の「抑止力・自衛のため」という説明は軍事的には200基を超える対日弾道弾の過剰配備という実態と乖離しており、北朝鮮側の弾道弾過剰配備の真意について透明性が問われている。(防衛的な軍隊であれば国境の戦車や防空戦闘機や沿岸の対艦ミサイルの整備を優先して、国境防衛と関係ない攻撃的兵器である弾道弾は隣国の弾道弾と同数以上は持たないのが普通である。防衛省防衛研究所研究官の武貞秀士のように北朝鮮は日米に核/化学ミサイルを突きつけて牽制しつつ韓国を核恫喝で併合する意図で核武装を進めてきたと観測する専門家もいる。)
防衛省防衛研究所の武貞研究官へのインタビュー記事(日経BP)
なお、北朝鮮は少なくとも、現在、日本に向けている200基を越えるノドン弾道弾に、化学兵器弾頭を装着して日本の大都市を攻撃し、大量の死傷者を出す物理的能力を有していると見られている(DocCode7155参照)。米国の調査機関ISISの報告書によれば、ノドンに装着可能な粗悪な核弾頭を3発以下既に保有している、つまり東京を核攻撃できる能力を保有している可能性すらあると観測されている。また、核弾頭を量産し日本を狙うノドン200基を数年で全て核弾頭付きにするのに必要な50MW/200MW大型黒鉛炉を建設中であった。ちなみに同大型黒鉛炉は「2007年合意において、米国と北朝鮮の妥協により無力化・解体対象から除外された」。
ISIS報告書。3発の小型核弾頭と50MW大型炉について報告している(英文)
詳細は北朝鮮核問題を参照


当然、大阪市、堺市、そして信太山の自衛隊基地。
精度が不明確なため、近くに被弾しても不思議ではない。
沖縄の米軍基地も目標になっているのだろう。
慎重な対応が必要です。奪われていいはずのものなどなにもないのだから。
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2009-05-26 | Weblog
昨年秋のリーマン・ブラザーズの経営破たんから始まった不況。
毎日のように届けられた派遣切りの報道に心を痛めた。

春からの新型インフルエンザの感染。
知事の独断ともとれる日曜深夜の記者会見。
学校関係者、保護者、そして子ども達の混乱は、どうだったのだろう。

楽しみにしていた修学旅行を中止にされた子ども達。
高校野球の近畿大会も中止に追い込まれた。

まともな思考では、考えられない隣国の挑発行為。

まともな思考では、対応できないMonsterとつけられる人たちへの対応。

幼い命、弱い命への残虐な暴力。

どう立ち向かう。

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幼稚園CD

2009-05-24 | Weblog
今年も地域の幼稚園のバザーで販売するCDの作成中です。
長男がお世話になってからおつきあいのはじまった幼稚園。

地主の方の希望で隣接する鎮守の森は、
子ども達の遊び場になる公立の森の幼稚園。
子どものことを思う親にとっては、
きっと理想的な幼稚園のはずなんですけどね。

もう7枚目になります。
先生のピアノにあわせてクラスで合唱したものを録音したものです。
始め、企画したときは、自分の子がどこで
歌っているのかわからないのに等の
意見も受けながらのスタートでしたが
毎年、70~80本作成する人気商品になりました。
(幼稚園は、2クラスの小さな幼稚園です)

プロはだしの音タネメンバーや中之島メンバーのCDもいいけど
もう、ただ勢いだけの元気いっぱいの園児のCDも感激ものです。

毎年、秋に作っている小学校のも、また別の意味があるんですけど


何年できるんやろ。まあ、ぼちぼちやっていきますわ。

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居場所

2009-05-21 | Weblog
小学校の時は、団地の前の公園。家の周りの自然。
2つ年上のお兄さんがよく面倒を見てくれた。
虫取り、魚釣り、夕方の美しさを思い出す。

中学校は、部活。運動の苦手だった僕だったけど
バスケットボールクラブの同級生は、男子も女子も
仲良くしてくれた。
練習用のウエアやシューズを買いに行ったあの日

ギターを始めた中2。ギター仲間の自宅。音楽室。

高校生。なるべく親に負担をかけまいとスーパーの
バイトに励んでいた。職場という居場所。

大人の音楽サークルに入り、30代の方たちとの交流。
音楽の年齢がなくなった。
ガチンコで大人たちが本気で教えてくれた。
時には頭ごなしに怒鳴られた。
まだまだガキの僕に本気でぶつかってくれた。
近くの楽器屋も暇な時にはいつまでもいたっけ。

社会人になっても多くの居場所があった。
ひとつひとつに大切な思い出がある。

インフルエンザのせいで居場所を奪われた大阪の中高生。
病気でもないのに休みを強要され、町に出歩き
友達と会うことさえ怒られる。
大人たちは、仕事という理由で町に居場所に出てゆくのに。

きっとS池。こっそり友の家。一瞬一瞬が大切な今の時期。
素敵な思い出を作りたいだけなのに。

今回の騒動なんか裏を感じるのは気のせいだろうか。



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インフルエンザ

2009-05-18 | Weblog
朝から大変な騒動。府下の公立中学、高校休校1週間。
登校しなかった生徒もおるんやろうな。
長男は、宿泊訓練。同行していた教頭先生はヤキモキしたことだろう。

各学校、教委は、大変なことだったでしょうね。

ちゃんと学校から発表したほうがよかったんと違うのと思うよな。

深夜に記者会見って知事もやけど周りのスタッフ
そしてマスコミもちょっと考えたらええのに。

この1週間、中間テスト前。うまく時間を使ったもん勝ちやろうな。

おっちゃんの知ってる子ども達がんばりや。




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おやじの長いゴールデンウイーク4

2009-05-12 | Weblog
で明けて4月26日狭山池まつり。
うどぃのバンドメンバー達から、
どうしてもと頼まれたのが半年前だったかな。
まあでかい本番はさんだしな。大変なのはわかるけど。
思ったとおりのプログラムが作れなかった。
ちょっと残念。狭山池まつりは、好きだからいつかきっとリベンジしたい。

で、予定通り6時。早朝というのに遅刻なく楽器車、音響車も無事入場。
うどぃのこどもたちも何人か来ていた。とりあえず機材を近くに下ろして
車を移動。駐車場から戻りセッティング開始。まずは、テント。
ここのテントくっつきすぎやし、むずい。わしでさえようわからんかった。
途中メンバーのお迎え。

戻ってくるとほぼセッティングができかけていた。
しかし、風が強い。イベントでは、雨より風のほうが怖い。
テントが飛ばされ、スタッフが巻き込まれる恐れがある。
ライブの会場は、堤の影で少しましだったが、メインの池のほとりは
大変なことになっていた。いくつかのテントは、布をはずしていた。
恒例の沖縄すばを売るうどぃのこどもたちも寒そうで。

イベントは、開始したものの、やがて雨も降り出し
カラ元気は、出していたものの寒いし気がめげる。

フリーマーケットも次々閉店していく。

前半のプログラム途中から本降りになってきて、プログラムを中断。
音響さんは、i-podから元気のでる音楽で若いスタッフを励ましてくれる。

しばらく待つとやがて小ぶりになってきた。
なんとか再開。うどぃバンドもなんとか演奏を終えた。

晴れ間も出てゆっくりあとかたづけ。
音響さんは、いやな顔もせず笑顔も浮かべながら後片付けをしていた。
ありがたかった。

まあ、しかしあの風と雨、中止を呼びかけてもよかったかもしれんな。
下手したらけが人出てたかもね。

5へつづく
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