watabatakeのブツブツ

watabatakeの日記っす
日々思う事をブツブツと
【Twitterばかりっすね】

11月2日金大中事件: 日本の田中角栄首相と韓国の金鍾泌首相の会談により政治決着(1973)

2012-11-02 | Weblog

1973年(昭和48年)7月、世界でも「民主主義の活動家」として高い名声を得るようになっていた金大中は、日本の自由民主党(自民党)の有力なグループに招待され、講演するため東京を訪問した。当時のことを金大中は「私が東京に着いたとき、友人達が在日韓国朝鮮人のヤクザたちが私を狙っていると忠告してくれました。在日韓国朝鮮人のヤクザたちは大韓民国居留民団(民団)やKCIAと強い結びつきがあるのです」と後のインタビューで語っている。すぐに亡命者生活に入り、2、3日ごとにホテルを変え、日本人の偽名を使った。
1973年(昭和48年)8月8日午前11時頃、金大中は東京のホテルグランドパレス2212号室に病気療養のため宿泊していた梁一東(ヤン・イルトン)民主統一党(当時)党首に招かれ会談した。前年開業した同ホテル(東京都千代田区飯田橋1-1-1)は九段下の交差点を飯田橋方面に入ってすぐにあり、裏路地からは朝鮮総連に至近の場所に位置している。
午後1時19分ごろ、会談を終えた金大中は2212号室を出たところを6、7人に襲われ、空部屋だった2210号室に押し込まれ、クロロホルムを嗅がされて意識が朦朧となった後、4人により、エレベータで地下に降ろされ車に乗せられた。ホテルから車で関西方面(神戸)のアジトに連れて行き、その後、工作船(コードネームは龍金(ヨングム)号)で神戸港から出国したと見られる。朦朧とした意識の中「『こちらが大津、あちらが京都』という案内を聞いた」と金大中は証言している。
金大中は「船に乗るとき、足に重りをつけられた」「海になげこまれそうになった」と後日語っている。しかし事件を察知した(当時の厚生省高官の通報によるとされる)アメリカの通報を受けた自衛隊が拉致船を追跡し、照明弾を投下するなどして威嚇したため、拉致犯は殺害を断念し釜山まで連行し、ソウルで解放したとされている。金大中自身、日本のマスコミとのインタビューで、甲板に連れ出され、海に投下されることを覚悟したときに、自衛隊機が照明弾を投下したと証言している。
拉致から5日後、金大中はソウルの自宅近くのガソリンスタンドで解放され、自力で自宅に戻った。直後に自宅で記者会見を行った際、日本人記者団に対して解放された直後の心境を、「暗闇の中でも尚明日の日の出を信じ 地獄の中でも尚神の存在を疑わない」と日本語でメモに記した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/金大中事件
他には--------------------------------------------

タイガース記念日(タイガース後援会など)

▲後醍醐天皇、光明天皇に神器を渡し、南北朝分裂(1336)
▲織田信長、弟・信行を殺害(1557)
▲ランス革命: 総裁政府が発足。(1795)
▲岩崎弥太郎が土佐開成社を開設(三菱財閥の起源)(1870)
▲読売新聞創刊(1874)
▲米大リーグ選抜野球チームのベーブルース、ルーゲリックら17人が来日(1934)
▲日本で国民服令が公布。(1940)
▲北原白秋、没。57歳(1942)
▲日本社会党結成(1945)
▲柏戸と大鵬がそろって横綱に昇進。(1961)
▲オイルショックでトイレットペーパー買い占め騒動(1973)
▲アメリカ合衆国大統領選挙の結果、民主党のジミー・カーター候補が当選。(1976)
▲掛布・バース・岡田のバックスクリーンへの3連続ホームランなどにより
西武ライオンズを破り、球団創設以来初めて日本一に(1985)

誕生:後醍醐天皇(1288) マリー・アントワネット(フランス王妃1755) 
   岸田国士(劇作家1890) 三橋達也(俳優1923) 欧陽菲菲(1947) 
   美木良介(俳優1957) 中山加奈子(1964) 
   深田恭子(女優1982)

誕生花:ルピナス (Lupinus)     花言葉:母性愛

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 11月1日(木)のつぶやき | トップ | 11月2日(金)のつぶやき »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。