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自分史 0~4歳

2012-04-09 | 自分史

この半年何枚の履歴書を書いてきただろう。

もう人並みの人生の3/2ほどなのだろう。

自分史という言葉を知ったのはいつからだろう。

また企画倒れになるかもしれないが少しづつ人生を振り返ってみよう。

こんな変なおっさんになった原因が見えるかもしれない。

まずは、0~4歳頃

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記憶に無い赤ん坊の頃は、父親の実家の新潟で生まれ育ったらしい。家族3人とも入院していた時もあったとか。その頃から貧乏暮らし。

父親と母親が出会ったのは、親戚の引っ越しだとかなんとか?新潟で生まれ東京や大阪で働いてた父と鹿児島県の離れ島で育ち、就職で大阪に来ての出逢いだったらしい。くわしくは、聞けていないのだが...

記憶に残る住んでいた町の町名は、大正区新炭屋町だとか鶴町だとか

借家だったのだとおもう。狭い階段を下りていた様な気がする。白黒のテレビがあったような気がする。部屋の間取りは、記憶に無い。大阪湾からの重油の匂いがいつもしていた。用水路のどぶは、本当に臭くて黒かった。細い路地が遊び場だった。

路地から通りを出るところに、お菓子から野菜、さかな、日用品が売っているなんでもやさんがあった。黄色いハエトリ紙についたハエが記憶にある。

偏食の多かった僕は、あまり食べ物の記憶がないのだが、唯一大好物だったのは、

時々バスで行った商店街を抜けた角にあるホルモン屋さんの串。焼きたてが、美味しかった。あの頃は、あまり肉食がなかったような気がする。まあ、あまり肉の流通ができてなかったのだろうか?

 

広い公園、白い小山のような遊具。きれいな学校。選挙。予防接種。

マブチモーターのついたサンダーバード4号やいるかのおもちゃがうらやましかった夏。断片的な記憶しか無い。

 

ある日、渡し船に乗せられて、電車にのって、造成地の町の団地に連れられた。

千代田という町の話は、また後日へ

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