早稲田大学ウリ稲門会

在日コリアンOB・OGのためのオフィシャルブログ

ウリ稲門会VSコリア三田会 親善ゴルフ早慶戦のお知らせ

2014-08-30 22:11:13 | 各支部・分科会の近況

以前にお知らせしていた親善ゴルフ早慶戦の場所・日程が決まりましたので、謹んでご連絡申し上げます。

奮ってのご参加申し込みをお待ちしております。

開催日: 2014年10月11日(日)
コース: 森ビル静ヒルズ(茨城県常陸大宮市小場5766)
http://www.shishido.co.jp/shizu/

 

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納涼会兼臨時総会のお知らせ

2014-06-29 12:51:57 | 会計報告

来る9月6日土曜日、銀座7丁目の「銀座ライオン」F6にて、納涼会を行います。

また、かねてより準備を進めて参りました奨学金制度創設のご承認を賜るための臨時総会も併せて開催致します。

http://www.ginzalion.jp/top.html

受付午後5時開始、5時半開宴開始。会費8千円、同伴者6千円。在校生は無料。

万障お繰り合わせのうえご参加いただきますよう、宜しくお願いいたします。

 

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2014年春季ゴルフコンペのご報告

2014-06-29 11:26:37 | 各支部・分科会の近況

関東圏本年梅雨入り直後の6月12日木曜日、茨城ゴルフ倶楽部に18人5組が集まり、ゴルフコンペを行いました。

終始曇天だったものの雨に降られることはなく、久しぶりのコンペに集い各自の技を和気藹々、盛り上がりながら競い合うことができました。

優勝者はグロス93、ネット73.8で初参加の林さん。しかも慶応大学OBからの特別参加でした。林さん、おめでとうございます!

早稲田はそれでいいのか?

いいんです!早稲田は度量が広く、たかがゴルフの結果如きは全く気にしないんです(←負けた時の常套句、というかそもそもこのコンペ、早慶戦じゃないし、親睦のためのただの器なんですが。)

因みにベスグロは文一陳学兄で86をマーク!ベスグロでは常連の康泰鎮学兄が今回不調(1打ビハインド)だったことが影響しているとはいえ、御年70の文先輩のこのスコアーには脱帽です。

金君夫会長、呉世一ゴルフ会会長, 個人的な財政支援眞にもって痛み入ります。

琴先輩、安先輩、金ミョンファン先輩, 気の利いた、素晴らしい現物供出、有り難うございます。(幹事からは朱学兄、康泰鎮学兄らがゴルフボールを提供)

因みに優勝賞品ゼクシオドライバー受賞者である林さんは、“自分のスイングに合わないかもと思いながら包装を解くより新品のまま次回の優勝者に贈呈してあげてください”と、鷹揚で惜しみない申し出をして下さいました。ブツは康泰鎮学兄のゴルフスタジオにて保管。次回コンペでは、ブツに“安先輩、克一さん寄贈”というテプラーなどを貼附のうえ賞品の目玉にさせて頂きとう御座います。

なお、今年本当にゴルフの早慶戦をやろう、という話になっています。10月11日という仮決め日程のようですが、詳細は安昌煥学兄までお問い合わせください。確定後改めて当ウェッブサイトでもご案内申し上げますので、皆様奮ってご参加いただけますよう、よろしくお願いします。

 

 

 

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お知らせ

2014-02-08 12:30:47 | 各会員の近況・会の活動日誌

既に、郵便等でご案内のとおり、下記のとおり新年会を催します。 楽しい時間を共に過ごしたいと思います。お気軽にご参加下さい

(当日、飛び込み参加もたぶんOKです。) 記 《新年会》 2014年2月16日(日) 15:30受付開始 16:00開宴 早稲田大学 大隈会館(20号館) 301・302会議室 http://www.waseda.jp/jp/campus/waseda.html 立食パーティ 飲み放題です。 会費=7000円 (留学生、在校生は無料です。) 《二次会》 新年会終了後、19:00~21:00 GIGAS高田馬場店 (TEL.050-5799-1855) http://r.gnavi.co.jp/g853165/ 2H飲み放題です。 会費=無料!! 早稲田大学ウリ稲門会 http://blog.goo.ne.jp/wasedauritoumonkai/ 参加の連絡先 河 相淳(ハ・サンスン 080-7078-0419) 朴 魯善(パク・ノソン 090-8850-8500)

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解雇規制緩和論とか~

2013-05-29 19:32:59 | 私の意見・交流・日常

労働経済学を知らない勤め人が云うのもナンですが解雇規制緩和、宜しいのではないでしょうか、君子は淡交・小人は濃交。絆ブームが醒めるや否や、自分の面倒は自分で見てね、ということのようです。本来会社にも配偶者にも国にも過度に頼っちゃいけないのですね。思えばもう20年近く前から会社と社員との関係は微妙に変化し始めていたと記憶しています。それでも就職という現代日本の、いや世界中の弱き個人の切実な関心事は肥大化する一方です。専門家は口を開けばイノベーションというけれども、技術革新というのは大抵失業を生み出すものだと思います。大企業の追い出し部屋は解雇が困難な国で、あからさまに違法なことはできないが内部留保確保か株主の期待を優先したいという会社のブラックな策でしょう。「報酬分しか仕事をしない者は、その仕事分しか報酬をもらえない」と云われていますが、正規社員の場合報酬分以上の仕事を一定期間するとその成果・能力以上の報酬と安定をもらえることが多々あります。右肩下がりの市場の中で知らず知らずのうちに “守られすぎ”状態に変容。解雇規制緩和というのは、手切れ金を確実に渡すから別れさせてあげましょうという内容らしく、そうであれば何のことはない婚姻破綻主義採用の日本司法行政が既にノウハウを持っている。ところで中小企業では予告手当以外は無償で簡単に縁切りされているのでここでは遍く“確実に手切れ金を渡す”というのが肝なのでしょうか。この点弱小企業で働く労働者と、(似非でも一応)組合を有する“一流企業”で働く労働者との間に格差を垣間見るのですがこの事実上の格差を問題にするひとはあまりいません。結婚と同じパーソナルな問題私的自治。ところが正規社員と非正規との格差となると途端に“差別”という語が説得力を持ってくる。アメリカでは非正規という身分制度は無きに等しいらしいですがこれはジョブ制を採っていることと相俟ってやはり解雇の自由度が高いことと関係がありそうです。やはり同じコミュニティー内では「同一労働同一賃金」は守られるべきでしょう。実力本位の共和制的世界帝国アメリカ万歳!僕は幼いころから「いい人になりなさい、いい人というのは立場上自分に逆らえない人をどう扱うか・どう向き合うかで試される」と教わったものですが(いや実は最近ですけど)、僕はこれに「正規社員を過度に守りながら非正規という身分制度を支持する人かどうか」という尺度も付け加えることにしています。万歳三唱といえば。物議を醸した天皇陛下万歳!先日の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」。非正規の定義は定まっていないなどと云えばきょうびネット言論では即座に“あんた情弱なの?バカなの?変態なの?氏ぬの?”と突っ込まれてしまいそうですが侵略の厳格な定義は必要なのだそうです。ところで先日の朝日新聞に「「俺たちは日本人」連帯感くすぐる安上がりな仕掛け」を寄せた片山杜秀氏によれば自民党の改憲草案には新設条項として「家族は互いに助け合わなければならない」が書かれていることも援用して「もう国は国民の面倒はみない、でも文句を言わせないための安上がりな仕掛け(国防軍、日の丸、君が代等)をたくさん作っておこう」というのが安倍政権の目論見だという。家族相互扶助は確かに既に民法親族編に規定されていますよ。被治者が治者に向けた規範である憲法になぜ?ちゅうことです。“ニッポンをとりもろそう”(舌が長すぎるのか短かすぎるのか)という右翼的美学スローガンにはカネ勘定が符丁的に密輸入されているというのが論旨と読めます。同氏の結論は「国民国家が崩壊の過程にあるからこその、主権の強調」。確かに3.11を見るまでもなく、つらい時ほど“連帯したい”感は強く、君子も淡交ではいられない。陛下万歳を三唱すればお経を唱えるという程度の最低価格で連帯感が持てるかもしれません。国家もコスパか。赤紙とか想定しにくい現代では収税機関として設定された国家こそが国家たる所以。そのカネをどう使うかも国が決める。財政立憲主義なんて飾りなんですね。使い道をあれこれ詮索する奴は中国の手先か在日朝鮮人だというデマを流通させればよいという佇まい。いや政権自身はそんなマネはせず、国防軍とか英霊とか言って焚き付けるとその気になってくれる輩を利用すればよい。ブランディングもシンボルも上手に使う。しかし“家族は互いに助け合う”で連想するのが地元主義・アゲアゲ精神主義を核とするヤンキー文化。僕はあながちヤンキーが嫌いじゃないですが、反知性主義的階級文化のエートスと偏狭なローカリズムとの親和性は否定しきれないところがあります。振り返ると80年代頃オシャレで裕福な層をして“日本人にしておくのは勿体ない俺さま”という文脈のギャグが流行っていたけどそれは余裕の証、昨今では海外からヒかれても親会社アメリカからヒンシュク買ってもあくまで“世界に稀にみる優秀な日本人”“英霊を称える正統派日本人”“在日殺せ”という挑発的言辞がアップアップな趣で痛々しく、同時に吐き気を催す。炎が消える前の蝋燭なのか掉尾の一振りなのか国を挙げての株価操縦ミクス(私人がやると金商法違反で逮捕起訴)とブラック企業リストアップ、ナマポ(←ネット空間言語ってホント下品ですね、眼が腐ります。)がどうのこうの。しかしブラック企業だとレッテルを張る側は大丈夫なのか、かつてのブラック国家に逆戻りなさいませんように。しかし我ら同胞の“祖国”はどうだ?ベトナム戦争でやらかした悪行(被害者の最低二世代先ぐらいまでは贖罪を続けよ)、高すぎる自殺率・非正規就労者率、地域差別、女性蔑視、財閥支配、世界最低評価の現行ブラック王朝等々。六なものではないですね、ホント目眩がします。僕たちの場合「俺たちは在日」と連呼しても別に気分は盛り上がらないし、だからと言って「俺たちは誇り高きコリアン」と連帯感を鼓舞するのも、うすら寒く見苦しい。要するに僕たちのような部族はアンチナショナリストであるのが政治的に正しい。元々国民国家に属していないし。じゃぁ、いつ「俺たちは在日」という連帯感を鋳造しますか?今じゃないでしょう、君子淡交・小人濃交。我らが安住の地たる日本の貧困が止まらず“安酒の悪酔い”(村上春樹)度合を一層強めた時でしょう。じゃぁ、その時の連帯のシンボル・通奏低音って何ですか?キムチでしょう。キムチの政治利用なし。本旨から逸れましたが、要は元来僕らの多くは過剰にカイシャにもクニにも頼っていないから解雇規制緩和だって国民国家崩壊の過程だって今更怖くない、どうってことはないという独り言でした。(2013年5/7記 富男)

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金君夫会長会長就任時ご挨拶

2013-05-22 20:48:45 | 会長のご挨拶

来賓の皆さん 並びにウリ稲門会会員の皆様
私は、今ここに、皆さん方の暖かい心に押され、この伝統あるウリ稲門会の会長に就任する事となりました。
これを 格別な気持ちで、そして感謝の気持ちを以て、厳粛に受け止めたいと思います。有難うございます。
他の大学の在日同窓会がうらやむウリ稲門会ですが、思い起こせば過去幾多の変遷を経て今日に至っています。
 
私が入学した1960年代初頭、今から約50年前になりますが、祖国の状況を反映して、早稲田の学内には韓国文化研究会と朝鮮文化研究会、二つの学生団体がそれぞれ活発に活動していました。しかし、同窓会はひとつでした。ウリ同窓会が在日同胞が集う唯一の同窓会でした。 
その後、いろいろな事があり、80年代に分裂を余儀なくされます。残念な事でした。

ところが、同窓会はそうあってはならないと思う人たちがいた。
そうした、心ある人々の献身的な努力によって、多くの障害を乗り越え、分裂した同窓会は再度ウリ稲門会へと統一されるに至りました。袂を分かった同窓たちが、自ら集う場を取り戻したのです。これは大変大事なことであり、忘れてはならないことです。そして大いに誇るべき事でもあります。大げさに言えば、私たちの民族の歴史の中では類例を見出すのが難しいことかもしれない。
その時に献身的な努力を惜しまなかった学兄たちに、再度感謝の念を表したいと思います。

その事ひとつをとってみても、今日のウリ稲門会は、学兄のみなさんの鋭意・努力で形作られています。そう、私がウリ稲門会を誇らしく思うのはまさに“人”にあります。何と言っても会員の同窓生諸兄、みなさんです。
早稲田の杜で学んで 社会に出てそれぞれの分野で大活躍をし 大いなる社会貢献をしている事実。その例証は枚挙にいとまがありません。
そして、顧問の方々。 人生の師と仰ぐことのできる先輩方々です。
私も在学時代からこの先輩諸氏のようになろうと目指してきました。生きてきました。
加えて、前幹事団の会長 幹事長 幹事 監査の方々。共に仕事をして、その仕事ぶりを拝見してきましたが、実に手際よく献身的でした

また、私たちの同窓は、母校そして校友会と信頼感を基とした緊密な関係を築いています。  
梁直基先輩は大学評議員です。
姜徳相先輩は大学図書館に永年にわたって貴重な図書を献納し続けています。
この度李成市教授も文学部学部長に成られました。
さらにウリ稲門会は、母国韓国の校友会とも交流が深く、強い紐帯で結ばれています。
  
  校歌にあるがごとく”仰ぐは同じき 理想の光”

理想の光を仰いでいる人と会うのは楽しい、会えば楽しくなり自身も理想の光を仰ぎ見る。私たちの同窓会はそのような親睦団体であるべきです。ウリ稲門会の会長に就任するにあたり、この同窓会を次の視点で運営したいと思います。
立つ位置 それは ただこの一点 “私たちは早稲田の杜で学んだ”ということです。
私達はすでに 固く固く結ばれています。今一度 青春時代にに想いを馳せ 全てを乗り越え、熱いスクラムを組んで前へ前へ進もうではありませんか。

どうぞよろしくお願いいたします。

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「共に!」

2013-03-31 11:29:27 | 私の意見・交流・日常

湘南ベルマーレ監督 貴裁

 2012年、湘南ベルマーレは3年ぶりにJ1に復帰できた。指導者として子供たちを教えていた時期を合わせるとちょうど12年目、ひとまわりという年に湘南ベルマーレのトップチーム監督としてのオファーをクラブから頂き、やらなければいけないという責任感と果たして自分がこの大役を果たせるかという不安感が半々の年明けだったことを昨日のことのように思い出す。
 元々トップチームの監督という指導者なら誰もが目指すであろう目標に自分はおぼろげなものしか抱いていなかったこともあり、監督初心者のチームに対する周りの半ば諦めに似た空気感を感じながらも、「俺が監督なら周りがそう思うのも仕方ないかもしれないな」と、どこか自分が置かれた状況を客観視していたきらいもあった。
 監督というのはリーダーである故の孤独感との戦いとも言える。それはユース年代の監督をしていた時期にさえひしひしと感じていたもので、トップチームなら尚更であろうことは想像に易かった。孤独とは自分との戦い。すべて自分に跳ね返ってくるだけに、神経をより研ぎ澄まし、これからやるべきプロセスに磨きをかける。元々1人で何かをすることがあんまり好きではない自分にとっては非常に高いハードルではあるが、同時に達成した時の喜びは何事にも代え難い。現役時代にゴールを決めた時の高揚感とは一味違う充実感のようなものが体全体に満ち溢れる、そんな職業だと思っている。
 開幕から選手の頑張りで9戦負けなし、首位にいた時期も常にこのままでいくわけはない、これでいいわけがないという不安があった。1年間で大きな山は必ず来る。その時にこそしっかり選手に、ブレない自分を示し、高い山の頂上に向かい、なるべく先頭から最終列までがコンパクトに一体感を持ったグループでいさせる。この事に1年間ほぼ没頭してきたと言えるかもしれない。監督が孤独であるのと同時に、プロサッカー選手はその報酬と、安定からかけ離れた立場のミスマッチから基本的に不安を抱えている。全員が試合で活躍したいと思っているが、頑張っても試合に出してもらえない選手がチームのうち半分を占める。見返りを求めるには、実のところ割に合わない職業だと思う。自分が監督を引き受けた理由は実はそこにあった。「この選手たちを成長させたい。と同時に共に成長していけるようなチームの空気を作りたい。」ワールドワイドなスポーツであるサッカーの、有数の優秀な指導者にもこの気持ちだけは負けないだろう、そんな自負がある。9戦負けなしが途切れ、2連敗したもののなんとか踏ん張り、後の8戦負けなしにつなげることができたのも、実際にその自負が自分を奮い立たせたからだろう。
 とはいえ、終盤にきての3連敗など、調子の波が交互に入れ替わる1年ではあった。そんな1年の中で、不思議と当初に抱いた「基本的概念選手と共に歩んでいく」という気持ちは、シーズン当初より終盤にかけての方が強くなっていた。チャレンジしたミスは絶対に起こらなかった。結果論で選手たちにコメントすることだけはやめようと心に誓っていた。その代わり、試合に出られないからといってチームを忘れている選手は、大人であってもきつく叱責した。本当に我々の選手たちは謙虚に自分の後ろにチームがいるという事を忘れずにどの試合も戦い続けてくれた。そして、最終戦の奇跡を生むことができた。監督として彼らを心から誇りに思っている。
 2013シーズンに挑むにあたってもこの気持ちだけは変えるつもりはない。いや変えてはいけないと思っている。「共に」これは監督として、人としての自分のキーワードだ。在日韓国人として、この日本の中で生きていくためにも必要な精神だと思っている。結果の責任は自分が取る、プロセスには徹底的にこだわる。この姿勢をさらに磨いて新シーズンに臨もうと思っている。
 我々の試合を見た人にエネルギーを与えていけるように。そして関わる人全員が生きている実感を感じられるように。今年も自分らしく監督業を楽しんでいきたい。開幕は3月2日。同じ神奈川の横浜マリノスだ。クラブ規模は今のところ叶わないかもしれないが、湘南スタイルだけはスタジアムで存分に発揮していきたい。そしてシーズン通して選手たちを信じ、最後まで諦めないパワフルでアグレッシブなサッカーを皆さんにお見せしたいと思っている。

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呉世一当会会長挨拶

2013-03-31 11:23:42 | 会長のご挨拶

2013年、謹んで新春のお慶びを申し上げます。旧年中はウリ稲門会に物心両面のご支援をいただきありがとうございました。執行部を代表し、お礼を申し上げる次第です。
東日本大震災から、そして福島の原子力発電所事故から、はや2年が過ぎようとしております。当時は、1000年から2000年に一度の天災地変は想定外のことであり、原発事故は人災ではないとの主張がまかり通っていました。宇宙の始まりから137億年、地球誕生から45億年、この歴史を考えれば、1000年や2000年は決して長いスパンではありません。また東日本大震災の規模も想定すべき地殻変動の域でありました。事故は人災である、まさに人災という視点から検証してこそ一刻も早い復興をなすことができるでしょう。本年が、被災された方々が平穏な日々を遅れる年になりますよう願っております。
今年は奇しくも韓国・日本両国がともに新しいリーダーを選出し、新体制で臨むこととなりました。歴史からなにを学び、目標がどこにあるかによってその性格は自ずと明らかになるでしょう。とりわけ、韓国初の女性大統領、母を凶弾に奪われ、父も銃弾に倒れ、自身も頬を斬りつけられるテロに遭遇するという想像を絶する艱難辛苦を乗り越え、選挙に勝ち抜き大統領にまで登り詰めた彼女には国民とともに歩むことを切に願ってやみません。同時に朝鮮半島に良き気運があらわれますように。
私たちは、ウリ同窓会、稲水会、そして統合を果たしたウリ稲門会と同窓会の歴史を刻んでまいりました。親睦をコンセプトに、多様性を認め合い、互いに信頼を構築する軌道を歩んできました。時に軌道から外れることが生じると、諸先輩・諸学兄の叡智と復元力が働き、その度に修正が行われてきました。この伝統あるウリ稲門会のタスキを次へと繋ぐことが私の大切な役目のひとつであると心に決め、頼りがいのある幹事団に支えられながら粛々と仕事をこなしてまいりました。3月9日に総会を開催いたします。いっそうのご指導・ご鞭撻をお願い申し上げます。まだまだ寒気きびしき折りです。お体ご自愛の上、来る総会に元気なお姿をお見せ下さい。お待ちしております。

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2012年納涼会レポート

2013-02-13 21:51:46 | 私の意見・交流・日常

2012年9月8日、新宿は明月館で納涼会を開催いたしました。
 このところの夏の、暴力的ともいえる高気温を考えると、盛夏に足を運んでいただくのは忍びなく、だからといってすっかり涼しくなってからでは「納涼」する意味も無い、だから間をとって近年は9月に納涼会を開いています。ところが、この数年ときたら9月に暑さがいくらかでも納まったためしはなく、この日も記録的な残暑のまっただ中のとても暑い日でした。
 今回のテーマは原点回帰。暑いなか集まって、焼肉つついて酒飲んで、語って騒いで肩組んで、同胞同窓でしか味わえない気安さにひたろう、でした。呉会長の開会挨拶、梁直基顧問の乾杯のご発声の後、おいしい肉が焼ける音が聴こえる頃には、その音に負けじと笑い声が混じった大きな声があちこちからあがり、早々と会はピークに達しました。
 金博夫副会長の素晴らしい閉会辞(あまりにも素晴らしかったので、内容は参加者のみの特典とさせていただき紙面に掲載はしません)をもってお開きとなるはずが、盛り上がりは納まらず、エール交換に4人が名乗りをあげる壮絶な大団円となりました。楽しいという一言では表現しきれない「楽しい」夏の一夜でした。また、明月館の経営者である沈広燮顧問のご好意・ご協力をいただきました。ありがとうございました。

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韓国校友会に参加して(2012年12月10日)

2013-02-12 22:26:09 | 私の意見・交流・日常

マイナス14℃。今年のソウルは寒かった。
韓国校友会は、昨年参加していたので、今年は見送るつもりだったが、呉世一会長が参加のご都合がつかず、急遽、代理参加となった。
もともと、韓国校友会との交流は前々会長の安王錫現顧問の時代に始まった。北にも校友会があれば、交流したいところだが、現在は残念ながら北に校友会はない。
母校を卒業して、日本に在留している同胞がウリ稲門会(特別永住者=オールドカマー中心)、韓国に帰った同胞が韓国校友会となる。当日は当会だけでなく、韓国に在留している日本人の稲門会(ソウル稲門会)も招待されていた。参加者は総勢150名程度だったろうか。当会からは、韓国にも生活拠点を持つ、金協一氏家族3名を含め、7名が参加した。
今年の総会では会長が交代され、李賢儀(이현의)氏が新会長に選出された。「韓国NYLOK」という特殊ネジを製造する会社の会長をされている。新会長挨拶では「今後は、特に若手の参加を促したい」と語られていた。いずこも、様子は似ているようだ。
将来は「北の校友会」、否、「統一祖国の校友会」との交流ができる日がくることを願わずにはおれない。(河相淳)

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第七回定時総会開催のご案内

2013-01-15 07:23:47 | 各会員の近況・会の活動日誌

謹賀新年、本年も宜しくお願い致します。
早速ですが我らがウリ稲門会の、ほぼ二年に一度の総会開催のお知らせです。

 
3月9日 土曜日
 

リーガロイヤルホテル東京
宴会場名:ダイヤモンド
TEL:(03)5285-1121(代)
E-MAIL:tokyo@rihga.co.jp


総会受付開始  午後4時30分
総会      午後5時~5時40分
懇親会     午後6時~8時30分
以上

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貴裁学兄、男泣き!湘南ベルマーレ、J1昇格!

2012-11-14 22:35:39 | 私の意見・交流・日常

今シーズンよりJリーグ初の在日韓国人監督としてJ2湘南ベルマーレを率いてきた貴裁学兄、厳しいシーズンを終え、見事J1昇格を果たしました!
3月に始まったシーズンは、快調に首位で滑り出したものの当然のように激しいつばぜり合いの混沌へ。上位をキープしていたとはいえ、最後まで予断を許さない日々が続きました。残り1試合で3位だった湘南ベルマーレ、最終戦の結果次第で2位に浮上する可能性と、6位まで落ちる危険性を同時にはらんでいました。J1自動昇格は2位まで、3位から6位まではJ1昇格へ残る1席を争う明日なき熾烈なプレーオフ。まさに天国と地獄です。
11月11日夕刻、決しました。湘南ベルマーレは町田セルビアに敵地で3−0の快勝、2位京都パープルサンガが本拠地でヴァンフォーレ甲府に0−0で引き分け。湘南ベルマーレが大逆転で2位となり、J1昇格を決めました。
選手を信じ続けた貴裁学兄、見事でした。おめでとうございます。初采配にして3季ぶりのJ1昇格、快挙という以外に言葉がありません。

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2012年納涼会のお知らせ

2012-07-08 19:16:03 | 各会員の近況・会の活動日誌

本州の梅雨明けもたぶん今週には予想されるところですが、皆様におかれましては益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて当会では来る9月8日下記の通り、納涼会を開催することになりました。
その初秋もご多忙とは存じますが皆様にお会いできますことを心よりお待ち申し上げます。
本格的な夏をひかえ、一層ご自愛くださいますように。

                           
日にち:2012年9月8日土曜 午後5時
場所:新宿西口「明月館」03-3342-4836
http://www.meigetsukan.jp/
会費:会員5千円(同伴者も同様)、現役同胞学生は無料
                                     以上

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「蹴撃」

2012-06-03 15:17:26 | 私の意見・交流・日常

 私は平成3年商学部卒の在日3世貴裁(ちょうきじぇ)といいます。
本学在学中からサッカーに明け暮れながら将来の自分探しをしていた時代がもう20年も前になるなんて。本当に時が過ぎるのは早いものです。
学生時代に本名で生きている仲間に出会え、かつサッカーを通じてたくさんの仲間、先輩、後輩ができ、国を超え、世代を超えた自分の周りにいるひとたちが今も変わらず自分を支えてくれていることにこの場をお借りして心から感謝の言葉を申し上げたいと思います。

 さて皆様もうご存知のかたもいらっしゃると思いますが、私は今年からJリーグ2部の湘南ベルマーレの監督をさせていただくことになりました。
現役を引退して、その後ドイツで指導者の勉強を始めて以来指導歴ははや12年近くとなりましたが、今回クラブからこのような名誉あるオファーをいただき身が引き締まる思いで毎日を過ごしています。Jで公式に監督をする在日韓国人はおそらく私が初めてのケースです。
 私が現役時代に在日枠というものがサッカー界に生まれ、在日も日本人と同様の扱いでプレーできるようになってからまだ20年くらいしか経っていない現在の日本サッカー界において、在日韓国人が実際に1つのプロチームの監督として、タスクを振るうことは当事者ながら世の中のある意味の変遷と変化を強く感じています。

 監督になったら大変だといわれることは多いですが私自身は今まで大切にしてきたポイント、「選手のために」ということはぶらさずにやっていきたいと思います。
 1人の監督としてサッカーの試合を通じて、観ている人にたくさんの感動を与えられるように頑張っていきたいと思います。また1人の在日韓国人として、変な気負いで仕事するのではなく、自然体という姿勢を失わず、自分なりに仕事を楽しんでいきたいと思います。サッカーに興味のある人もない人も今年は是非スタジアムに足を運んでベルマーレを応援してください。1試合1試合全力で戦います。

湘南ベルマーレ
監督 貴裁


 新年会から2週間後、3月4日のJ2開幕戦、貴裁学兄率いる湘南ベルマーレは、本拠地Shonan BMW スタジアム平塚にJ2優勝を争うことになろう京都パープルサンガを迎えました。前半に先制されたもののすぐに追いつき、1-1同点のまま突入した後半ロスタイム、劇的な決勝ゴールを叩き込んで初戦を見事な逆転勝利で飾りました。(京都パープルサンガをサポートする学兄には申し訳ない)続く3月11日第2節、アウェーに乗り込んだザスパ草津戦も3-1で完全勝利!(ザスパ草津をサポートする学兄には申し訳ない)ホームに帰った第3節3月17日、京都同様ライバルに違いない強敵アビスパ福岡をまたしても3−1で葬り去り(アビスパ福岡をサポートする学兄には申し訳ない)、そして湘南に居座った3月20日の第4節は、FC岐阜を2−1で振り切って開幕4連勝!(FC岐阜をサポートする学兄には申し訳ない)3月25日の第5節は熊本遠征、ロアッソ熊本に苦しみながらも3−3の引き分けに持ち込みました。ただいま首位快走中です!(3月25日現在)
 
 サッカーを愛することにおいては人後に落ちないと自負しております私は、13年くらい前になりましょうか、確か7月のナイトゲーム、湘南ベルマーレが本拠地とする平塚競技場に行ったことがあります。ネーミングライツを BMW が取得したことで本年3月から件のスタジアム名となっておりますが、以前は牧歌的にも「平塚競技場」。海風が吹き抜ける気持ちのいいスタジアムでした。平塚に住む友人を訪ね、そのついでに「あ、サッカー見よう」とふらっと寄ったものですから、相手チームや試合結果等の詳細を思い出すことは出来ませんが、とにかく楽しかったことだけは鮮明に憶えています。
 スタジアムで見るとサッカーはまるで違うスポーツです。11人がチーム戦術に合わせ、フィールド上を一個体の生物のように連動する様は、TVではうかがい知れません。山と海に囲まれた湘南でその様を見るのは「快感」です。初夏から夏にかけての夕暮れ時は、他のスタジアム観戦では味わえない魅力に富んでいます。
 ただ、雨の日は気をつけてくださいね。Shonan BMW スタジアム平塚は屋根がありません。だから気持ちいいんですけど・・・。(編集部 朴魯善)

Shonan BMW スタジアム平塚:神奈川県平塚市大原1-1 平塚市総合公園内(JR平塚駅からバスで7分、小田急線伊勢原駅からバスで20分)
湘南ベルマーレHP:http://www.bellmare.co.jp/

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編集後記

2012-06-03 15:10:51 | 新聞編集後記

それにしては長い編集後記

 あの日から1年が経ちました。2011年3月11日午後2時46分、あの日あの時、みなさんはどちらでどうされていましたか?
 私は妻とともに、山形蔵王に向かう新幹線の車中、栃木県の小山駅を過ぎたあたりにおりました。当然に新幹線は止まり、夕暮れ時までの3時間を高架上で激しく揺れ続ける車両に閉じ込められておりました。電話も一切つながらず、ただならないことが起きたようだと想像はするも、状況を把握できないまま度重なる余震にただただおののいておりました。
 送電が止まり、空調が利かなくなって異臭を漂わせ始めた新幹線からようやく解放されると、線路を歩いて小山駅に向かうようにうながされました。小山駅前は真っ暗、停電です。心底、寒かった。途方に暮れていると、少しやんちゃそうな青年が闇の中から味噌汁を差し出しました。「あったまってください」と。駅前の居酒屋がガスの明かりで炊き出しを始め、ロータリーで行き場を無くした人たちに振る舞い始めたのでした。私たち夫婦は小山第二中学校剣道場に避難するよう誘導され、そこに荷をおろすこととなりました。剣道場の天井に張られたワイヤーたちが、止まない余震で一晩中シャンシャンと音を立てていました。底冷えする避難所で流しっぱなしになっていたラジオから、初めて「壊滅的被害」という言葉を聞きました。
 避難民として一夜を過ごしたものの、鉄道が復旧する見込みはなし。大宮から北は電車が当分走らない、今日明日の話ではないというのです。ラチがあかないので、冒険に出発することにしました。荷物を背負って大宮を、そして自宅を目指しました。大宮までの距離は51.8km、自宅までは105km。情報はIPadがあるから大丈夫ということにして・・・。
 途上、東武線が動き出すだろうと目的地を少しは近い南栗橋に変更。18km歩き、疲れ果てていたところに地獄に仏、野木に住む小林さんという方が、休憩していた私達を見つけて車に乗せてくれた。本当に親切な人でした。映像を見ている小林さんから、あらゆるものを飲み込んだ津波の恐ろしさを車中で教えてもらいました。南栗橋駅に目論み通り東武線北千住行きがやって来る、電車に乗れました。隅田川に近づき、634mに達した東京スカイツリーに迎えられて、心から安堵した次第です。
 帰宅して、散乱する我が家を整理、アボジを呼び、こうしていられることに感謝し、一杯やって肩の力を抜きました。そして、アボジとはそのまま同居を始めました。昨年11月27日に90歳で大往生を遂げたオモニは、当時、病院に入院しておりましたので、ある意味もっとも安全だったのかもしれません。(葬儀に参列いただいた先輩のみなさん、本当にありがとうございました。)
 もちろん、今回の震災でも、阪神大震災でも、私の経験など取るに足らないはるかに過酷な被災をされた学兄がいらっしゃるでしょう。また、それぞれに言い尽くせない経験をされたでしょう。被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。そして、ご無事でしたか?(魯善)

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