高さについて

2016年10月15日 | 雑感
歴史が好きだ。

時代小説や歴史研究本を読んでいて、あるいは神社仏閣巡りや古墳巡りをしていて、ちかごろ気になるのが「高さ」だ。

城跡巡りをしていると、こんな不便なところに仕事とはいえ毎日登らなければならなかった役人はたいへんだったろうなぁと実感する。古墳に登ると、素朴な土木技術ながら、切り立った壁面の高度感に感動する。古代の人々の「高さ」に対する意識は、現代人のそれとはどう違ったのだろうか。


古代、構造物に「高さ」を与えることには意味があった。その意味を確認しておこう。


第1に、視界の確保だ。

あたりまえのようだが、高いところからは遠くが見える。 
地球は丸いから、視界には限界がある。遠い物は、地平線や水平線の下に消えてしまうのだ。
私は身長177センチ。目の位置はそこから少し下がって、地上高165センチぐらいだろう。海岸に立って、この地上高165センチから海をみると、水平線は私が立っているところから約4580メートル先になる。
これに対して、私が海岸に高さ5メートルの見張台を建てたとする。これに私自身の地上高である165センチを加えると、地上高は665センチになる。この665センチの地上高から海を見ると、水平線は約9194メートル先に遠のく。視野が大きく広がるのだ。

私の家族が暮らす村が、外部からの略奪者に襲われるとする。
村に見張台がないと、見張りをしていた私が略奪者を発見するのは、村から約4.5キロ先だから、略奪者が村にたどりつく1時間前ということになるだろう。これに対して、村に見張台があると、見張りをしていた私が略奪者を発見するのは、村から約9キロ先だから略奪者が村にたどりつく2時間前ということになる。村の男たちを集め、武器となる金属器をそろえ、覚悟を決めなければならないとき、この1時間の差は大きいだろう。
さらに村を高さ200メートルの高台の上に作ったらどうだろうか。ここからは私の身長は無視するが、地上高200メートルの高さから見る地平線は、50キロ先だ。地平線上の略奪者が侵略してくるのは翌日のことだろう。

織田信長の岐阜城は濃尾平野に島のようにそびえる金華山の上にあった。この金華山は標高329メートル。64キロ先が見渡せる絶好の土地だ。




第2に、飛距離。

高いところから放たれた弓は、低いところから放たれた弓よりも、遠くまで飛ぶ。
弓や、投石は、放たれた後、一定の高さに達するとそこからは落下運動に転じる。そして、地面に完全に落下してしまうまで飛び続ける。その距離が飛距離であり、射程だ。落下運動の開始から完全な落下までの時間を稼ぐには、高いところから放つことが有効だ。

かなりいい加減な計算になってしまうが、身長177センチの私が目の高さから矢を水平に放つとすると、0.5秒で地上に落下する。弓矢の速度を時速140キロとすると、射程は20メートルほどだ(実際には放物線を描くように打つだろうから、もっと飛ぶ)。これに対して、5メートルの櫓から弓矢を放つと、地上で放ったときの倍の1秒で地上に落下することになる。当然のことながら射程も倍の40メートルに伸びる。相手の矢が届かないところから一方的に打てるのだ。20メートルの差を走るのには3秒ほどかかる。弓の速射がどれくらい速いのかわからないが、3秒あれば相手よりも1本や2本多く弓を放てることだろう。




第3に、破壊力と防御力

高いところから低いところに向けて放たれた矢は、重力を味方につけ、加速して刺さる。低いところから高いところに向けて放たれた矢は、重力が足かせとなり、減速して刺さる。
10メートルの高さから真下に時速140キロで打ち下ろされた矢は、50キロ加速され時速200キロ近いスピードで刺さるのに対して、10メートル真上に放たれた弓は時速100キロ前後にまで減速。ざっくり計算で、衝撃としては、10メートル上からの打ち下ろしの場合は重さ約140キロの力が矢傷にかかることになるのに対して、10メートル上への打ち上げの場合は重さ約70キロの力が矢傷にかかることとなる。さっぱりわからんがとにかく倍の力だ。

武士が、その武者ぶりを示したエピソードには、民家の屋根の上によじ登り、そこから鉄砲や弓で敵を討ち果たしたというのが結構ある。高さについて正確に理解していないと、これはただの目立ちたがりなエピソードになってしまうが、高さについて正しく理解していると、形勢上の優位を獲得するナイスアイディア、機転であることがわかるわけだ。

城などでは、責める側と守る側の高度差が大きくなるほど高いところにいる側(通常は守る側)が有利になる。そこで、城作りにあたっては攻め手と守り手の高度差が大きくなるよう、人工的な「崖」を作る。これが石垣であり堀である。崖が緩やかだと攻め手と守り手の高度差は小さくなるから、崖はできるだけ急にする必要がある。加藤清正や藤堂高虎が城作りの名手と言われたのは、彼らの作る石垣が、そり上がるように急だったからだ。

塩野七生さんの十字軍物語では、確かイスラエル攻防戦で、攻め手の十字軍が移動式、組立て式の塔を作って塔の上から攻撃させる様が登場し、塩野さんは塔を恐ろしい兵器なのだと説明していた。仏教国の我が国では、塔といわれると仏塔をイメージしてしまうから、塔が戦争の道具というイメージに乏しいが、西洋の城などの塔の林立ぶりを見ると、やはり実際には兵器なのだろう。ラプンツェルに対する見方も変わろうというものだ。



第4に、住環境としての高さ

竪穴式住居というものがある。竪穴式住居は、洞窟などの自然構造物から人工構造物に住居を移した人類が、最初に住んだ建物だ。この竪穴式住居はどうやって作るか。まず、地面に穴を掘る。床を地面よりも掘り下げて、元の地面との段差を壁として利用し、さらにその上に木材や草を混ぜた泥で円錐状の屋根兼壁を建て増して住むのだ。確かに、泥で壁を作るよりも、穴を掘ってふたをした方が簡単かつ強固に風をしのげるというものだ。深いものだと、1メートルを超える穴を掘っていたという。教科書の竪穴式住居の写真は外観の写真であることが多く、肝心のこの穴が写っていない。これは子供たちに誤解を生んでいるのではないかと思う。
竪穴式住居のような原始的な住居の作り方だと、人が住まなくなった後も大きな穴が残るため、考古学調査の際には村落の場所を示す手がかりとなる。これもロマンをかき立てる。
しかし、地面を掘り下げて寝床とすると、水はけが悪く、地面の湿気を原因とした病気にかかりやすくなる。また、外からの獣虫害もでやすくなる。この点に改良を加えたのがいわゆる高床建築であり、高床式倉庫などが著名である。10メートルの高さを超えると蚊も寄りつかないというから、生活環境の改善としては劇的だろう。西洋人はベットで寝て日本人は布団で寝るが、住宅構造上の床の高さが違うので、寝ている高さはあまり変わらないという話も興味深い。




高さにはたいへんなメリットがある。古代の人々は、そのときどきの技術の壁と戦いながら、高さを獲得してきたのだ。先人の遺構を見るときは、この点についても思い出していただきたい。





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