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堀田善衞『ラ・ロシュフーコー公爵傅説』

2017-05-12 10:53:07 | 本と雑誌
有名なのに、読んだことのある人に出会ったことがない書物というのはたくさんありそうだが、『ラ・ロシュフーコー箴言集』などはその最たるものだろう。
私も若いころに手にしたものの、どう読んだら良いのか分からないまま、数ページめくって放り投げてしまった。それもその筈、この書物を読み解くには膨大な知識と教養とが、必要だったのだ。

堀田善衛著『ラ・ロシュフーコー公爵傳説』(集英社、1998年)では、ラ・ロシュフーコーの生涯を辿りながら『箴言集』を繙くに必要な歴史的背景と教養を達意の文章で与えてくれる。

武人貴族として活躍した前半生、隠棲して『箴言集』を執筆する後半生。そして17世紀のフランス女流文学の精華というべきラ・ファイエット夫人の小説『クレーブの奥方』の編纂と出版に携わる晩年。その全生涯が描かれる。

やはり『箴言集』を読み解くのは大変だ。著者は周到な準備を読者に求める。まず、ラ・ロシュフーコー家のそもそもの始まりから説き起こすのである。10世紀末のフランス、この物語の主人公のラ・ロシュフーコー6世が生まれる600年も前のことだ。
主人公が生まれるまで150ページ以上を費やし、さらに肝心の『箴言集』の文言に触れるのは巻頭から300ページを超えてからだ。

ずいぶんな遠回りをしたものだが、戦乱の中世から太陽王ルイ14世の絶対王政が誕生するまでのフランス史の激動が巧みに叙述されるので飽きることがない。

特に面白いのは、著者が「猛女」と呼ぶ17世紀フランスを生きた女性たちの活躍だ。それぞれラ・ロシュフーコー公爵の人生とも交錯する人々だ。

たとえば、シュヴルーズ公爵夫人。

時の権力者・リシュリュウ枢機卿に追放されるや、ひとりで彼に立ち向かうのである。イギリス、フランス、スペインを単身で、時には男装で騎乗し時には大河を泳いで渡り、反リシュリュウ派を糾合し、他国の軍隊までもを動かして戦争を起してしまう。

「一人で国際関係を掻きまわす。優に一個の軍隊、あるいは大外交官並みの働きであった」

戦いには敗れたが、ちゃっかり長生きし、孫を政権の有力者の娘と結婚させ、自分は修道院に晩年の居所を構えるのである。


もうひとり、モンパンシエ女公爵。

王族のなかで最高位の席次を持つ女性だったが、ルイ13世に対する反乱軍に肩入れし、謀略の限りを尽くした挙句、国王軍に包囲されるとバスチーユ監獄から大砲を持ち出して、国王軍に向けてぶっ放し散々に蹴散らすという離れ業を演じる。

きりがないので、もうひとりだけ。

フランソアーズ・ドービニエという女性が登場する。

犯罪者の娘として獄中で生まれ、絶海の孤島・マルティニク島に捨てられていた孤児だった。
惨憺たる苦労をしてパリに出て“いざりの詩人”と呼ばれた男性と結婚。窮迫した生活を経て宮廷に侍女として入る。
やがて太陽王ルイ14世の寵姫となり、絶対王政下のヴェルサイユ宮殿の実質的な皇后として、政治のすべてを総覧し、国政に君臨するに至るのである。

彼女たちから見たら並みの王族貴族の男どもなど、馬上で槍を振り回すだけの低能野蛮人といったところだったろう。


騒乱の時代が去り、武人貴族の時代が終わろうとしていた。

反リシュリュウの武人として戦い、瀕死の重傷を負いながら生きながらえたラ・ロシュフーコー公爵もまた戦場から去らなければならなかった。

ミシェル・ド・モンテーニュの衣鉢を継ぎ、モラリストの系譜に置かれるものの、その言葉は人間に対する厳しく、時に皮肉な視線を感じる。モンテーニュにおける平明で温かみのある人間観とは一線を画しているのである。

現実の政治的謀略と戦場を生きたひとならではの視点というべきなのだろう。

「自己愛」を人間の愚行と可能性の根源と捉える洞察は、東洋思想にも通じる深遠さを帯びている。

≪太陽も死もじっと見詰めることはできない≫という有名な箴言もまた、この評伝を読み終えたあとには複雑な層の厚みを持って迫ってくるようである。

堀田善衛氏の、『ゴヤ』4部作、モンテーニュの生涯を題材とした『ミシェル 城館の人』3部作、そして『ラ・ロシュフーコー公爵傳説』という一連の作品は、シュテファン・ツヴァイクの評伝群に匹敵する一大業績と思うのだが、このことについては改めて書いてみたい。
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