わら日記

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李恢成『見果てぬ夢』

2017-03-21 09:59:35 | 本と雑誌
韓国の朴槿恵(パク・クネ)前大統領が罷免された。すでに指摘されているように、一連の問題は父親の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領時代から韓国社会が抱えてきた問題の決算という側面があるように思う。

1963年から1979年までの朴正煕政権は、「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれる驚異的な経済発展により韓国経済の自立を成し遂げた一方、独裁的な政策によって政敵に共産主義者のレッテルを貼って弾圧を繰り返した。

大韓民国中央情報部(KCIA)は、多くの国民を投獄し、残酷な拷問によって当局が捏造した罪を「自白」させた。
こんな酷いことをしていた朴正煕政権が長きにわたって続いたのは経済政策の成功だけでなく、国民の強い反共意識に支えられていたということもあったろう。

こうした時代に韓国の社会主義革命を夢見て地下活動に身を投じた人々の姿を描いた小説が李恢成著『見果てぬ夢』6部作である。この作品が発表されたのは1976年から1979年にかけてであり、朴正煕政権の最末期に重なる。

朴正煕政権下で実際に起きた大学生の大量検挙事件を下敷きにしているが、登場人物の言動は事実に縛られず描かれているようだ。

趙南植(チェ・ナムシギ)と朴采浩(パク・チェホ)というふたりの主人公を軸に登場人物一人ひとりが瑞々しく描かれる。残虐な拷問を平然と行うKCIAの課長さえも人間としての体温を与えられている見事な群像劇だ。

なによりもこの小説の最大の特色は韓国での社会主義革命を目指す地下活動家たちの組織内論理(組織としての内在的論理)が執拗なまでに丁寧に辿られている点である。
登場人物どうしの対話をとおして、北朝鮮の主体思想、スターリニズム、マルクスの疎外論などの共産主義思想の系譜だけではなく、キリスト教や韓国の庶民の信仰観や因習などとのかかわりや対立が折り重なるように紡がれていく。
強靭な思索の力が小説の推進力となっている。

最終巻が刊行されてから37年、大統領弾劾のために路上に出た韓国の若者たちはだれひとり拷問をうけることもなく、終身刑を言い渡されることもない。
小説の主人公たちが夢見た社会主義革命は成就しなかったが、何も産まなかったということも言えないかもしれない。

韓国の人々は37年を無為に過ごしたのではなかった。自由に発言できる社会をつくりあげた、その歳月の重みを感じながら再読したのだった。
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