人村です!

舞台と結婚したと公言する「人村朱美」が綴る舞台生活 毎週火曜日更新・・・したいなぁ

海に向かって

2017年07月18日 | 舞台
 三日に一度やってくるステージ・ブルーが家の閉塞感と一体化し、夕方にはチャリ散歩へと逃れる。
 今日は、昔よくやっていたように港のボードウォークへ足を伸ばしてみた。

 あの頃は介護の用事が全て終わると、母と兄の早々の就寝を見届けて家を出、暮れゆく海を眺めた。

 夏は本を持って行って読んだ。
 冬は暗い海に向かって明日を考えた、明日の自分を。

 やがて二人が逝くと、芝居の稽古に訪れるようになった。
 当時は人も少なく、殊に黄昏時は声を多少出しても平気だった。

 今日も人は少なかったが、皆が不審顔で私を遠目に見ているのが分かった。
 それにめげない集中力を養うには、最適だったかもしれない。

 本番まで二週間。
 明日は明日の風が吹く。
 
<北海道で初めて見たトマトの木>
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仏詩の会 終了

2017年07月11日 | 舞台
 楽しい会だった。ラフで自由で・・・

 生徒さんたちと一緒になって楽しんだ。
 ゲストの田部先生や主催代表の金田さんたち美浜詩の会の方たちの助けが大きかった。
 とにかく今までやった事のない、味わったことのないパフォーマンスショーだった。
 (詳しくはスケジュール欄でご覧を)

 それは私にとっては、東京ライヴの前触れだった。

 今年の最大目標は、夏のワンマンライヴ。
 これに、これまでの全てを賭けている。
 そして、その想いが、詩の会でも形になった。

 近年は、動き難(にくく)なった体と疲労感に苛(さいな)まれながら、一刻一刻を舞台に賭けて生きてきた。

 ライヴメニューを見て、盛り込み過ぎだと分かっている。
 好いのだ。
 やりたいから演(や)る、それだけのことだ。

 観客の方たちにはご迷惑でも構わない。
 きっと満足して頂ける自信があるから。

 素敵な詩と、言の葉と、音楽と・・・。

 遠くで病と闘う友たちと、私自身に向けてのライヴになる。
 嬉しいいし、ワクワクするし、泣きたくなるほど楽しみだ。

 東京の皆さん待っていてください、人村朱美のラスト・ショーを。
 
 <心は空を飛ぶよ>


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命と向き合う

2017年07月05日 | 徒然
 信号が出て「?あ~仕事のことが不安なんだな 」と分かった。
 私にとって信号とは、なんでもない時に鼓動が速くなることだ。

 これは脳が危険を察知し、いざという時に備えて判断力や筋力をアップしておく為だという。
 心臓というポンプが速く動けば、体中に酸素をより多く供給でき、各細胞が元気になるわけだ。
 
 そうだ、もう7月3日なのだ。
 ライヴまでひと月。
 なのに私は、何もかもストップして旅の空の下にいる!

 心の隅に隠れていた不安が、7月に入ったことで頭をもたげ始めたらしい。
 動物とは何と精巧な生き物なのか。
 考えてみれば人間(ヒト)も「 サル目ヒト科ヒト属 」に分類される動物だ。
 
             <中国の観光客が多く、万里の長城を歩いているようだった知床湿原>

 知床湿原からの帰り道、車の犠牲になった幼い鹿が、傷一つ無いきれいな白い腹を見せて反対車線の真ん中に横たわっていた。
 口から一筋の血が・・・胸が痛んだ。
 バイクのおじさんが助けを求めてか電話している。
 
<これは別の若い母鹿。とにかく鹿やキタキツネが沢山いて、ブレーキを踏むことが多い>
 
 痩せ細った若熊にソーセージをあげたら、その熊の脳に{人=食べ物}とインプットされた。
 どんなに山へ誘導しようとしも、飢える度に若熊は町にやってきた。
 ソーセージと名付けられたその若熊は人家にまで入り込むようになり、やがて小学校の校庭に現れた時、やむなく射殺された。
 blogs.yahoo.co.jp/oowashidayo/31259912.html (新聞記事)

 同じ悲劇は何度でも起こる。
 人が死ぬか、動物が殺されるかだ。
<飢えたキタキツネ 心を鬼にしてスルーした>

 脚本家:倉本聰氏が先日、「 命と向き合う 」をテーマに旭川動物園開園50周年記念講演をしたそうだ。
 物質文明に本能を侵された人間側が、認識を変えねばならないのだ。
 改めて、命の連鎖・循環とは何かという知識が強く求められている。
 その学ぶ姿勢と努力を諦めた時、個々を形成する60兆の細胞は一気に劣化の速度を速め、人間としての一生は終わる。

 その先にあるのは、拝金主義の餌食となって生きながらえる哀しい姿だ。
 
 弱者が命を(人生を)より良くコントロール出来るようになるには、弛(たゆ)まぬ努力で学び続けるしかない。
 今、ヒトだけが周囲の生き物たちをも巻き込んで、大きく遅れをとっている。
<コバルトブルーの不思議な青い池 観光化が進んでいる>
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宇宙へ

2017年06月27日 | 徒然
 しばらく休む。
 心ではなく脳で働き過ぎた。
 疲れを感じていないのが怖い。

 今後の仕事を思うと、もう倒れてはいられないので、ガスを思いっ切り抜く旅へ出る。

 身内なる宇宙へ・・・カッコつけちゃって(笑)

 元気になって故郷へ戻るぞ!

 <混乱を極めた日常(恥)>
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過去と未来

2017年06月20日 | 徒然
 この歳になると、過去ばかり振り返って懐かしみ集おうとする人達が多い。
 過去から学ぶという意味では大切だと思うが、今の自分こそが自分だし、今は次の瞬間、つまり連続した未来に繋がっている。

 否応なく誰もが、人類の歴史の一端を担っているのだ。

 “時間とは何か”という表題の記事を読んだ。
 「動く歩道を歩くことと、時間の流れを歩むことは同じ。つまり私達は時間にとっての過去を前に進むのである。」

 こんぐらがりそうになるが、歩く歩道のたとえはイメージし易い。

 記事の中ではこうも語られる。
 「時間は、現代においては常に金に換算される。時は金なり。ミヒャエル・エンデは
『モモ』(今から半世紀以上も前に刊行)というファンタジー小説の中で、時間泥棒を登場させている。」
 
 そう、私の大好きなこの作品は、時間こそが人生の宝であるからこそ、それに縛られてはいけない、と言う。

 今や時間から自由な人間は孤島にしか存在しないかも知れない。
 携帯も、原発も、非効率的で複雑なだけの役所も政治もない、孤島・・・。

 そういえば、そんな孤島の様な面白い街のことを、百年も前に与謝野晶子が詩に描いていたっけ。
 
 時間は過去へと向かって流れてくる。 
 だから、過去に学んで今に活かすことが必要なのだ。
 灰色の男たちの様な偽の政治家たちに、洗脳されてはならない。

 最後は私たち有権者に託されている。


    <この庭は私に託されている・・・あれ、ジャングル?!>






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進化する三喬師匠に習って

2017年06月13日 | 舞台
 先週は心地よい雨の中、庭の木々が鮮やかな緑に濡れて気持ち好く命を伸ばしていた。
 日々ジャングル化していた、ともいえる。

 先週末つるが落語の会定例会で笑福亭三喬を聴いた。
 前にも何度か聴いたが、毎回すごい勢いで進化していると感じる。
 実にうまい、とにかく面白い!

 間、テンポ、緩急、客いじり、何もかもが唸らせ、しかも嫌みがない。

 秋にはついに笑福亭鶴瓶師匠が、敦賀落語の会45周年記念公演で、きらめきみなと館にやってくる。
 久しぶりに師匠の落語を、しかも小さな小屋(会場)で聴けるのは勿論楽しみだが、三喬の落語の上手さも鳥肌モンだった。

 やっぱり落語は上方だよね~。
 汗みずくで動きまくったりして、噺の上手さだけではないピリッと命がけなところが実に魅力的なのだ。

 良いものを観た晩は酒が飲みたいはずだが、もう二週間以上も飲んでいない。
 これも凄い・・・ことないか・・・。

 実は5月末に突然高熱が出て4日間自宅で倒れていた。
 5日目から仕事を再開したり上京したりしてして今に至っている。
 二週間経って体調はそこそこ復調しているのだが、飲むと確実に熱が上がりそうだ。
 頭痛もひどくなって眠れなくなる気がする、だから手が出ない。

 素晴らしい自制心、ハハハ(泣)
 
 インフルでもなく白血球数も正常、肺炎の心配も無し、と名医に太鼓判を押して貰ったが、何だかモヤモヤ グダグダ・・・
 で、酒なし運動なしの生活でしのいできてしまったが、いい加減にケリを付けねばと、本日から運動は再開。

 芸能祭の稽古がまた一段階進んだこともあって、今夜は昨日に続いて熟睡できそうだ。
 たまに熟睡出来ることと玄米食が、今の私を支えている。

 それから!
 やる気を出すためもあって、むりくり本日iphone(アイフォン)デヴュー。
 なかなか手ごわくて根をあげそうだが、二週間で攻略するぞ!と気持ちを煽っている。

 三喬師匠みたいに私も進化するのだ!!
 
     
     <目にも鮮やかなラワン蕗>



 


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『故郷』

2017年06月07日 | 舞台

 文化座での方言指導の仕事を終え、昨夜最終で帰宅。
 新幹線から北陸本線に乗り換え、真っ暗な車窓の向こうに、静まり返る故郷敦賀を思った。
 今回の仕事、文化座の芝居の題も『故郷』だ。

 何処に住もうと、何処で逝こうと、心の中に堆積してきた哀しくも美しい人生の歴史は変わらない。
 産声を上げてのち故郷の風土に育まれた自分こそが、故郷そのものなのかも知れない。

 旅先で 新しい人々に出逢い 激しくあるいは緩やかに交感し合い また別れる。
 そんな時、体に染み込んだ故郷の匂いが、風土感覚が、感じ方の尺度になっている、と感じる。
 アァ~・・・と、自分の中の故郷の存在を認識する。

 良くも悪しくも故郷は“還る場所”なんだ と。

 何はともあれ、今回の大収穫は、佐々木愛さんとの出逢いだった。
 最終日の稽古直後、初めてお傍に坐らせて頂き、ファンになったきっかけを話すと、
早速 映画の最近作『いのちの森 高江』のDVDをプレゼントして下さった!

 彼女の正に自然体そのものの演技、後輩たちの自主稽古を厳しく演出する姿・・・
 観ているだけで喜びが体中を駆けた。
 久々に素晴らしい女優を観ている喜び。
 彼女のナレーションに衝撃を受けた時と同じだ。

 こんな風に、存在そのものが人を元気にしてしまう仕事人に憧れる。

 さあ、のんきに人を羨んでいる場合じゃない。
 夏の一人ライヴに向けて、実務が机上に満載だ(泣笑)
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敦賀の文化行政に

2017年05月30日 | 舞台
 月曜昼から高熱にうなされ丸二日間朦朧と寝て過ごした。
 今ようやく36度台に熱が下がり、まだボーっとしてはいるが一息ついて縦になった次第。

 さて私の文化論?である。
 仏大統領マクロン氏の就任演説の、次の二項に感銘を受けた。
 「文化と教育を政治の中心に据える」 「自由と人権の側に有り続ける」
 彼が今後どう変貌しようと、こんな演説者を選んだフランスは希望だ。

 辛い仕事を終えて帰宅する時、ふと心和ませるもの、それが文化だ。
 自分たちがどれだけその恩恵を受けて、今日を閉じて眠り、明日を生きる力を得ているかを認識するべきだ。 
 ある時はTVやラジオ、ある時は食事や酒、スィーツ、温かいお風呂、カラオケ、子供の寝顔、愛する人の笑顔・・・これら全ては文化だ、単なる事象ではない。
 美しいものを観て美しいと感じられる心を育むもの、それが文化なのだから。

 それは、自分以外のナニモノかと繋がろうとする飢餓感に通じる。
 美しい!と感じた瞬間に、幸せな気分になれるのもそのせいではないだろうか。

 地獄のような苦しみに沈む時、音楽や誰かの書いた言葉や心のこもった語りかけに救われたことはないだろうか。
 私はある。

 全ての事象には、社会科学的な因果関係(宗教とは関係ない)が存在する。
 あらゆる動植物の命の重さを認識し、長い歴史の中の通過点として在る自分の人生の必然と価値を認識する事がとても大事なのだ。

 それを育むのが情操教育であり文化だ。
 命の重さを知る人間に文化環境は欠かせない。

 だからあらゆる文化、それも上質な芸能芸術に触れて生きる事が、人には不可欠なのだ。

 文章の行間にあるものを想像し、絵の奥に秘められた想いを感知し、歌の中の歴史の重さを知って、豊饒な感性を身に着けてゆく・・・。
 上質な、心から癒しをもたらすものは、葛藤からしか生まれないから豊かなのだ。
 偏差値を重視する教育からは生まれないから、社会環境の中に文化は必要なのだ。

 子供だけでは環境を整えるのは無理だ、大人たちが率先して文化に親しむ環境を生きなければ。

 利己や拝金や効率主義より遥かに”生きる力”を与える物、それが文化だ。

 そういう豊かな人間がたくさん行政に当たれば、正しい効率性、堅実な税金の使い方は自然と生まれてくる。
 たとえ20年、30年かかろうとも、正しい方向へ舵を切る勇気が市民にも、政治家にも、役人たちにも求められている。

 尊敬する故・井上ひさし先生(日本を代表する社会派の戯曲作家)のことばがある。

 「五分後に死ぬと決まっているなら、今この瞬間になにをすればいいか。」
 「人間の脳の表面積は、新聞紙にたとえて一ページくらいなものだ。
しかし その新聞紙大のものが健康に働けば、この大宇宙を包んでしまう」


              <私たちはこんな美しい国に住んでいる>


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敦賀の文化行政 その一

2017年05月24日 | 舞台
 週末から急きょ上京して方言指導の仕事を何とかこなし、火曜夕方に帰敦。
 軽く夕飯を澄ませて文芸協会年次総会へ。

 其処で、信じられない行政の方針を聞いた全員が、切れた。

 簡単に言えば
 「来年度の予算はつけないと決定したので、後は続けるも辞めるも皆さんご自由に」
 ただし、
 「事業予算は付きますので、実行委員会へ直接お渡しする形で検討中です」

 要は
 「事務局費が勿体ないからその分の予算は付けない。今後の事は理事の方々もご勝手に」ということらしい。
 しかもこの期に及んで、
 「予算カット人員カット以外ハッキリ決まっていないので、今はそれ以外何も言えない」そうだ。

 何をやるにせよ、考え抜いた企画をするなら、もう間に合わない。
 芸術家の年間スケジュールを抑えるには一年前でも遅いくらいなのだ。

 平成21年から三年間、月5万の報酬で朝から深夜まで、初代事務局長として頑張ったあの労苦は何だったのか?
 その後の五年間、全くの無報酬で実行委員会を支え続けてきた私達理事の努力は何だったのか?

 私達は、市民が安いチケット代で本物の舞台芸術に触れられるよう、全くのボランティアで実行委員たちをサポートしてきたのだ。
 素人だった実行委員たちがようやく育ってきた今、私達のバックアップを外して、実行委員会と直でやります、とは・・・。

 第一、
 市が「大変だから助けてくれ」で始まった民営化ではないか。
 あくまで“敦賀市”文芸協会であって、私達は道楽でサポートしていたのではない、必死に肩代わりしてきたのだ!

 多忙の中ポスターやチラシを配り、血税を無駄にせぬよう一人でも多くの市民にご来場願わねばと
チケット売りを手伝ってきた我々に対して「後はお好きに」とは・・・

 任命責任を果たせ!
 せめて目の前に来て「ご苦労様でした!お疲れ様でした!!文芸協会は今年度をもって閉じさせて頂きます」
と言うくらいの礼節を知る者が一人もいないのか!!!

 それにしても、ようやくこの労苦から解放されるのは嬉しい、これも本音。
 バカバカしくって やってらんねーわ。


 
 
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残りの人生を

2017年05月17日 | 徒然
 季節通りにいつもの花たちが次々に道端を彩り、仏壇の花がカーネーションから野薔薇に代わった。

 思いがけず多忙な一週間を過ごす間に、しばし読書もブログも忘れていた。
 わずかな食後の休みに、借りていた本をようやく開き、その面白さに体内の何かが動き出した。

 深夜、前々から観たいと思っていた洋画『リスボンに誘われて』を観た。
 映画は語る、
 “自分のなりたかった人間には もはやなれないと悟った時、人は生き方を見失う”
 “残り少ない人生を長く感じ、鳥瞰(ちょうかん)図のように自分の越し方を眺めて、人生に失敗したと感じる。”
 しかし、“偶発的に起こる事は全て必然”
 “その必然に身を預ければ、新しい世界の光が新たな運命へと人を導くのだ、いとも易々と“

 レジスタント運動を背景にした、力強く美しい自己回帰の旅。
 それは過日観たインド映画『めぐり逢わせのお弁当』のテーマにも通じる。
 そして最近読んできた何冊かの本にも。
 
 気づかずにいるが、人生には「偶然という名の必然」が、沢山散りばめられているのだろう。

 残りの人生、私はその必然に、身を任せることが出来るだろうか・・・

 <まっすぐに見つめさえすれば、この世はあまりに美しい(Mr.時広から贈られた 伝言のような写真)>





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裏方仕事

2017年05月09日 | 舞台
 帰郷して以来、演出( 舞台の出来上がり方向を見定め、演者やスタッフを引っ張ってゆく役割 )や
舞台監督( セット制作を請け負い、本番終わりまで舞台がちゃんと回るように監督する役割 )など裏方を担ってきた。

 東京の劇団活動では、裏方仕事は新人にとって当たり前の修行だが、こちらでは修行ではなく
先頭に立たねばならないから「できません」は禁句。
 曲がりなりにもやってこられたのは長い下積み経験もあったが、私には楽しい作業だったからだろう。

 最近ではプロスタッフに教えを乞う事を覚え、だいぶ楽になった。
 しかし表に立つ機会が激減しているのは確かで、時々体がムズムズ・・・。

              
<信州から届いた春便り 一昨年はこの景色の中に私も居たっけ・・・>

 ところで、急にまた方言指導の仕事が決まった。
 この裏方仕事、奇(く)しくも文化座!の水上勉作品。
 四月のブログ「三寒四温」でも書いた素晴らしいナレーションの、あの佐々木愛さんが代表を務める歴史ある劇団からの依頼なのである。

 引き寄せたとしか思えない。
 彼女に逢えると思うと今からドキドキワクワクだ。

 これも昔から応援してくれてきた大先輩の声掛けが発端。
 時間のないなか必死でこなしたあの時の初仕事が今に繋がっている。

 望んでこそ縁は繋がり、もう動けないかと現状を直視したからこそ、動こう!という力が湧いてくる。




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心が体を支配する

2017年05月01日 | 徒然
 「大勢の人ごみの中でも友達と会話できるのは、自分が求めない情報が徐々に消去され、
求める情報のみがより鮮明になって大脳まで伝わってくるため」 だそうだ。

 したがって「自分が求めようとしない話の場合には、馬耳東風となる」 わけだ。

 すなわち「心ここにあらざれば、見れども見えず、聞けども聞こえず」 となる。

 合理主義哲学の祖であり、数学者でもあったフランス人デカルトは 「心が身体を動かす」 と言ったそうな。

 GWまっただ中。
 心を動かして仕事を、と思うのだが、求める情報に吸い寄せられて脇見ばかりしている。
 花、韓ドラ、小説、エトセトラ・・・。

 春ですねぇ・・・GWくらいゆっくり休もうよ。

    <和歌山電鉄貴志川線の名物駅長たまちゃん>


    <シャンとしまっしょ!>
 ハイ!腹筋一日150回は続行中。
 腰痛は徐々に徐々に軽減中。

 
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痛み VS リラックス

2017年04月24日 | 徒然
 腰痛が再発して寝返りも苦しい日があり、一週間前にTSという寝具を買った。

 横になった途端に「!」フィット感が全身を覆う。
 宣伝文句通りの“宙に浮くリラックス感”
 なんと膝裏まで寝具がヒタッと受け止めてくれている。

 この日から、何年も就寝時の必須アイテムだった膝枕が要らなくなった。
 就寝後のトイレ回数も2~5回だったのが0~2回に激減。

 無論数日で腰痛が劇的に改善するわけはないが、返品、交換までは60日の猶予がある。
 二ヶ月後の体調が今から楽しみだ。

 残るは膝痛。
 かれこれ15年・・・長い付き合いだ。
 右、左、膝頭と、繰り返して壊れてきたが、今は右膝が痛くて正座が無理。

 腹筋一日200回も、急に再開し過ぎて膝に負担がかかってしまった。
 で今週から半分に、ハハ情けない。

 膝の為にも、ストレスを貯めず、運動をして筋力をつけ、良い眠りで内臓を労わろう。
 体の傷みは全て内臓からの信号なのだから。(逆もまた真なり)

 温泉にも行かなきゃ!
 一年前に買った通し券がまだ5回分も残っていたので早速、空いていた木曜にチャリで行ってきた。

 ♪ 帰りは好い好い、往くのが怖い~。
 そう、わが町の温泉は山腹にある。
 上り坂で汗をかき、帰りは火照った体を風に身を任せ・・・たかったが、しょっちゅう切れるブレーキが心配で、冷や汗をかいた(笑)

 帰宅して飲んだビールもどきの美味だったコト!!
 
 <Mr.時広専属モデル青蓮(セイレン)さんのパフォーマンス>


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脳の活性化には運動しかない

2017年04月18日 | 舞台
 10か月ぶりに運動を再開。 
 昼と就寝前に、柔軟と計200回強の腹筋を四日前から続けている。
 脚部の筋力強化にも、膝を庇(かば)いつつ徐々に取り組んでいる。
 
 敦賀に帰ってきてから300回の腹筋運動だけは日課にしてきた。
 それを止めたのが10か月前。

 怠惰な10か月のお陰で、すっかり心が緩んでしまった。 
 20代に大学で学習した基本に立ち返るしかない。
  
 運動すると頭が冴えてくる。
 そうなのだ、動けば脳も心も活性化して冴える。
 
 今日はやる気が勢い余って庭木を伐採。
 明日も庭木の整理をやる。

 8月までは自分を緩ませない。
 ただし、時々はガス抜きしようね~。

 今日一日が楽しみだと思える内は頑張ろう。
 
   <札幌の義姉からの写真 なんだか元気をもらった>
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最高の季節

2017年04月11日 | 徒然
 明け方まで長時間吹き荒れた風で、我が家の桜が8割散った。
 よく頑張ったね、と何度も声をかけた。
 今も雨交じりの風が吹き荒んでいる。

 稽古や買い物で市内をチャリで走り回っていると、何処も満開の桜が美しくて最高だった。
 
        <西公民館の和室で観た鈴なりの桜>
 
 数時間して帰宅すると、我が家の桜が雄大な姿で迎えてくれた。
 家の桜は、他の吉野より色が濃い目で格別だ。
 
            <我が家の桜遠景・・・ホント遠い~>

 この季節に敦賀にじっくり居る事は稀なので、裏に近接する三軒のお家に、菓子折などもってご挨拶にまわった。
 桜は散花や落葉も大迷惑だが、根が強いのが恐ろしい。
 セメント床を持ち上げたり、地下の水道管に穴をあけたりするというから、お許しを願おうという魂胆。

 ところがどのお家も「小さい頃から長年鑑賞だけさせて頂いて、こちらが申し訳なく思っている。たとえ何かが起こっても文句を言う気などないですよ」と仰る。
 嬉しく有り難くて、晴々すると同時に心が温まった。

 昨日の月曜には目の前が真っ暗になる電話があった。
 一瞬、全てを放り出して世界一周リュックで放浪の旅へ!という絵が頭をかすめた程の衝撃。

 が、30分程の大混乱の末、最終的に責任者から有り難いお電話を頂き一件落着。
 「君を優先すべきだと判断したから心配しないで」

 思わず仏壇に手を合わせに走った。(という程の距離ではないが)
 昨日が三兄の月命日だったことを忘れていたバチか!?と一瞬思ったりしたからだ。
 なにしろ、先月の母の祥月命日、しかも17回忌を直前まで忘れていた不孝者だ。

 事なきを得て、他人事のように自分で自分を観察していたことに気付いた。
 パニクルと人間、頭の回転も速くなるし胆も据わるもんだな、などと・・・。

 美しすぎる桜の季節の毒気が逆作用したかのように、色々嬉しいことが重なった。
 そういえば夕べは、手作りのお彼岸弁当を久しぶりにお寺の友人から頂いたっけ。
 美味しかったな~ごちそう様。
 雲を強風が吹き払ったので、待宵月(まつよいづき・小望月こもちづき)も実に美しかった。

 春の、桜満開の最高の季節は終わった。
 冬へ逆戻りしたような寒気漂う家の中で、しかし着々と“次の季節”を感じている。

 この一年のすべてを、最高の季節にする。
 本日、満月。
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