断章、特に経済的なテーマ

暇つぶしに、徒然思うこと。
あと、書き癖をつけようということで。
とりあえず、日銀で公表されている資料を題材に。

いろいろあってね。。。。

2017-07-11 16:50:12 | 思うこと
ちょっとした事情で、
土曜の午後に群馬の高崎から
山口の下関まで行って、
で、日曜の午後に帰ってきた。。。。
一応、我が家から高崎駅までは
車で1時間近くかかる。自分で運転するんだけどね。。。。

取るものも取りあえず、
新幹線に乗ったはいいが
さすがに数時間は厳しい。
というわけで、
普段めったに読むことのない週刊誌を
購入してみた。
文春と東洋経済。
なぜこの2冊?
売店の、いちばん取りやすいところにあったから。
選んでる時間なんてなかったんだよ。。。。

実際には行の新幹線では
いろいろ神経の参る状態で
雑誌を読むどころではなかった。

で、帰りの新幹線の中で読んだわけよ。東洋経済新報。
いや、一応念のために言っておくけれど、
おいら東洋経済、好きですよ。まあ、堅実な記事が多いじゃないですか。。。。
ってんで、何年ぶりぐらいに読むのかなあ、、、、
いや、昔は堅実な記事が多かったのよ、おいらの記憶では。。。
最近というと、ネット記事はちょくちょく読んでいたけれど、
紙媒体は本屋で立ち読みもしないし、、、
20年ぐらい前になるのかなあ。。。いや
20年となると、、いくらなんでもそんな長くはないか。。。
、、、ってなぐらいぶりに、読んでみたわけ。


いや、それで
特集で「深層リポート」と称して
「大揺れ!金融システム」
「日本銀行債務超過はあるか:財務悪化が長期化すれば
危険」
ってな記事があって、大いに期待をして読んだわけだ。何を期待したか?

まあおいらのブログを読んでくれている人なら、
基本的にはMMTの立場としては、
別に中央銀行が債務超過になろうとなるまいと
どうでもいい、と考えていることは
理解してもらえると思う。オペレーショナルな意味では
その点、間違いないと思っている。
でも、本当にそれだけなのか?というと、やっぱり、
MMTだって、ひどく極端に抽象化された一面的理論だ、ということは
否定のしようないからね。これはあらゆる社会科学すべてに共通する問題で、
というのは、社会認識に関わる学問というのは
どうしたって、ある一面の論理を切り取ることで構成されているんだけれど
実際の中央銀行(や、家計だって企業だって一緒だけど)の実務と言ったら
準備銀行のオペレーションだけやっていればいいわけじゃなくて、
あるいは準備銀行としてオペレーションをするにあたってだって、
単に銀行間の取引だけじゃなくて、
それに関わる法律やら
コンピューターハード・ソフトウエアや
偽札防止の技術だの
民間銀行や短資会社との根回しやら
国会報告文書の作成やら
資料を集めるために協力機関に配布する贈り物のお菓子の選定とか
実務能力のある人間の採用や待遇の決定やら、
こうした実務一つ一つ全てを包括した理論を構成しているわけじゃ
無い。だから、
実際、「もし中央銀行が債務超過に陥ったら」何が起こるか、
本当のところ分かったもんじゃない。
もしかしたらおいらが意識すらしていない、おいらが普段
MMTのまねして「オペレーショナルな」なんていっていることとは
全く関係ない大きな影響があるかないか、わかったもんじゃない。
震災の時に、
ほとんど話題にならなかったけれど、
日銀のサイトには、震災で汚れた紙幣の交換とか
払戻しに応じるだけの紙幣の供給の話が
ちょこっと載っていたけれど、
あれなんか、日銀の業務からすれば非本質的と言うのが
世間の受け止め方だったのかもしれないけれど、
一製造業会社に勤務しているおいらとしては
「紙幣」という「物体」に対する需要が
突如、極端な短納期で膨張したとき、
そのデリバリーを間に合わせるためには
どんなご苦労があったのかなあ、なんて考えてしまった。
これはたまたま、まあ、
普段からそれなりの対応準備があったんだろう、
何の騒ぎにもならず、そして騒ぎにならなかったがゆえに
その重要性に誰も気が付かなかった、
出来て当たり前、としか思われなかったのかもしれないけれど、
まあ、やっぱりうちあたりのど田舎のおんぼろ工場とは
訳が違うなあ、、、、、と、
一人世間とは隔絶されたところで
さすが日銀、なんぞと感心していたもんだ。。。
いや、話がずれた。。。

で、だ。

話を元に戻すと、
そんなわけだから、
いくら「オペレーショナルな」事情では
中央銀行が債務超過に陥ろうとどうしようと
一向に差し支えない、と考えているおいらではあるが、
やはり、これだけ世の中の人たちが心配しているのだから、
何か、あるんだろう、と、
そう思うじゃないですか。実際、おいら自身
本当のところ、全く何にもないってことはないだろう、ぐらいには思っていますよ。
ただそれが何なのかまでは分からない。国庫納付金が
ゼロになる(これは債務超過以前に、
当期赤字になっただけでそうなる)、というのは、
そりゃまあ、日銀総裁のメンツを考えると
やっぱりそれなりに問題なのかなあ、みたいに思わないわけじゃないけれど、
けどまあ、そんなもん、慣れの問題だからなあ。。。いや
最初に歴史に名を残すことになる総裁にはお気の毒かもしれないけれど。。。

で(また話がずれた)、
その週刊東洋経済の記事なんだが、
読んでいてどうにもわけわからないのは
日銀の収支赤字化や債務超過を問題視しているのは分かるんだが、
それがなぜ問題なのかが全く説明されていない点である。
それどころか、読んでいて強調されているのは
日銀は「シニョリッジ」とかがあるので
赤字になろうと債務超過になろうと、それが直接の
問題発生にはつながらない(一般の企業とは違って)、
ということで、それが理解されており強調されているにもかかわらず、
それでもなお問題が発生するとしたら、それが何か、
ということが全く記されていないのである。
いきなり出てくるのが、上田和男・元日銀審議委員の
2003年の講演録。これはネットで入手可能なので
興味ある人は読んでみるといいけれど、
ただ、この記事ではその結論は
次の2点にまとめられている。

①政府や財政当局からの様々な介入が発生する危険がある。
②通貨発行駅に頼って損失を解消しようとするインセンティヴが中央銀行に働き、
インフレ率の上振れにつながる、という二つのリスクを
指摘している。


これを読んで首をかしげない人がいるだろうか。。。
なるほど、政府や財務当局が介入しようとするかもしれない。
でも、それだったら、こうした介入をどうやって防ぐべきか、ということが
問題にされるべきで、これは中央銀行の赤字とは関係ない。
というか、中央銀行の赤字を口実に政府や財務当局が
介入するとしたら、それは、中央銀行が赤字だと
これこれこの様な問題があるから、それを回避するため
これこれの介入を行う、という理屈であろう。
そもそもその部分が
分からないのである。何が問題なんだかわからないんだから、
介入の是非など、論じようがないではないか。
それとも、何も問題がないにもかかわらず、
単に「中央銀行が赤字になった」というだけで
何の問題がなくても、
財政当局やら政府やらは介入をするものなのだろうか。。。
それはそれでまた別の問題があるような気がするが。。。。
それとも旧国鉄やどこぞの自治体のように
日銀の職員が怠慢で非効率で経営感覚がないから
赤字になるのだ、とでも言いたいのだろうか。
だから政府が介入して――というのかなんというのか――
民営化すれば、赤字にならずに効率的な経営ができる、
というような話にでもなるのだろうか。。。。。
(これ、あながち笑い話でもない気がする。。。。)

ああ、また話がずれた。で、②のほうだが、
これも意味が分からない。
「損失を解消しようというインセンティブが働き」というが、
しかし、そもそも中央銀行は
会計的な意味での損失があっても全く問題ではないのである――あるいは
少なくともここでは指摘されていない。それにもかかわらず
日銀の職員が損失を解消しようとして、、、、
損失を、解消しようとして、、、、
通貨発行益に頼る、、、、、

え~。。。。

ここでは、この記者が「通貨発行益」という言葉で何を意味しているのかが
問題になるが、それは後で書かれている。


中央銀行の負債は、コストがゼロの銀行券(中央銀行が発行した紙幣)と
準備預金(民間銀行に義務付けられている中央銀行への当座預金)で占められ、
保有国債や民間銀行への貸し出しなどの資産から利息が入る。「中央銀行には
シニョリッジ(通貨発行益)があるので赤字にはならない」といわれる
所以だ


いや、なんというのか。。。。
簿記の基本だが、もしも銀行券を発行するのに
製造原価のような意味でコストがかかるとしたら
それはそもそも負債ではなくて資産だ。例えば
金貨がそうだ。銀行は、自ら負債を発行して
マイナーから金地金を購入する。マイナーに支払った紙幣は
銀行の負債だが、金は資産。そして受け取った金地金を鋳造または鍛造することで
金貨として流通させる。同一重量の金地金の価格と金貨の額面の価格の差が
もともとシニョリッジと呼ばれていたものだ。
ここでは負債と資産が
同時に同額増加する。そして次に
この金貨を融資に使う(オッと、教科書流の「信用創造プロセス」と同じだ)ときには、
今度は融資先の発行した債務証書と金貨とが交換される。これは
資産の内訳の変更。金貨・金地金が廃止されれば
銀行が貸付をするために金貨や金地金のような資産を保有することはない。
ただ金地金と金貨の価格の差が銀行の利益となる。
そして貸付人から金利も取ることだろう。しかしこれは、通常は
シニョリッジなどという言い方はされないように思う。
まあ、金利収入をシニョリッジといってもいいが、
しかし金地金と金貨の差額がない以上、
本来のシニョリッジはすでに存在しない、と
見做したほうが、話の流れがいいような気がする。
が、記事の記者はそうは考えていないようだ。

紙幣の
印刷代や、一般企業の手形帳の購入費用は
勿論、製造原価などにはならない。
費用のかからない負債を発行して金利収入を得ていることを
「シニョリッジ」というなら(ただし、
記事の書き方では紙幣を発行することを
シニョリッジといっているのか、
紙幣を発行することで得られる金利収入のことを
シニョリッジといっているのか、よくわからない)、
およそ手形を切っているすべての企業(日本では
手形取引では取得者が金融機関でない限り、
融資をする側のほうが金利を負担している)は
シニョリッジを得ていることになる。
しかしそれでどうして日銀の損失が
解消されるのだろう。
トヨタの手形の受け取りを拒否する企業はないだろう。
喩えトヨタが当期赤字であっても
十分以上の純資産を保有する会社の手形の信用力を
受取りを拒否する企業はない。とはいえトヨタであっても
もしも何年・何十年も赤字が続き、債務超過に陥るようなことにでもなれば
(まあ、トヨタが債務超過に陥るとしたら
営業損益で赤字を出すよりは東芝パターンだろうが)
そのときには受け取りを拒否されるかもしれない。
それは最終的にトヨタが債務超過になり
手形が決済されない可能性、つまり、手形とキャッシュの
交換可能性に疑問が付くからである。この疑問が生じないうちは
どんな企業の手形でも流通する。少なからぬ数の企業の手形が
裏書譲渡や割引を拒否されるのは
少なくとも受け取り手がその手形の将来の換金可能性に
疑問を持っている(確信を持てないでいる)からである。日銀の負債が
受け取りを拒否されないのは、それ自体がベースマネーであり
換金可能性がそもそも問題になり得ない(それ自体で
納税・給与支払い・他の銀行への債務の等価払が可能だ)からである。
だからこうした負債を発行できる能力のことをシニョリッジというのは
全く分からないわけでは無いとしても、
しかしそれで損失を埋め合わせることなど
出来はしない。日銀であろうと民間銀行であろうと
企業であろうと負債は負債である。負債の発行によって
当期赤字を受けることなどできはしない。

さて、

日銀はシニョリッジによって利益を得ている。
ところがある期にはシニョリッジによる利益では不十分で
損失が発生した。その損失を埋めるため、
どうやってシニョリッジをつかう、というのだろうか。。。
いくら日銀券を発行したところで
負債が増えるばっかりで、これでは
損失の穴埋めになどならない。
そうすると、考えられるのは
金利を引き下げて融資することである。金利を引き下げれば
(通常の均衡理論でいえば)銀行は借入を増やすはずだ――ここ
20年の経験を経てなおそう言い続けられる人は相当おめでたい人と
言えるかもしれないが、ここではとりあえずそうしておこう。
金利を引き下げたことによる収入の減少より
貸付の増加による収入の増加のほうが大きければ
それによって多少なりとも穴埋めもできるし、
ベースマネーの増加率=マネーストックの増加率
とクルグマン風に想定したうえで
貨幣数量説に従えば、インフレにもなる。。。。
ずいぶんいろいろと実務的には不可思議な条件をつけなければ成立しない話だが、
まあ、経済学の常識からすれば
それほど難しいとは考えられないかもしれない(唯一、金利が下がった結果
貸出が増えるとして、本当に収入・利潤が増えるのかどうかは
入門ミクロ経済学第1回目講義の演習である。あとはまあ、
「流動性のわな」か)。

ただこの場合も、なぜこのようなむちゃな話をしなきゃならんのか、といえば
日銀の従業員が、
損失が発生したらどのような問題が生じるのかも考えず
ただ「損失を回避する」というだけの目的のため、
損失の穴埋めをしなければならないからである。
しかし、いったい損失が発生したことでどのような問題が生じるのだろう。
それを認識することなしに、
損失さえ回避できればよい、という対応で、
本当に問題が回避できるのだろうか。。。。
そもそもいったい何が問題なのか、
それが示されていないので、話が見えないのである。


さて、次の問題は(何故か)大規模金融緩和の「出口戦略」である。
正常化へ向けた戦略としては
よく知られる通り、
中央銀行保有の国債を直接市場で売却し
バランスシートの縮小を図るか、
付利を引き上げることで金利を正常化するか、
という選択肢があり、
すでにFRBは後者を選択しており、
日銀も、実際やるとなれば後者を選択することになるだろう、
と指摘する。それはそうだろうなあ、とでもいうしかない。
なお、通常、中央銀行は
常に市場から短期資金を調達しなければならない一般の
銀行などと異なり、償却原価法を採用している関係で
テーパリングによる保有国債価格の下落は
損益には影響しないことも指摘されている。このあたりの記述は
きわめて公平である。

そうすると損益上の問題は
単に、超過準備に対する付利の利率が上昇することで
国債を中心とする金利手数料収入を
利払が上回る可能性だけ、ということになる。
これはキャッシュインフローが
キャッシュアウトフローを下回ってしまう、ということである。
なぜこれが一般の金融機関(および企業・個人)にとって
財務的な問題になるか、というと
キャッシュアウトフローがインフローを上回っている状態が継続すれば
いずれ支払いが不可能になるからだ。当面は新たに
負債を発行することで資金を調達すれば
なんとかなるとしても
債務超過になってしまえば、もはや市場で新しい
資金の貸し手を探し出すことは難しい。
だから一般の金融機関や企業にとっては
債務超過は絶対に避けなければならない話だ。(先ほどの繰り返し。)
 
ところが
一般の金融機関(および個人)とは異なり、
中央銀行は債務そのもので支払いをしている。
キャッシュアウトフローがインフローを上回る、
というのは、単に
過去に発行した負債から回収した額が
新規発行した負債の額を上回る、
というだけのことである。これらの負債が
何を約束しているか、と言えば
単に中央銀行への償還・金利手数料の支払に際しては
いつでも引き取る、と約束しているだけである。
そして――これが問題だが、――
もしも日銀がずっと黒字だったら、つまり
キャッシュインフローがアウトフローを上回っていたら
いずれ世の中からベースマネーは消失してしまう。
これを避けるため、日銀は
得た利益からの内部留保を最小にして
ほぼすべて税金・配当・国庫納付金として
外に出している。最初っから日銀は
蓄積のためのオペレーションをやっているわけではないし
(蓄積が目的なら国庫納付金など即刻中止すべきである)、
シニョリッジなど、あってもなくても同じことである。
シニョリッジとやらで得た利益はほぼすべて
国庫納付金として政府に納められる。
むしろ問題は、ベースマネーの残高が減り続けて
最後にはゼロになってしまうような事態を避けることである。
つまり
もしも日銀の貸付残高が一定であるとしたら
日銀がキャッシュレベルで黒字になることは
なんとしても避けられなければならないことなのである。

新規貸付+日銀自身の費用の支出+日銀の利益からの支出(租税・
配当金支払・国庫納付金)
 ≧ 貸付金回収+金利手数料収入

である限り、市場に流通するベースマネー残高は
減少してしまう。
日銀の貸付残高が増え続けている限り、
国庫納付金がそれより少ないレベルで減ったところで
大きな問題になることはないとはいえ、
実は、日銀にとって黒字こそ問題視されるべきであり(その解決方法の
ひとつとして国庫納付金が存在している)、赤字自体は――
額が極端に大きくならない限り――
それほど問題視されるべきことではない。

こうした考察が行われることなく、
記事は続く。過去において中央銀行が債務超過になった例が
検討される。中央銀行が債務超過になるパターンには
二通りあり、一つは為替レートの急激な自国通貨有利の動きにより
中央銀行が保有する外貨建て資産の自国通貨評価額が低下し、
これにより赤字が発生するケースである。
こうした赤字による債務超過はブンデスバンクやスイス中央銀行といった
世の中で最も健全視されている中央銀行で生じているが
全く問題になっていない。なぜならば
為替水準が元に戻れば解消するからだ。
インフレについても、自国通貨高はむしろデフレ要因であり、
問題にならない、とする。
この記事の書き方は、確かに公平ではあるが
しかし突っ込み不足である。ここで書かれていることが正しいのなら
民間銀行はなぜ為替レートの順調による債務超過が
問題になるのだろう。
答えはやはり、決済能力の問題である。
民間銀行は決済をするため準備預金を必要とする。
手持ちの資産の価値が、外貨建てであろうとなんだろうと、低下すれば
それを売却して市場から準備預金を調達する能力が低下する。
中央銀行は、そうした資金調達を必要としていないから
外貨建資産価格の急落を問題視する必要がないのである。
つまり、為替レートの変動が元に戻れば
債務超過もなくなる、といった運頼みの話ではなく、
そもそもそれは問題にならないような制度設計されている(といったって
歴史的にそうなって来たんだけれど)のである。
逆に言えば、中央銀行が自国債務と外国債務の交換可能性まで
保証しようとすれば、為替レートの変動による対外債権の目減りを原因とする
債務超過は、決して見過ごせない問題になる。
しかしながら、まあ、
これは国によっていろいろみたいだけれど
日本のように、むしろ国民の多くが
経常収支順調と為替レートの逆調を強く願っているような(いいことか
悪いことかよくわからんけど)国では
あんまり問題にならない課題である。


中央銀行債務超過のもう一つのパターンとして挙げられているのが
経済危機で、
要するに「最後の貸し手」として民間金融機関から
中央銀行が買いまくった諸債権がパーになる、というケースだ。
これは実際に重要な問題だ、と記事は指摘する。
しかし、驚いたことに、
そこから先、いくら読んでも、何がどう問題なのかが
全く記されていないのである。非常に残念に思うのは
記事では80年代のマルコス政権後のフィリピンのケースに言及されている――
この時、旧中央銀行は財務内容が悪化し
結局92年に新中央銀行法が施行され、不良資産を
切り離すかたちで新中央銀行が設立された――のに、
その際、どのような問題があったのか、
なぜ不良債権を切り離し新中央銀行を設立することで
問題回避につながったのか、が、
全く説明されていないのである。なぜここを突っ込んで
書いてくれなかったのか、
それまでもなんだか隔靴掻痒というような雰囲気ではあったのだが、
ここに至っては、もはや高下駄の上から足の裏を掻くような感じになる。
これは少し自分で勉強しなけりゃならん。いや、勉強材料を
与えてくれて、どうもありがとう、と、嫌味の一つも言いたくなる。

そして、話はさらに分からない方向へと進み、

 日銀の出口コストは、違う角度で見るべきだ。具体的には、
現在と将来の通貨発行益を政府と
どのように分け合うか、という視点だ。

と、続く。
そして、大規模緩和策からの出口戦略を、各国中央銀行がどのように
検討しているのか、という話が紹介される。
これはこれでなかなか有益な情報なのだが、、、、

ちょっと待て、結局、中央銀行が債務超過になったら
何がどう問題になるんだ!!



そしてイギリス・アメリカ・EU・日本の例が挙げられ
比較検討されている。しかしこれらを読んでも
そもそも中央銀行が債務超過になることによって
何が問題なのかが書かれていないので、わけがわからない。
例えばイギリスでは恐慌を回避するために発生した
中央銀行債務は財政に付け替えをすることができる、とされ、
日本では政府が補てんすることになっている。。。。。
って、どっちにしろ
中央銀行から見れば、政府預金についている数字を中央銀行の資本金の数字に
書き換えるだけで、そして
財政の資金不足が発生したときには
結局、中央銀行が買いオペで支えるわけだから、
何をかいわんや、である。いずれも純粋に形式的な話に過ぎない。
これは記者のいう通貨発行益の意味をこちらが
理解できていないからわからないのだ、と言われれば
それはその通りかもしれないが、
だがどうも理解できない。これ、結局
中央銀行を債務超過のまま放置した場合と比べ、
どのような問題が解決されることになり、
どのような事態の可能性が回避され、
どのようなことが改善されたことになるのであろうか。。。。
さっぱりわからないのである。

そしてそのあと、外国の事例として

…実際、チリ中央銀行は現在でも債務超過が解消されていないが、
同国の経済は安定し、財政状況も改善しているため問題となっていないようだ。
イスラエル中央銀行も債務超過で業務を続けている。


とつながってしまう。。。。

…何、ちゃぶ台ひっくり返してるんだよ

勿論あわてて(かどうか知らないが)「とはいえ、… 損失がいくら膨らんでも
中央銀行の信認に響かないと楽観するのも禁物だ。」とカバーされるのだが、

しかし、その信任とやらが何に依存し、
そしてそれがなくなるとどうなってしまうのか、
どういう事態が発生するのか、
全く書かれていない。

結局のところ、

「そもそも何が問題なのか」

という肝心の出発点について
何一つ理解することができないまま
高崎に戻ってきた次第である。
ジャンル:
経済
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