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  理阿弥の 題詠blog投稿 および 選歌・鑑賞など

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畠山拓郎さんの百首から

2010年08月09日 | 五首選 - 題詠2010
009:菜
 裏庭が祖父の手放れ母の手へ野菜畑は花畑へと


065:骨
  納骨をペアで済ませる祖父と祖母 遺影もペアで並んでおりぬ
038:空耳
  「さようなら」空耳じゃない祖父は言うびっくりしながら「さようなら」言う
032:苦
  漢方の苦い薬を飲んでいる痴呆に効くと調べれば出る
029:利用
  夜もすがら溶け合うような愛しさで私的利用をしてみたい夏


母方の祖父は庭づくりが好きで、祖母は美術や音楽が好きだった。
祖父母が亡くなるとすぐ、伯母が手のかかる庭の樹をみな切り倒し、
画集もレコードも全て売り払ってしまった。
一軒家は見る影もなく、今風に改築されて貸し出された。

もともと伯母夫婦が祖父母の側に住んで、彼らの面倒をみていたのだから、
遠方の自分に文句を言える道理はない。
そして、世界は生者のものなのだ。疑いようもなく。

しかし、人はどんなあり方で他者の存在を認めるかを考えると(そのひとと相対している時を除けば)、
もちろん彼/彼女を想起することによって、それに他ならない。
つまりその場に居ないときに人間は、生者であれ死者であれ、
思い出してもらうことによって同じように生かされるのである。

伯母が思い切りよく全てを抹殺してしまったのは、私には衝撃だった。
故人を思い出すことは、彼女には辛すぎたのかもしれない。
だから何もかも無くしてしまったのだろう。
だが、もう少し穏やかで優しいバトンタッチの方法はなかっただろうか―――
そう、野菜畑を花畑として活かすように。

かつてそこにあったものを思い出させる、そんなよすがが僅かでもあれば、
人は生の終わったあとも、長く生きていけるのだから。

  祖父の樹と祖母の画集を売り急ぐ疎遠の伯母に会うときの顔   理阿弥
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2 コメント

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こんにちは (畠山拓郎)
2010-08-09 09:08:49
こんにちは、選歌して下さってありがとうございます。我が家にも耐震基準や隣家との境のことなどもあって改築の予定があります。僕は今の感じが残るようにを主張していますが、古い家なので耐震基準の関係からはどこまで風情が残るかはちょっと分かりません。そして祖父母が亡くなってから大量の骨董品をだいぶ処分しました。家中が物であふれかえっていたので必要なことだったと思います。残された人も生きていかねばならないのだから伯母さんにも事情があったんじゃないかななどと思ったりもしました。

祖父祖母の骨董品を売りさばく物に埋もれた晩年悲し  畠山 拓郎
こんにちは (理阿弥)
2010-08-09 21:16:28
畠山さん、完走お疲れ様でした

物に埋もれた晩年悲し。いい歌ですね。
祖父母の世代って、とにかくモノを捨てなかったような気がします。
自分の生活を振り返ると、後世に残すようなものは
何ひとつ持っておらず、潔いようでいて、虚しいような…

お家、風情をいかしたカタチでリフォームできるといいですね。
なにかひとつふたつ、残るだけで違うのかもしれません。

今年もたくさんの歌を読ませていただきました。
ありがとうございました。

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