車止めピロー:旧館

  理阿弥の 題詠blog投稿 および 選歌・鑑賞など

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「理由」

2009年06月12日 | 鑑賞:題詠2008
お題「理由」。
人間が苦しみながらも生きる理由・・・、という風に大上段に構えてしまうと
とたんに難しくなるテーマじゃないでしょうか。
(もちろん上手くいく例もあると思いますが)
反対に身の回りの小さな具体を詠む事で、それが時に生きる真理を感じさせる。
それが短歌のサイズ。そんな気がします。

好きな歌、今回はちょっと多め。

 むかうがはの窓が翳らふ理由さへさだめなき日の風のありやう
  大辻隆弘

初句の「向こう側」。
窓の場所を示すことで、「こちら側」にいる作者の立ち位置を示すことができる。
なんでもない言葉ですが、こういう言葉こそが一首を決定付けるのではないでしょうか。
他の単語にいろいろと入れ替えてみると、その効果が分かると思います。

 隣人がエレベーターで泣いていた理由を僕は知らなくていい
  矢島かずのり

結句が反語的な響きを帯びています。本当は知りたい、声をかけてあげたい、
でも名前しか分からない、言葉を交わしたことも無い隣に住むひと。
よく知らない人に対する潜在的な怯えは、誰もが持っている。
「エレベーター」が都会のマンション生活を思わせてベストマッチ。

 「シャーペンの芯がぶちまかっちゃったの」挫折をしたのはそういう理由?
  伊藤真也

ぶちまかっちゃいましたか(笑)。なにか大切な試験を失敗した言い訳なのかなぁ。
「芯が」じゃなくて「芯をぶちまけちゃった」だろ!と突っ込みたくなりますね。
責任の所在を自分ではなくて、対象にあずけちゃってる(笑)
北海道ではこういう言い方、よくします(方言)。
「スイッチが勝手に押ささっちゃった」←おまえが押したんだろ!
言い訳に便利♪みんな使って。

 この鼻がひくい理由まで なんとなくいとおしくなる家族写真
  さくら♪

家族の描写をまったくしなくても、みんな同じ鼻をしてるんだな、と
情景がありあり浮かんできます。うまいなぁ。
それぞれの家族に、それぞれの家族の集合写真。

 猟犬が一匹 猟犬が二匹 猟犬が理由もなくふえてゆく
  我妻俊樹

歌意はよく分からない、でも見過ごせない。そんな歌ってありますよね。
寝入りばなに羊の代わりに数えているようでもあるし、
ヒッチコックの「鳥」的な恐怖感もある。
「猟犬」=「気に入らない意見にすぐ噛み付くネチズン」かもしれない。
世の中には理で割り切れない、得体の知れない現実がある、
それを表現するのもアートの役割。

 わたしにも子を産む理由が見つかるね 首のみじかいキリンがいれば
  幸くみこ

誰しも克服しがたいコンプレックスを抱えているもの。
首の短いキリン。端的な表現が見事です。
作中主体の言葉は一見ポジティブに見えて、しかし「産まないための言い訳」を
探しているようにもとれる、両極の色を帯びています。
だって、首のみじかいキリンを発見できる可能性はすごく低いから。
こういうことを悩みながら、みんな生きている。

 理由なく殺されるのが蟻だからえんえんとえんえんと蟻を踏む
  西巻真

ひらがなで繰り返される「えんえんと」が怖い。
蟻を踏んでいるのか、殺されるという宿命を持つ蟻に「踏まされて」いるのか。
主客転倒が起こっているとも言えます。
なぜ蟻を踏むのか。はっきりとした理由は本人にも分からない。
ただ蟻が歩いているから、としか・・・

 真偽問わず理由まみれになりたくて書棚に増殖する羅針盤
  紺乃卓海

マニュアル本、ハウツー本の氾濫。
この世界を泳いでいくための方法を、誰でもいいから教えてほしいという感覚。
なぜそうしたのか、という問いへの答えをとりあえず用意する。
でもその問いを発するのは、ほかならぬ自分なのでしょう。

 笛吹きについてゆかない理由などとっくになくて手帳を埋める
  里坂季夜

日記と違って、手帳にはこれからの予定や指針が書いてある。
それを捨てて、ハーメルンの笛吹き男が現れるのを待っている。
男の笛が聞こえると、考える必要はもう何もなく、体の赴くままに
連れて行かれるのを待つだけなんですね。全部放棄してしまえる。
男が来なかったら?埋めた手帳を掘り返すのです。

 スイカ ウリ 嫌いな理由第一位 『カブトムシのえさ食ってるみたい』
  イチコ

声を出して笑ってしまう歌というのがあります。この方の「おはよう」の一首

 おはように ございやすって付ける人 別にいいけど 「や」ってなに

これにもやられました・・・(笑)
気取らなさ、シニカルさに◎。


さてこのお題、「あなたを愛する理由」「別れの理由」などの歌がとても多かったです。
全投稿歌の半分くらい?
「そうなんだよなぁ」と納得することもしばしばでしたが、
その作者ならではの手触りのする歌は少なかった気がしました。


 サキサキとセロリを嚙みいてあどけなき汝(なれ)を愛する理由はいらず
  佐佐木幸綱
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