¢$..$ぶごる

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クロアチア旅行の感想

2007年09月16日 21時18分54秒 | その他
治安の良い素敵な国でした。
日本並みに無頓着でも平気だった!
あと観光客慣れしてないからか、普通日本人の団体客なんてうざがられるもんなんですが、かなりにこやかに歓迎してもらえました。
気持ちよく旅できる国だったー!

で個別の感想とか!
印象に残ってるのだけ~

●プリトヴィッチェ湖群国立公園(クロアチア)


今回の最大の目的!
綺麗でしたv
でも小雨でした$TT$
小雨でも綺麗ってことは晴れだったらどれだけ綺麗だっただろう、とそこだけが心残りでうぅぅぅ

余談:
プリトビチェに向かう途中、バスは郊外を走るわけですが、郊外には廃墟と化した家が散見されました。
現地ガイドさんは

「若者は田舎を嫌って都会に行くから家が廃墟になるんだよ」

と教えてくれました。
でもホテルに戻ってガイドブックを見たら

「内戦でクロアチア人に攻撃されたセルビア人住居跡である」

って書いてありました・・・・・・。

・・・・・・・。

ゆるやかに起伏する緑の大地ととうもろこし畑と赤レンガの家が綾をなして、とても素朴で牧歌的な景色なんですよ。
空も綺麗で空気も綺麗で。
こんな絵本みたいなところで戦争が起きるなんてなぁ

●ポイストナ鍾乳洞(スロベニア)

トロッコ列車が楽しかったー!
超でっかい鍾乳洞の中をトロッコで駆け抜ける爽快感といったら!気分はハリウッドー
スロベニアはトイレなども使い勝手が良いし(クロアチアは扉の立て付けが悪いとかちょいちょい不便)、
店員さんもきびきび働くし(クロアチア人はタバコとか吸いながらのんびり動く)
さすがEU加盟国、って感じでなかなか快適な国でした。
旧ユーゴの中じゃ一番豊かだそうです。

●ブレッド湖(スロベニア)

湖の真ん中に島があってそこに教会があってとても綺麗!
「紅の豚」にもこんなの出てきましたよね?
残念なことに、この島は見るだけで行けなかった~。船に乗って行きたかったなぁスロベニアからは雪を被ったアルプス山脈が見えて素敵でした~。
西ヨーロッパからのスキー客が多いところだそうです。

ところでYOUTUBEでスロベニア人とクロアチア人が喧嘩してました。
両国に憎悪の関係はなさそうなので、いわゆるライバルって奴でしょうか。
いち早くEU入りしたスロベニア人はクロアチアを

「クロアチア(笑)後進国(笑)」

って言うし
クロアチア人はスロベニアを

「スロベニア(笑)山村(笑)」

って言うしー

どこも一緒ですね!(爆)

●エウフラシウス聖堂(クロアチア)


びざんちんな感じの金色のモザイク画とか
白い石造りの建物とか
窓から射す光とか
とにかく美しい!
小さいし派手ではないけど大好きだぁ!
ここ見て
「あたしキリスト教徒になってもいい」
って思った!!

イストラ半島は町並みもイタリアっぽいし、人々も超!陽気で、イタリアそのものでした。
住人たちも自分のことイタリア人と思ってるんじゃないかしら(笑)
挨拶は「チャオ」だしー

●ディオクレティアヌス宮殿跡(クロアチア)

  
↑白い塔は後世に建てられた大聖堂。下のほうの黒く煤けたアーチや列柱が宮殿跡です 


この旅、最大の収穫でした。

キリスト教迫害で有名な、ローマのディオクレティアヌス帝(245年 - 313年)のご隠居宮殿です。
今は街になってます。
ディオクレティアヌス帝の死後、キリスト教はローマの国教となります。
ローマの威光は段々と消えて行きましたが、キリスト教は勢力を拡大し続けました。
やがて時がたち、悪名高き皇帝の霊廟は破壊され、キリスト教大聖堂(聖ドミニウス大聖堂。写真の高い塔)に改築されました。
壊された帝の棺は聖堂の材料として使われました。
皇帝の骨はどこかに捨てられました。
また、皇帝はユピテル(ジュピター)の化身を名乗っていたそうですが、ユピテル神殿もキリスト教の洗礼堂になりました。
広大な敷地の各部屋は廃墟となり、今や庶民の住居や店になっています。

高々と聳え天を突く、大聖堂の白亜の塔と、その下に横たわる、古代の残骸。

その姿を見た瞬間、様々な思考が私の中を錯綜しました。

古代神を信奉する専制君主、まさに古代の象徴のような皇帝。
その墓を暴き古代神殿を破壊し、「我こそが新しい支配者」と人々の上に君臨した、新たな神。
新たな神=キリストを信奉するのは無論、弱者たちです。被支配者達です。
(「貧しきものは幸いである」という言葉にすがる人々)

弱者が強者の上に立つ。
被支配者が支配者の上に立つ。
奴隷が貴族の上に立つ。

キリスト教とは革命であった。

気付いてしまえばなんてことはないこと、一体何故いままで気付かなかったんだろう、と思いました。
私はこの「気付き」のためにクロアチアに行ったのかもしれません。

キリスト教自体が革命なのだから、
キリスト教世界で市民革命が起こり、民主主義が生まれたのは自然なことでしょう。
革命の本質はもちろん弱者のルサンチマンです。
だからニーチェはキリスト教の本質をルサンチマンと見たのでしょう。
それにしてもこれほど強烈で明確な、「復讐の姿」を初めて見ました。
死者(敵)を辱めその上に聳える、復讐の神。
こうやって古代は滅んだ。

けれどこれこそが近代なのでしょう。
憎悪と復讐によって成し遂げられた礎の上に、現代の私達は生きている。


●モスタルの橋(ボスニア・ヘルツェゴビナ)
 モスタルの橋
建物に残る無数の弾丸の跡

橋も川も大変美しいところでした。
橋のあたりは観光客で賑わっていました。
でも町中は内戦で破壊された建物がそのまま、
というのが多くて、とにかく重苦しい雰囲気でした。
国境越えてほんのちょっとで、空気ががらっと変わるのね。
物乞いの女の子もいました。
心が痛かった・・・

●コトル(モンテネグロ)

結構、大したこと無いです(笑)
オプショナルツアーでしたが、つける必要なかったかもぉ
でも正教の教会が見れたのは収穫でした。
カトリック教会に比べると素朴だけれど(装飾が平面的と言いましょうか・・・)、独特の雰囲気がある良い教会でした。
敬虔な信者さんが熱心にお祈りをしていました。
とても写真を撮るような雰囲気じゃありませんでしたが、そういう姿を見れたことがうれしい。

余談:
山火事跡

モンテネグロに行く途中のバスの中の話ですが
今年は猛暑で山火事が多発したらしいんですが、
「山火事の原因は?」という質問に対して
クロアチア人ガイドさんいわく

「自然発火も十分ありうるけれど原因が分からない。
火元はこの山の向こうのボスニアで、そこにはセルビア人居住区がある・・・」

これ以上は言いませんでしたが、

「セルビア人の仕業にちがいねぇ」

って思ってる感じがびしばし伝わってきました。
消えない憎しみと疑心暗鬼。
島国にっぽんのありがたみようやく分かった感じです。

あとモンテネグロは一年前セルビアから分離したばかりで、内戦時はクロアチアを攻撃する側にいました。
だからクロアチア人のモンテネグロ人観も当然悪く、
「モンテネグロ人は怠け者でいい加減でルールなんかあって無いようなもの!」
だそうです、はい。

●ドブロブニク
 

やっと到着しました~!
今回のツアーのハイライトですね。
ほんと綺麗なとこでしたよー。
ビーチからの眺めは最高だったー。
とても小さな町、でも大国の間に挟まれながらも、商才と外交能力で自治と自由を勝ち取ってきた都市国家です。
堅い城壁に守られた、商人達の自由都市。
なんかかっこいいでしょー?
ロープレとかに出てきそうでしょー?


土産物は鼻血が出るほど高かったですが。
日本で言うところの銀座青山レベルのあり得ない物価でした・・・。

ここは一番観光客がごったがえしていました。
ほとんどがヨーロッパ人で色んな言葉が飛び交ってました。
英語話者の観光客が思ったより少なくて意外・・・
と感じたところではたと気がついた。

よく考えるとヨーロッパで英語が母国語の国ってイギリスだけじゃーん!!!

土産物屋のおばあちゃんが日本人である私たちに「35」を説明するために
指を三本と五本出して

「ドライ(ドイツ語) アンド(英語) ファイブ(英語)」

って言ってました。
こういうちゃんぽんが結構多かったです。
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