平凡な日々に向き合う・・・平凡な日々の中に、幸せがある。かも

無常こそ常。平凡な毎日に感謝と努力を。とは言え実際のところはさりげない日々の記録です。

今更の、Ⅱ

2016-11-02 22:34:42 | 日記

「北の国から」 第一話観てみました。

1981年がスタート年らしいです。

最初の感想は、「東京の人は、家族間でえらく丁寧なんだな。とうさんもえらく丁寧な言葉使いで・・・」

って、妙なところに感心。


一番響いたのは、蛍(娘)の、「とうさん」と言うしゃべり。何とも言えずやさしさを感じる喋りです。きょう日、「パパ」派の人も多いと思うが、ドラマの中で何とも言えない響きを感じました。我が家は「おとうさん」だから、我が家がそこは丁寧かな?どうも、パパと言う言葉を聞くと優しさより、単に甘えられているだけの気がするのはCMとかドラマのせい?慣れてないから?


※写真は本文とはまるっきり関係ありません・・・

 

 

さて、第一話 最後のおおまかな会話

場所は、水を汲みに来た川のほとりで


蛍:とうさん、もし一人でもここに来た?

父:寂しいけど、来たと思う。誰だって最後は一人

蛍:心配しないでもいい、蛍はずっと父さんと一緒にいる。



ちょっと聞きではうれしいのだが、ふむ、それはそれで、大変困るような・・・・・・・気がしないでもない。

そのころ息子(純)は、東京に逃げ出す作戦を・・・正解と思いました。

 

う~む、今から35年ほど前にとうさん、一勝負賭けていますが、う~む、ここはやはり子供たちの為にはどうなんだろう、せめて、お家の準備が最低限でもできてから、とかがよろしいかったような気がします。

この第一回放送をさかのぼる事、7年くらい前の1974年だろうと思いますが、「大草原の小さな家」の第一回の放送がありました。その時の価値観などは大変理解できるのですが、そのアーリーアメリカン時代のような生活を北海道でやりますと言われても、やや違和感があります。しかも、インガルス一家には「とうさん」「かあさん」揃っていたし。厳しい大自然の中でも、夫婦で力を合わせれば多少とも何とかなりそうですが・・・

「大草原の小さな家」では、現実的な生活感(つまり、お金とか人間関係、学費等の問題)があったのですが、(北の国からは)焦点が人間関係らしいので、やや、浮世離れな感じを受けるのかもしれません。

バブル前のある意味、常識と好景気の素晴らしい時期だったはずですが、既に「便利さ」「滅私奉公(自分らしさを捨てる)」に疑問が出ていたのでしょうか?

多少の文句をいいつつ、第二回をまた観ようと思っていましたが、観始めた後、我慢できずにあらすじだけ読んで、24話完了な感じとなりました。

と言うことで、勝手な感想をだらだら述べて、「今更ながら」の私の話は、ここで、完結となりました。

失礼いたしました。

では、おやすみなさい。

 

ご訪問ありがとうございました

 

 

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