安達 明さん~海の虹~

2017-08-13 16:48:06 | 青春歌謡
安達 明さん~海の虹~


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いつか ふたりでみたね 海の虹
肩を並べて 砂山で
ひとみきらきら かがやかせ
ああ ぼくは ぼくは
そんな 君が好きだった

いつか ふたりでみたね 海の虹
そしてたがいの 心にも
そっとつながる 虹の橋
ああ ぼくは ぼくは
とても 君が好きだった

いつか うすれて消えた 海の虹
あとにさびしい 風ばかり
虹ははかなく 消えたけど
ああ ぼくは ぼくは
だけど 君が好きだった



少ない語彙で書かれたとてもシンプルな詞、余計な言葉がひとつもありません。

虹の変化に託して、ほんの少し言葉を変えるだけで、おさない恋の始まりから終わりまでの推移を見事に描ききっています。

遠い空にきらめく虹は幸福や希望のシンボルとして歌謡曲では愛好されます。

誰でも何曲かは「虹」を歌詞に使ったヒット曲が思い浮かぶでしょう。

虹は世界の多くの神話で天と地を結ぶ橋で、日本神話でイザナキとイザナミがその上に立った「天の浮橋(あめのうきはし)」も虹です。

そして離れた二つの領域の両端、端と端とをつなぐのが橋。

水平につなぐのが橋、垂直につなぐのが梯(はし=はしご)、日本語ではもともと、端も橋も梯も同じ言葉です。

海の虹が少年と少女の心もつないだというのですね。

輝かしい希望や幸福のシンボルである虹は、しかし、遠いもの、遥かなものであり、しかもすぐにはかなく消えてしまうものです。

ロマン主義の本質と重なるイメージです。

この海の虹もまもなく「うすれて」消えてしまいました。

少年と少女の恋もはかなく消えてしまったことを意味します。

もちろん、二人で虹を見ていた短時間に恋が始まり終わった、というのではありません。

恋の始まりからお互いの心の確認、そして別れへとつづいたもっと長い時間のドラマを、二人で虹を見ていた短時間の回想に凝縮しているのです。

そこがこの詞の魅力です。
 
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