雨降りお月さん

2017-08-10 14:39:25 | 童謡・唱歌・抒情歌
フォレスタ旧バージョン ”雨降りお月さん”


http://blog-imgs-114.fc2.com/t/o/s/toshiichi/2017081006274511e.mp3

1 雨降りお月さん 雲のかげ
  お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
  一人でからかさ さして行く
  からかさないときゃ 誰とゆく
  シャラシャラ シャンシャン
  鈴つけた
  お馬にゆられて ぬれてゆく

2 急がにゃお馬よ 夜が明けよう
  手綱(たづな)の下から
  ちょいと見たりゃ
  お袖でお顔を かくしてる
  お袖は濡れても 干しゃ乾く
  雨降りお月さん 雲のかげ
  お馬にゆられて ぬれてゆく

3 雨降りお月さん 雲のかげ
  お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
  一人でからかさ さして行く
  からかさないときゃ 誰とゆく
  シャラシャラ シャンシャン
  鈴つけた
  お馬にゆられて ぬれてゆく



この歌は、1番と2番とでメロディが異なっています。そうなったのは、最初、1番と2番がそれぞれ独立した曲として作られたことによります。

1番は大正14年(1925)、児童雑誌『コドモノクニ』の1月号に、楽譜つきで発表されました。 

詞のタイトルは、初め、『雨降りお月』でしたが、中山晋平のたっての希望で「さん」をつけたという話が伝わっています。

中山晋平が「さん」づけにこだわった理由は不明ですが、おそらく、『雨降りお月』のままだと、音として中途半端ですわりが悪いと感じためでしょう。

この歌は、子どもはもちろん、親たちにも評判がよく、「傑作だ」「すばらしい」といった賛辞が続々と寄せられたといいます。

そこで、同じテーマで続編が作られることになり、それが2番で、同年の3月号に『雲の蔭』というタイトルで掲載されました。

それでは、どうしてこの2つが合体したのでしょうか。

昭和に入ると、日本のレコード市場は急速に拡大し、日本コロムビア、日本ポリドール、日本ビクター、キングレコードという大手4社が次々と設立されました。

そうした情勢のなかで、『雨降りお月さん』もレコード化されることになったのですが、1番だけでは短すぎて商品化しにくい、どうしても2番か3番まで必要だとわかりました。

そこで、中山晋平が、『雨降りお月さん』と『雲の蔭』は、テーマも曲想も同じだから、いっしょにしたらどうかと提案したそうです。

3番として『雨降りお月さん』を繰り返すことになり、今日に伝えられている『雨降りお月さん』が成立したわけです。

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北上夜曲

2017-08-10 01:56:00 | 童謡・唱歌・抒情歌
倍賞千恵子_ 北上夜曲 _


http://blog-imgs-75.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150616040020c53.mp3

1 匂い優しい白百合の
  濡れているよなあの瞳
  想い出すのは 想い出すのは
  北上河原の月の夜

2 宵の灯(ともしび)点(とも)すころ
  心ほのかな初恋を
  想い出すのは 想い出すのは
  北上河原のせせらぎよ

3 銀河の流れ仰ぎつつ
  星を数えた君と僕
  想い出すのは 想い出すのは
  北上河原の星の夜

4 雪のちらちら降る夜に
  君は召されて天国へ
  想い出すのは 想い出すのは
  北上河原の雪の夜

5 僕は生きるぞ 生きるんだ
  君の面影胸に秘め
  想い出すのは 想い出すのは
  北上河原の初恋よ



昭和36年に雑誌『サンデー毎日』に作者不明の愛唱歌として紹介されたことをきっかけに、作曲者の安藤睦夫氏が原作の名乗りをあげ、ビクター、キング、東芝など6社からレコード発売、日活など3社による映画競作など一大センセーションを巻き起こしました。

水沢農学校に通う菊池規氏と八戸中学校の生徒だった安藤睦夫氏が水沢(現 奥州市)で偶然出会って意気投合、昭和16年2月に菊池少年の「北上川のささやき-今はなき可憐な乙女に捧げるうた」と題した歌詞に安藤少年が曲をつけて名曲「北上夜曲」が誕生したとのこと。

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