谷村新司 青年の樹 

2017-07-28 03:00:32 | アリス・谷村新司
乗鞍~上高地 【 ♪ 谷村新司 青年の樹 】


http://blog-imgs-80.fc2.com/t/o/s/toshiichi/__sm11115073_-_from_Nico_via_Offliberty.mp3

一人心に別れを秘め
何も知らずに眠る貴方の
部屋の灯りに眼をやれば
憧憬に旅立つ足がすくむ

私の二十歳の祝いに貴方が庭に立たずみ
静かにやせたその腕で土をかけた青年の樹よ
今をのがせば夢などに若さをかける時は二度とない

桜ひとひら雨に散る
冬まだ明けぬ春に散る
落ちたひとひら風に舞い
何処の土に埋もれ終るやら

私の二十歳の祝いに貴方が庭に立たずみ
静かにやせたその腕で土をかけた青年の樹よ
老いた二人の行く先を緑をやさしく包んでおくれ

私の二十歳の祝いにと貴方が庭に立たずみ
静かにやせたその腕で土をかけた青年の樹は
青葉繁(あおばしげ)りてなお悲し
わびることさえなく なお悲し




この曲は、1982年11月2日から1983年5月3日まで、TBS系列で放送されていたテレビドラマ『野々村病院物語II』の主題歌です。

『野々村病院物語II』、・・・・・
アメリカの病院に勤めていた野々村隆之が帰国し亡くなった父が開業した野々村病院の2代目院長に就任する。
しかし、金儲けに走る院長代理の木井省三が経営を握っていたため、病院は腐敗していた。
そんな野々村病院が隆之によって地域医療を理想とする病院として建て直されていく・・・・そんな物語でしたよね。
キャストは
院長・野々村隆之:宇津井健
野々村の娘・野々村梨花:柏原芳恵
看護婦・倉方千恵:夏目雅子
大町久美:加賀まりこ
外科医・鈴旗努:蟹江敬三
内科医・月波恭一:大和田獏
内科医・神原登:篠塚勝
外科医・野中真樹夫:磯部勉
事務長・山根太平治:関口宏
事務員・十八娘(いろざかり)安助:山田辰夫
看護婦・鯨岡好江:山田邦子
看護婦・楠美紀子:城戸真亜子
看護婦・二葉とよ:白川和子
看護婦・日暮里子:大橋恵里子
看護婦・風見つな:西村京子
看護婦・泊洋子:増子倭文江
看護婦・鰐淵つたえ:浅野典子
看護婦主任・泉田みどり:来路史圃
看護婦・小糸美晴:住吉ユミ子
看護婦・林田啓子:渡辺美樹
看護婦見習・美川悦子:高部知子
薬剤師・桜間徳江:一谷伸江
延命順作:イッセー尾形
受付・中里愛:愛田夏希
事務員・鈴木冬子:津賀有子
撮影技師・上原悟:川崎麻世
土田光子:泉晶子
四方肇:益己健
四方花枝:瀬島充貴
精神科医・郷明子:白川由美
外科医・木井省三:津川雅彦
看護婦長・四方直子:山岡久乃

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谷村新司・堀内孝雄 「チャンピオン」

2017-01-21 01:28:55 | アリス・谷村新司
谷村新司・堀内孝雄 「チャンピオン」


http://blog-imgs-75.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201506211619239cb.mp3

つかみかけた熱い腕を
ふりほどいて 君は出てゆく
わずかに震える 白いガウンに
君の年老いた悲しみを見た
リングに向う長い廊下で
何故だか急に君は立止まり
ふりむきざまに俺にこぶしを見せて
寂しそうに笑った
やがてリングと拍手の渦が
一人の男をのみこんで行った
[you're King of Kings]
立ち上がれもう一度 その足で
立ち上がれ 命の炎を燃やせ

君はついに立ち上がった
血に染まった赤いマットに
わずかに開いた君の両目に
光る涙が何かを語った
獣のように挑戦者が
おそいかかる若い力で
やがて君は静かに倒れて落ちた
疲れて眠るように
わずかばかりの 意識の中で
君は何を考えたのか
[you're King of Kings]
立たないで もうそれで充分だ
おお神よ 彼を救いたまえ

ロッカールームのベンチで君は
切れたくちびるで そっとつぶやいた
[you're King of Kings]
帰れるんだ これでただの男に
帰れるんだ これで帰れるんだ
ライ ラ ライ ラ ライ・・・・・



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青春残酷物語

2017-01-04 02:19:01 | アリス・谷村新司
青春残酷物語


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150421065650a86.mp3

貴方だけには 言えない事がある
それは死ぬまで 言わない
鳴り響くベルに 消される
窓ごしの貴方の さよならの言葉

傷つくことに 気づかないままに
暮らし続けた あの頃は
今にして思えば 楽しかったものね

私は夢を 追えないで
一人 今 汽車にのる
貴方は何も 知らないままで
この駅に 立たずんでいる

青春はいつも 残酷なほどに
美しいドラマの 幕を下ろしてゆく

体に宿した 小さな
貴方の命を 抱きしめて見つめる
貴方だけには 言えない事がある
それは死んでも 言わない

少年のかげりを 残したまま
傷つけた 私に気付かない
貴方の横顔が ぼやけてかすむわ

貴方は夢を 追いなさい
二度と会う事は ないかもしれない
女はいつも 夢だけ見つめて
生きてゆくことは できない

青春はいつも 残酷なほどに
美しいドラマの 幕を下ろしてゆく

青春はいつも 光と影だけがおりなす
悲しいドラマに 似ている



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陽はまた昇る

2016-12-31 03:55:43 | アリス・谷村新司
陽はまた昇る / 谷村新司


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/2015042106431338b.mp3

夢を削りながら 年老いてゆくことに
気がついた時 はじめて気付く 空の青さに
あの人に教えられた 無言のやさしさに
今さらながら 涙こぼれて
酔いつぶれた そんな夜
陽はまた昇る どんな人の心にも
ああ生きてるとは 燃えながら暮らすこと
冬晴れの空 流れる煙 風は北風

鉢植えの紫蘭の花 朝の雨にうたれ
息絶えだえに ただひたすらに 遠い窓の外
もしかして言わなければ 別離ずにすむものを
それでも明日の 貴方のために
あえて言おう 『さよなら』と
陽はまた昇る どんな人の心にも
ああ生きてるとは 燃えながら暮らすこと
春まだ遠く 哀しむ人よ 貴方を愛す

陽はまた昇る どんな人の心にも
ああ生きてるとは 燃えながら暮らすこと
春まだ遠く 哀しむ人よ 貴方を愛す
春まだ遠く 哀しむ人よ 貴方を愛す





人それぞれに夢があります。

たとえ、それが他者から見て、ほんのささやかで、ちっぽけな夢であったとしても、それはその人にとって、かけがえのない夢であるはずです。

Dreams come true-夢は現実となる、夢は叶う。
好きな言葉です。
でも、なぜか、せつない言葉です。

ささやかな、ちっぽけな夢でさえも、ときとして、叶わざる夢となってしまうことも、哀しいことに、true-事実であることを知っているからです。
そう、Un unfulfilled dream-見果てぬ夢。

だからこそ、人偏に夢、人の夢と書いて、儚い-はかない、と読ませるのでしょうか。

夢を削りながら 年老いてゆくことに
気がついた時 はじめて気付く 空の青さに


若いというだけで、ただそれだけで夢があった、そんな夢見る頃を過ぎると…。

夢は夢にして終わるもの、だからこそ、それが夢なんだよねぇ~と、したり顔して、達観した顔つきになって、問わず語りに答えている。

そんな、自分の姿に気がつくときに、なぜかそこに、醜く老いそうな自分を見つけたような気がして、自己嫌悪に陥ることがあります。

人は、夢があるときは、前を向いて歩いていきます。
ときに早足に、ときに駆け足となっても、たとえ坂道であっても、目の前がドブであっても、前のめりになって、ずんずんと前を進んでいきます。

しかし、夢を失って、なすすべもなく、立ち止まったときに、人は恨めしげに、ただ天を見上げることになります。

そこではじめて、いままで気がつかなかった、空の広さ、空の青さに気がつきます。

夢は失った…、でも、そのおかげで視野は広がった…、見えなかったものが、見えるようになったんだ…、そう考えたい、ものなんですけどね。

あの人に教えられた 無言のやさしさに
今さらながら 涙こぼれて
酔いつぶれた そんな夜


やさしさは、言葉や態度にして表現しなければ、人に伝えられないものではありません。

しかし、また、言葉や態度にして表現しなければ、伝わりにくいのも事実です。

でも、決してやさしさは、饒舌ではありません。

言葉だけなら、なんとでも、掛けることができます。
目に見える態度だけならば、演じることもできます。

しかし、相手を思えば思うほど、相手の苦悩を背負いこみ、その重圧に、寡黙になってしまう。
思い余りて、言葉足らず…。

ただ、見守るだけの無言の中のやさしさ。
それもまた、やさしさの本質だとぼくは思います。

陽はまた昇る どんな人の心にも
ああ生きてるとは 燃えながら暮らすこと
冬晴れの空 流れる煙 風は北風


そうです…、朝の来ない夜はありません。
それは真実、誰もが分かりきっていることです。
誰もが経験していることです。

でも、そう言い聞かせても、眼前に広がる漆黒の闇は、永遠に続きそうな気配を感じるものです。

しかし、やはり、陽はまた昇る…。
そう自分の心に、強く言い聞かせて、歩き出さなければならないことが、人生の中では多くあります。

人生は重き荷物を背負いて遠き道を歩むが如し。

徳川家康の言葉とされている、この有名な言葉なんですが、ときとして、うっかり忘れらてしまうのは、これに続く言葉です。

人生は重き荷物を背負いて遠き道を歩むが如し。
急ぐべからず。

同じく、家康の性格を現すとされる「鳴かぬなら 鳴くまでまとう ほととぎす」という句と重ね合わせれば、家康が、ただ人生の労苦の実相を述べているだけではなく、「ときを待つべきのみ」、と、対処のアドバイスしてくれているのが、よく分かると思います。

削りに削られた夢のかけらを抱きしめて、やがて陽が昇るのを信じて、辛抱強く、忍耐強く、あせらずに待つ…、それが、今さらながらに大切だと思います。

鉢植えの紫蘭の花 朝の雨にうたれ
息絶えだえに ただひたすらに 遠い窓の外


紫蘭は初夏の野辺に、群生して咲くのが似合う紫色の花…、そして花言葉は、互いに忘れない…です。

しかし鉢植えにされた紫蘭は幸せなのでしょうか。
そばにいるだけで、互いに忘れないのでしょうか。
そばにいて、互いに忘れていく予感。

何事につけて、無理をすれば、いっときは華麗に花を咲かせることもできるのでしょうが、いつかはその無理が、どこかにひずみとして出てきてしまいます。

一所懸命の姿勢は大切なんですが、あくまで自然体で、けっして無理をしてはいけません。

手に取るな やはり野におけ れんげ草

もしかして言わなければ 別離ずにすむものを
それでも明日の 貴方のために
あえて言おう 『さよなら』と


多くのしがらみの中で、喉まで出かかった言葉を飲み込み、平穏さを装おいながらも、やはり心の奥底に広がるわだかまりの海。

善なる争いも、悪い平和もないのだからと、みずからに言い聞かせながらも、逡巡する心。
その心の旅路の果てに、導き出した答えはひとつ。

明日のために、そして、貴方のために、あえて…。

陽はまた昇るとは、明日を信じること。
そして、未来を信じること。
つまりは、自分を信じること…。

陽はまた昇る どんな人の心にも
ああ生きてるとは 燃えながら暮らすこと


生きてるとは、燃えながら暮らすこと。
しかし、考えりゃ、そりゃ、大変ですね。
あちらこちらで、燃え上がってくれちゃ…。
消防士さんは、オチオチ寝てられません。(笑)

…って、最後の締めくくりは、やはり、ふうちゃんらしく、しょうもない親父ギャグでした。(笑)

でも、そんなギャグを期待されている方も多いので、あえて…、そんな貴方のために…。(^^ゞ

でも、やはり、最後は決めましょう!!

春まだ遠く 哀しむ人よ 貴方を愛す
春まだ遠く 哀しむ人よ 貴方を愛す


冬は必ず春となる…。


堀内孝雄さん、矢沢透さんと、伝説のビッグバンド「アリス」を結成していた、谷村新司さん。
古くからのファンは、チンペイさんと呼びます。
「ヤングタウン」「セイヤング」などの人気の深夜ラジオ番組を持っていましたね。

ちなみに、ふうちゃんは、高校時代、声と話し方などが、谷村さんによく似ているという噂が学校で立って、あまりよく知らない同級生の女の子たちから、よく、突然に、電話を貰いました。

声を聞きたい…、それも純粋に声を聞いてみたいというだけの電話で、電話の向こうでクスクスと、笑い声のする電話でした。(笑)

でも、しゃあないから、どうも~ありがっとぉ~♪、で、受話器を置きました。
あの頃から、サービス精神旺盛やったんやね。(笑)

でも、言うとくけど、チンペイさんほど、おでこはそんなに広くなってない。…けど、すけべさでは、いい勝負になってきたかも。(笑)


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男と女

2016-12-15 06:16:53 | アリス・谷村新司


http://blog-imgs-83.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20151030012329795.mp3

何かが変わる 夏も過ぎた海は
あの日の ざわめきも 嘘のように夕凪のまま
いくつもの愛を呑みこみ
あんなに美しく煌めいて
私は 変わる旅に出る前に
愛の亡骸を捨てにきたの

男と女が繰り返すドラマを演じてきた
下手な女優みたいに
終われば唯の女

日に焼けた肌 ワイシャツで隠し
夕日に染まる唇を重ね確かめ合った
一瞬の愛に気づかず 傷ついたあの夏の5日間
愛の嵐が過ぎた秋の海は 幕を忘れた夜の舞台

寄せては遠ざかる永遠のドラマも
二通りの終わりしかないことを
砂と波は知らない

男と女が繰り返すドラマも
二通りの終わりしかないことを
知っているはずなのに



男は男同士でけなし合うが、本当にそう思っているわけではない。
女は女同士で褒め合うが、本当にそう思っているわけではない。

男女の違いはいろいろあると思いますが、それを笑い飛ばせるくらいが良好な関係を築けるのかもしれません。(笑)





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残照

2016-11-08 06:13:57 | アリス・谷村新司


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201504210700552db.mp3

足早に暮れてゆく 秋の夕陽のいさぎよさ
久しぶり に散歩する父と二人の遠回り
はるか昔にこの人の背中で聞いた祭りばやし
遠く聞こえ て道の向うに目をやれば
影を落として小さなカラスが空を行く

“人生は祭りのよう” 何気なくあなたは言った
その後の耐える勇気が出来ました
残り少ない祭りの夜はせめて一緒にそばに座って
酒でも飲んで同じ話を繰り返し
胸のページに書き写してすごしていよう

哀しくて哀しくて体全部が哀しくて
目頭が熱くなり思わず貴方を追い越した
見えていますかこれが貴方の 見えていますかこれが貴方の
夢を削った夢を壊した背中です
震えているのはきっときっと・・・
震えているのはきっときっと・・・




ほんま、ここんとこ、めっきり、寒うなってきましたな。
今年は夏が暑かったさかいに、よけい寒さ、からだに染みますな。
えっ?、えらいなんか、親しげに声かけてくれはるけど…、って?。

あなた、いったい誰?ってか。
ハナテン中古車センター~、って、ちゃうやんかってか。
もっとも、これ分かる人は、かなり大阪ローカルな人やろうけどな。

まっ、ええわ、わしのことを、尋(たん)ねてはるんかいな。
せやな、いったい、わしは、なにもんなんやろな。

まっ、線香くさい話しは、あんまし好きやないんやけどな、ほんま、これが生々流転(せいせいるてん)、輪廻転生(りんねてんしょう)ちゅうやつなんかも分からんな。
まあ、人身(にんじん)は受け難しともいうらしいしな。

あるときは、人に生まれ、男に生まれて、女に生まれ、あるときは、虎に生まれ変わって、あるときは、猫となって生き、犬となって死して、また銀バエとなったことも、あったような気がするで。

まあ、銀バエやったとしても、いまの季節や、もう冬の蝿やろし。
よぼよぼと歩いている蠅。指を近づけても逃げない蠅。そして飛べないのかと思っているとやはり飛ぶ蠅、そんな感じなんやろなあ。

そんなこんなで、ほんで、いまは、わし、なんと、蚊や。
なんの因果か知らへんけど、蚊に生まれ変わったみたいやな。

それも、いまの季節の蚊やさかい、哀れ蚊(あわれが)いうらしい。
えっ、哀れ蚊って、なんか風情(ふぜい)あるやんかってか。
なぐさめてくれてんのか、まあ、おおきに、ありがとさん。
けど、あんまし、嬉しうないけどな。

いずれにしろ、季節はずれの弱々しい蚊を、古人達は、「あはれ蚊」と呼び、手で打ったり、除虫香をたいたり、という事をしなかった、というようなことを、デスノートか、ライナーノートかなんか知らんけど、それに書いてくれた、優しいちゅうか、軟弱ちゅうか、そんな歌手がいてくれたおかげで、まあ、殺生されんと、生かしてもろうてまんのや。

もっとも、もっとむかしの時代に、死のうと思っていたのに、お年玉に夏物の着物をもらったから、夏まで生きていようと思った、っちゅうような、これまた、おなごと心中でもしそうな、わけのわからん軟弱そうな小説家も、哀れ蚊のことを、書いてるけどな。

その作家の小説の中では、哀れ蚊を、秋まで生き残されている蚊のことで、蚊燻(かいぶ)しは焚(た)かない、不憫(ふびん)なゆえに、と老婆に語らして、古くからの風習があるように書いてるけど、どこぞが出典なんかは、とんと、分からんかったな。

まあ、この小説には、ほかに、北国の冬の寒い晩には、寝巻を脱いで裸になって抱き合って寝るみたいなことも書いてあるけど、出所不明の都市伝説みたいなようで、青森の津軽出身の人に聞いても、「わがんねぇ、したばって、寒ぐねえべか」、なんて反対に聞き返されたりするから、一般的には、ちょっと眉唾(まゆつば)もんなんかもしれんな。

まあ、それが無頼派たる太宰治の魅力なんやろかな。
太宰治ちゅう作家は、わしが人として生まれたときの中学一年生の頃の国語の教科担任やったK先生が好きな作家でな、その先生の影響で、わしも好きになったちゅう作家なんや。

そんときにな、同じように太宰が好きな、せやなアグネス・チャンにちょっと似た感じの同級生の娘(こ)がいてな、放課後の図書室で、太宰の作品の話なんかしているうちに、なんとなく良い雰囲気になって、…たんやけど…、なんせ、うぶやったからなあ…。

…って、おっと、そんなことより、わし、いま、哀れ蚊やったな。

なんか寒いなぁって思うたら、風花が舞ってるやんか。
人にしたら、風花って、風流なんかもしれんけど、わしらにしたら、隕石みたいなものや、当ったら吹っ飛んで、いのちにかかわるわ。

風花って言葉があるの知ったんは、北海道出身の作家の作品の中やと思うから、風花っていうのは、北海道や東北の雪国の言葉やと思ってたら、本来は、山などに降り積もった雪が風によって飛ばされてくる雪片のことで、静岡や群馬で見られるような気象現象いうらしい。

まあ、わしは、育ちが大阪やから、雪は、めったと見かけんかったし、風花いうよりは、細雪いう方がなじみがあるんかもしれんけど、その谷崎潤一郎の「細雪」という小説に出てくる船場ちゅう地域は、わしのご先祖さんが商いの店を構えていた東横堀の近くやさかい、むかしのわしのご先祖さんも大阪の細雪は見てたかもしれんな。

江戸時代、大阪は浪華八百八橋いわれるくらい橋が多いんで有名やったんやけど、東横堀ちゅうのは、豊臣秀吉の命で作られた運河で、その川に架かる橋のひとつの瓦屋橋北詰に、江戸時代前期から幕末維新の頃まで、わしのご先祖さんの店があったらしいんや。

我がご先祖さまのいずれの時代の、いとはんなんか、こいさんなんかは知らんけど、東横堀川の流れに行き交う交易廻船を見つめながら、母親にも打ち明けれん、悲しい恋に、悩んでたんかも知れんな。

子守をしてくれた丁稚(でっち)に、ほのかに抱いた恋心を胸に秘めて、大店(おおだな)のぼんとの祝言(しゅうげん)の話しを、お店のために、受けよか、受けまいか、なんて考えてたんかもしれんなぁ。

あるいは、その丁稚が、いずれ手代、番頭になって、入り婿養子として認められるまで、黒髪に雪が舞い降りるが如くの白髪になるまで、待ち続けようかなんて、いじらしくも悩んでたんかなぁ、なんてなぁ…、しかし、まあ、想像というよりは、かなり妄想めいてきたかも知れんな。

でも、いまどき、こんなラブストーリー思いつくのは、くだんの軟弱な歌手か、ふうちゃん くらいしかおらへんやろな。

しかし、妄想というよりは、ちょっとした淡い夢物語やと思わへんか。
まあ、胡蝶も夢を見るそうやから、哀れ蚊も夢くらい見させてぇ~や。

せやけど、いま時分の季節いうたら、ほんま人恋しい季節やな。
とくに暮れそうで暮れない黄昏どきなんかは、ほんま人恋しいやろ。
えっ、あんたは、人恋しいやのうて、人肌が恋しいんやろってか。
哀れ蚊やから、また、血ぃ、吸いたくなったんやろってか。

言わんといて、蚊いうても、血ぃ吸うのは、繁殖期のメスだけやし。
いつもは、花の蜜や果汁、木の樹液なんかを吸うてるし、なんせ、わしは、哀れ蚊やで、そんな色気も、食い気も、とうにあらへんがな…、っていうてたら、どこぞから、かすかにええ香りしてきたな。

ええ香りいうても、食道楽大阪の食欲そそる、うまい匂いとちゃうで。
上品な、風情のある、せやな、たおやかな香りちゅうんかな。
ああ、でも、もう夕間暮れやな、夕凪ゆうんか、風が止まったな。

風が止まれば、空気は、澱(よど)んでしまうけど、香りは残る。
風が緩み、香りがよけい優しうなった気がするけど、どこからや。

あっ、そうか、目の前の神社の横の植え込みの木やな。
こんな街中にも神社残ってるんやな。
二千年まではいかんとして数百年くらいの由緒はあるんかな。

おっ、あそこ、あの、白い花か、そうか、あれ、銀木犀やな。
金木犀と比べたら、花も香りも控えめやけど、わしは好きやな。
花言葉は、たしか「ただひとつの恋」、そして「初恋」やったかな。

…ふっ。

えっ、なに、溜息ついたんやてか。
まあ、ええやんか、うん、せやな、早春の香り、弥生三月の頃の沈丁花 (じんちょうげ)といい、深まる秋の香り、神無月十月の頃の木犀といい、季節、季節に香る花があるやろ。

ほんで、その香りのするおりふしに、ひとそれぞれに、なにかしらの想い出があるんやろなぁっ、て思うたら、なんか切のうなってきてもうてな、思わず溜息がでてもうただけや。

それに秋は、視覚的には、花だけやなくて、モミジなんかの葉っぱも彩り豊かになって、銀杏黄葉や、伊呂波(いろは)紅葉に楓紅葉、ぶな紅葉、桜紅葉、おなじモミジいうけど、それこそ色々とあって、やはりその色づく葉たちが舞い散るおりふしに、ひとそれぞれに、なにかしらの想い出があるんやろなぁっ、て思うたら、やはり切ないわな。

ほんで、いつも、いうことなんやけど、あの人も、この人も、逝きはったんは、去年今年(こぞことし)のことやったんやなぁ、なんて思うたらね、年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず、なんて言葉を、ほんま、近頃は実感する、今日この頃ですわな。

時というのは、一瞬一瞬の積み重ねや、けど、連綿と続くもんや。
ほんで、また、時を待たなぁ、あかんときもあるんや。
でも、信号の色は、故障でもせん限り、いつかは変わるもんや。

けど、変わるのを待ちきれんときもあるわな。
待ち続けて、待ち続けて、でも、待ちきれんときもある。
長い間、待ち続けて、待ち続けて、けど、時を失くしてしまう。

そういえば、胡蝶の夢という話しは、中国の戦国時代の宋国の思想家で、老子と並ぶ道教の始祖の一人の荘子の説話やったな。

蝶として、ひらひらと舞っていた夢を見て、ふと目覚めたところ、はたして自分は、蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は、蝶が見ている夢なのか、という話しやったな。

まあ、この話しは、ファンタスティック(fantastic)な、幻想的な説話というよりは、どっちかというと、フィロソフィカル(philosophical)な、哲学的な説話やろなぁとは思うで。

しかし、まあ、いずれにしろ、自分が蝶になったとしても、あるいは蝶が自分になったとしても、つまりは自分が自分であることには、なんら変わらへん、ちゅうことやろ。

イチョウの葉が、緑色から黄色に変化して、黄葉となって舞い散ったとしても、やはりイチョウはイチョウであるのと同じことやな。

出会いと別れを経験して、二人が一人になったとしても、やはりもともとの一人に戻っただけで、なんら変わらへん、ちゅうことや。

二人でいたときのことが夢のように思えて、つまりは、それも夢。
夢は夢のうちに、覚めるものなんかもしれん。

人の一生ちゅうのは、長く思えても、所詮は、穀物が煮炊き上がるくらいのほんの短い時間に見る夢に過ぎないというこっちゃやな。

これを、一炊(いっすい)の夢とか、邯鄲(かんたん)の夢、盧生(ろせい)の夢、邯鄲夢の枕、黄粱(こうりょう)の一炊とかと、言うねんな。

このへんの古典の用語は、たいして勉強せぇへんかったけど、若いときの受験勉強のおかげで、今でもああ時間足らんいうて、冷や汗をかくよな試験の夢に出てくるわ。

しかし、ほんまのとこ、人の夢と書いて、儚い(はかない)と読ませるのは、よう言うたもんやと感心するで。

心変わりは人の世の常、ちゅうやろ。

確かに、万古不易(ばんこふえき)に変わらんようなもんは、そうそうにないもんさかいな。

諸行無常(しょぎょうむじょう)なんて、したり顔せんでも、いつか、みんなみんな、移ろってゆくもんやし。

心変わりを告げるまでに、どんなに、なやみ、ためらったのかが、分かるほどの関係だったからこそ、綺麗ごとで済むような淡い関係やなかったからこそ、思わず言葉をさえぎったんやと思う。

心変わりを告げる言葉が、諸刃の剣(もろはのつるぎ)となって、相手の心を傷つけながら、自分の心も切り刻んでいくのかが、痛いほど分かるから、さえ切ったんやと思う。

だから、これを単なる男の女に対する優しさとか、思いやりとか、優柔不断さとか、あるいは男の女に対する見栄や強がり、あるいは負け惜しみなんて、思わんといたってほしいな。

せや、男や女やという、性別は関係あらへんな。
はやりでいうなら、ジェンダーフリーいうんかな。

せやけど、どんな努力をしても避けられない別れを、誰のせいとか、何かのせいにするわけやのうて、人としてのいきざまとして、自然のなりゆきとして、受け入れていくことは、ほんま大切なことやと思うんやで。

現実は現実としてありのままに受容していくしかない、これは諦めが大事ちゅう悲観的なマイナス思考の意味やのうて、これが、ほんまの「諦念」ということにつながるのかなと、わし、最近つくづく思うな。

変わらない信号に、いらだちを感じていたのは、おたがいさま。
つまりは、結果として、待ちきれなかったのが、相手だとしても、それはたまたまのことで、あるいは待ちきれなかったのが、ひょっとしたら、自分の方になっていたかも知れへんのやな。

二人が別れることなんてない、と思うてたのは二人ともおんなじ。
心変わりなんてするわけない、と思うてたのも二人ともおんなじ。

だから、その心変わりに驚いたのは、心の準備がない、告げられた方はもちろんそうなんやけど、心の準備があったはずの告げた方にとっても、そんな自分の心の変わりように驚くこともあるんやと思うよ。

せやから、つまりは、別れは、人の世の常、ちゅうことや。

おそらくは、自制心という心のコントロールは、余裕のあるときはええねんけど、なにかの瀬戸際に追い込まれたときなんかは、過度に自制心でコントロールしようとすると、心を壊しかねへんねん。

せやから、なにかが起こったときに、なにかを失くしたときに、自分はそれをどう受け止めて、どんな行動をとったらええんかを、平常心のなかで、考えておくべきことなんかもしれん。

考えておくというよりは、すこしつづ、心にとどめておくということかな、そう、それを、心づもりというんかもしれんな。

それにつけても、良きにつけ悪しきにつけ、いままでの桎梏(しっこく)から解放されて、自由になる部分もきっとあるはずなのに、流れに巻かれたはぐれ雲のように、所在なさげになるのはなんでやろね。

そういうたら、「桐一葉落ちて天下の秋を知る」、桐の葉が一枚落ちるのを見て、秋の訪れを知ることをいうらしい。

たかが葉っぱ一枚、されど一枚、桐の葉って、けっこう大きくて存在感があって、夏の季節は空を隠すほどの木陰を作ってるから、桐の葉が落ちて秋空が広がってるのを見て、秋の訪れを知るんやろ。

孤高のうちに薄紫色の桐の花が咲いていたこともまた夢のように。

そういうたら、「浪華のことは夢のまた夢」、と辞世の句を詠んだ太閤はん、豊臣秀吉の豊臣家の紋章は、五三ノ桐やったな。

ちなみに、我が先祖さんの家紋は、五つ鐶に三つ鱗なんやけど、女紋は、なんでか、五三ノ桐やねん。

家紋としては、あまり接点のない、五つ鐶に三つ鱗と五三ノ桐なんやけど、まあ、やはり、男紋と女紋のことやさかい、なんやかやと、いろいろとあったんやろうかとも思うけど、まだ調べ足りんわな。

…って、あほな…、わし、いま、哀れ蚊やったな。
そんなことは、ふうちゃんにまかせとこか。

日が落ちて、寒うなってきたし、わし、もう飛ぶ力もなくなってきたみたいやし、今生(こんじょう)は、このへんで終わりかもしれんな。

生まれ変わりをまったく信じているわけやあらへんけど、まあ、もし生まれ変わったとしたら、来世も、この感性だけは、後生大事(ごしょうだいじ)にしたいなって思うわ。

哀れ蚊の一生も、考えてみたら、捨てたもんやなかったかもな。

今度の一陣の風に舞い散る銀杏黄葉に乗ってみたろかな。
大きな空に吹きわたる風になった気分で、気持ちええかもな。

いずれにしろ、銀杏黄葉が舞い散ったあとの交差点。
信号が青から黄、そして赤に変わるんが、よう見えよるわ。
そして、また青へと変わり、それが繰り返されていくんや。

緑から黄や赤へと色を変えた葉っぱたち、枯葉たちまで散ったあとの裸の木々たちは、ほんま、寒そうに、凍えそうに見えるわなぁ。
でもな、ほら、よう見てみぃや。
すぐにまた、葉っぱの新芽が芽生えてくるんやで。
あたらしい花芽もふくらんでくるんや。
まるで、たったいま出会った想い出を養分にしているかのようにして。

そう、めぐる季節に…。
おおきに、ありがとさん、ほたら、またな…。

冬きたりなば春遠からじ。




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さらば青春の時

2016-10-01 01:36:04 | アリス・谷村新司
さらば青春の時 谷村新司


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/2016093011530604b.mp3

振り向かないで 歩いてゆける
そんな力を与えて欲しい

やすらぎの時が 青春ならば
今こそ笑って 別れを言おう

遥かな夢を捨てきれないままに
熱い血潮は逆まく胸に

振り向かないで 歩いてゆける
そんな力を与えて欲しい

この世に生れた 唯それだけに
甘えて暮らして 生きてはゆけない

遥かな夢を捨てきれないままに
熱い血潮は胸を焦がして

振り向かないで 歩いてゆける
そんな力を与えて欲しい

遥かな夢を捨てきれないままに
熱い血潮は胸を焦がして

Ah…
振り向かないで 歩いてゆける
そんな力を与えて欲しい
Ah… Ah… Ah… Ah… Ah…




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秋止符 松浦亜弥 X 谷村新司

2016-09-30 04:53:17 | アリス・谷村新司
秋止符 松浦亜弥 X 谷村新司


http://blog-imgs-93.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20160930045552e59.mp3

左ききのあなたの手紙
右手でなぞって真似てみる
いくら書いても埋め尽くせない
白紙の行がそこにある
友情なんて呼べるほど
綺麗事で済むような
男と女じゃないことなど
うすうす感じていたけれど
あの夏の日がなかったら
楽しい日々が続いたのに
今年の秋はいつもの秋より
長くなりそうな そんな気がして

夢を両手に都会に出て
何も掴めず帰るけど
やさしさの扉を開ける鍵は
眠れない夜がそっと教えた
心も体も開きあい
それから始まるものがある
それを愛とは言わないけれど
それを愛とは言えないけれど
あの夏の日がなかったら
楽しい日々が続いたのに
今年の秋はいつもの秋より
長くなりそうな そんな気がして

春の嵐が来る前に
暖かい風が吹く前に
重いコートは脱ぎ捨てなければ
歩けないような そんな気がして




アリス17枚目のシングルで、1979年12月に発売されています。

ところで、この「秋止符」というタイトルですが、恋が秋に終わったことをひと言で表現していて絶妙なタイトルですよね。

「あの夏の日がなかったら」の1行が痛切、なんとなく消えてゆく恋もあれば、「痛恨の1日」を経て終わる恋もあります。

もっとも、それが夏の日とはかぎりませんが。(笑)


<五輪調査中間報告>スポーツ界猛反発 長時間の議論、泡に

都政改革本部の調査チームが29日、2020年東京五輪・パラリンピックの会場の建設中止など大幅な見直しを提言したことに、スポーツ関係者や競技団体は反発した。この日の大会組織委員会の理事会でも、批判的な意見が相次いでおり、波紋が広がっている。【小林悠太】(毎日新聞)

「スポーツ界猛反発 長時間の議論、泡に」という見出しですが、反発しているのは一部だけでは。(笑)

「長時間の議論、泡に」ではなく「長時間の迷走に、終止符」がホントのところのような気がします。

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狂った果実(Live ver.) / アリス

2016-09-30 04:33:14 | アリス・谷村新司
狂った果実(Live ver.) / アリス


http://blog-imgs-75.fc2.com/t/o/s/toshiichi/__x1ecnin_-_from_Dailymotion_by_Offliberty.mp3

ひとしきり肩濡らした冬の雨
泥をはねて行きすぎる車
追いかけて喧嘩でもしてみたら
少しぐらい心もまぎれる
狂った果実には 青空は似合わない
家を出たあの時の母のふるえる声は
今でも耳に響いてる 低く高く

ポケットで折れていたハイライト
おかしくて吸う気にもなれず
かじりかけの林檎をただ思い切り
投げつける都会の闇に
許してくれなんて 言えない今の俺には
ナイフすてたこの手で 回すダイヤルの音
せめてもう一度 刻みたい声がある

生まれてきたことを 悔やんでないけれど
幸せに暮らすには 時代は冷たすぎた
中途半端でなけりゃ 生きられない
それが今

狂った果実にも 見る夢はあるけれど
どうせ絵空事なら いっそ黙ってしまおう
せめてこの胸が裂けるまで
Silence is truth!





ひとしきり肩濡らした冬の雨
泥をはねて行きすぎる車


[ひとしきり肩濡らした冬の雨 泥をはねて行きすぎる車 追いかけて喧嘩でもしてみたら 少しぐらい心もまぎれる]ってありますが、 この人、傘も差さずに歩いていたのか、または傘が小さくて、傘から肩が出ていたのか、もしくは身体がでかくて、その傘からはみ出していたのでしょうか。
でも、いずれにしろ、颯爽とした歩き振りを想像できないのは確かです。

そのような情けない状況のもとでの歩行中に、車に泥をはねられたからといって、喧嘩を売るために、車を追いかけることができるのでしょうか。
まあ仮に、追いかけることはできたとしても、喧嘩まで仕掛けることができるのでしょうか。

まあ運よく、信号待ちでその車が引っかかっていたとしても、追いついたときには、すでに、ハアハア、ゼイゼイと息を切らしている状態でしょうから、喧嘩の啖呵を切る前に、結果は見えるようで、悲惨でしょうね。

心がまぎれるどころか、余計に落ち込みそうです。(笑)

まあ、無謀と勇気はときとして、同じ顔をして現れますので、いくばかの経験を積んだ大人さえも、よくはき違えますから、若いときにはなおさらかも知れませんけど。

いずれにしろ、喧嘩はあかんと、ふるえる声で、オカンっぽく口うるさくいってやりましょう。(笑)

狂った果実には 青空は似合わない
家を出たあの時の母のふるえる声は
今でも耳に響いてる 低く高く


果物狩りというのがありますが、やはり、果物狩りといえば、りんご狩りや梨狩りがいいですね。

たわわに実った果実をもぎ取るときに、垣間見える青空が、果実の鮮やかな、あかやみどり、きみどりに映えて、いいコントラストを醸し出します。

大阪でも、近郊では果物狩りが楽しめますが、いちご狩りやみかん狩が多く、いちごなどは露地栽培は少なくて、温室のビニールハウス内ですし、みかんも小山の陽の当たる場所ですが、若い低木が多くて、青空は似合わないです。(笑)

そうそう、ぶどう狩りもできますが、ぶどう棚がテントみたいになって、やはり青空は見づらいし、なによりも、ぶどうの粒粒を食べるのに忙しいです。(笑)

そんな忙しさに親がかまけているちに、子どもがぐれて、家を出て行く・・・なんてことはないと思いますが、最近は、子どもが家出するんじゃなくて、親が家出させられる、いや生きて、家を出されるならまだしも、金属バットで殴られたり、灯油で焼かれたりして、棺で出されるような物騒な事件も頻発しています。

むかしは、親の家という意識があって、その主(あるじ)たる親に反抗し、立ち向かうには、その家を出ることしか考えなかったような気がしますが、いまは小さな頃から、狭いながらも個室を与えられて、分権的に、自分の城を持っています。

そこで妙に勘違いして、親が主であることを忘れてしまって、勝手気ままに振舞い、そして親はまた親で、子どもが部屋にいる時には、拒否されることを怖れて立ち入らずに、遠慮がちに留守のときにだけ、掃除と称して言い訳混じりに、立ち入るくらいしかしない。

これじゃ、ホテルかレンタルルームです。
いっそのこと、お母さんは、メイドの衣装でも着て、「ご主人様、今夜のお夜食をお持ちしました。」って、子どもに持っていったら、この親のもとにいたら危ないかもと、子どもは自立するかもしれません。(笑)

動物の子育ては、子別れのセレモニーを持って終了しますが、人間の子育ては、子どもの自立をもって終わらなければなりません。
家出の勧めをするわけじゃありませんが、家を出たいというのは、自立するという前向きなことであり、そして自立するということは、親の扶養、庇護から離れて、社会に出て、自活するために、働かなければならないということでもあります。

働きもせず、就学もせず、勝手気ままに、自立もしない若者が増えているそうですが、親が存命中なら親が面倒見ればいいのでしょうが、そのあと、社会が面倒を見ることになるならば、ある意味では、自立支援のための半強制的な就労なども視野に入れて検討するべき時期になっているのかもしれません。

ポケットで折れていたハイライト
おかしくて吸う気にもなれず
かじりかけの林檎をただ思い切り
投げつける都会の闇に


額に汗して働く、労働者の煙草、ハイライト、なんて言葉を知っている人もいるでしょうが、ハイライト (hi-lite) というのは、日本たばこ産業 (JT)がの前身である日本専売公社が1960年(昭和35年)に発売した、国産たばこの銘柄の一つです。

日本の大衆向けたばこの代表的な銘柄であり、「もっと陽の当たる場所」という意味のハイライトが、高度経済成長期の日本の、とりわけ、そのブルーのパッケージが、肉体労働を主とする労働者(ブルーカラー)のイメージと一致して、労働者の煙草などといわれたものです。
その後発売されたホワイトを基調とするパッケージのセブンスター系の煙草よりは安価だったので、金のない学生なども良く吸っていました。

徹夜などして煙草を切らし、灰皿にたまった吸殻の中から、長めを探し出してマッチ棒で突き刺して吸う、いわゆるシケモク吸いをした経験を持つお父さんも多いかもしれませんね。(笑)

いや、マスター(ふうちゃん)なんぞは、深夜のブログ更新作業中に煙草を切らしたときは、コンビニまで出かけるのが億劫で、いまだにしております。(笑)

ちなみに、ヘビースモーカーのマスター(ふうちゃん)は、現在は、マイルドセブンのONEのロングサイズです・・・っていっておけば、誰か送ってくれるかな。(笑)

おっと、煙草の話しで、かじりかけの林檎の話しを忘れるところでした。(笑)

かじりかけの林檎を、都会の闇に投げつける前に、かじったあとを見ておいてください。

林檎に血がついていたら、歯槽膿漏の疑いがありますので、歯医者さんに御相談ください。(笑)

えっ、じゃ、喰べかけの檸檬はどうするのかって?

その答えは、聖橋から放るなんですが、ここに入りびたりの人でこの答えが分からない人は、その前に、やはり、お医者さんに御相談ください。(笑)

記憶の減退と混乱というのも、認知症の初期に見られますから、御注意です。(笑)

許してくれなんて 言えない今の俺には
ナイフすてたこの手で 回すダイヤルの音
せめてもう一度 刻みたい声がある


ダイヤルを回す・・・なんてフレーズも、おそらく、いまや若者の多くは、なにをイメージするのか、分からないかもしれません。

まあ、いまでも、高齢者世帯では、ダイヤル式の固定式電話を使っている御家庭もありますから、知っている人もいるかもしれませんが。

あのダイヤルを回すときのジーコ、ジーコという音がサッカーを思い出させて・・・、じゃなくて、あのダイヤルが戻るときの間(ま)が、なんともいえない時間でしたね。

ダイヤルが早く戻って、早くつながれ思ったときもあれば、ダイヤルが戻るあいだに、心が揺れて、手を止めて、受話器を置いてしまった・・・なんて、情景を思い出す人もいるかもしれませんね。

いまやダイヤル式からプッシュ式へどころか、家庭に一台の固定電話から、個人に一台の携帯電話が主流となって、電話の使い方が、昔とまったく変わってしまいました。

いつでも、どこでも、つながる電話、でも、それでもつながらないときは、より一層、深刻かもしれません。

電話はつながっても、こころがつながらない電話、・・・電話をかける前の人の心の揺れや、受話器から聞こえる声に思いをめぐらすのは、やはり、いまもむかしも変わらぬものがあるのかもしれません。

そういえば、変わらぬものといえば、最近、マスター(ふうちゃん)の家では、固定電話を光電話に変えましたが、なぜか通話が明るくなったり、早くなったりしていませんけど、どうしてなの?。(笑)

生まれてきたことを 悔やんでないけれど
幸せに暮らすには 時代は冷たすぎた
中途半端でなけりゃ 生きられない
それが今


時代の寵児ということばがあります。

その時代の風潮に合った才能を発揮して成功し、人々にもてはやされるような人のことです。
時の女神に寵愛された人とでもいいましょうか。

一方では時代の風に翻弄されて、あだ花ひとつさえ咲かせなくて、散っていく人もいます。
生まれるのが早すぎた、または遅すぎた、いずれにしろ、その時代に適合しないと感じることは、決して少なくはないと思います。

ことに青春時代は、経験の浅いゆえに、未成熟なゆえに、そう思うことが多いと思います。

そんな人も、やがて時代に飲み込まれて、建前を受け入れて、さらにうそも平気でつくようになり、真実(ほんとう)は違うのだと思いながらも、仮面をつけて沈黙を続けていかなけりゃならないこともあると思います。

しかし、その沈黙の中で、やはり真実(ほんとう)は違うのだと、思いつづけることが、青春の頃の夢に忠実でありたいと思うがゆえの、ささやかな抵抗のあかしとして、心のすみに置いておきましょうか。

沈黙こそが真実。

そして、そんな自分のすがたが真実。


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三都物語

2016-06-27 04:30:48 | アリス・谷村新司
谷村新司 平原綾香 「三都物語」 2015/05/18


http://blog-imgs-80.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150629195603a74.mp3

胸さわぎの 旅は いま始まって
時の流れのままに こころを遊ばせ
この私は 誰を 訪ねるあてもなく
まるで詩人のように 景色に染まって
ああ なんて
街 それぞれ 美しいの
ああ なんて
人 それぞれ 生きているの
昨日 今日 明日 変わり行く私
紅くいろづくときめきを
誰に告げましょう

風そよげば ひとり 胸抱きしめて
愛の不思議を思う 吐息をもらして
この泪(なみだ)は きっと 感じるよろこびね
揺れる瞳に映る 季節に恋して
ああ なんて
街 それぞれ 美しいの
ああ なんて
人 それぞれ 生きているの
朝に舞う夢
黄昏(たそがれ)に出会い
ほんの一時(ひととき)のためらいを
すっかり誰に言いましょう
昨日 今日 明日 変わり行く私
紅くいろづくときめきを
誰に告げましょう





三都物語(さんとものがたり)は、1990年(平成2年)に開始された西日本旅客鉄道(JR西日本)のキャンペーンの一つだったわけですが、1992年に谷村新司さんがこのイメージソングとして制作された『三都物語』ですっかり言葉として定着しました。
三都はもちろん、京都・大阪・神戸の三都市。



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帰らざる日々

2016-03-01 02:14:23 | アリス・谷村新司
谷村新司 「帰らざる日々」


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201503030947393fc.mp3

最後の電話を握りしめて
何も話せずただじっと
貴方の声を聞けば何もいらない
いのちを飲みほして目を閉じる

Bye,Bye,Bye 私の貴方
Bye,Bye,Bye 私の心
Bye,Bye,Bye 私の命
Bye,Bye,Bye,Bye my love

何か話さなきゃいけないわ
わかっているけれど
目の前を楽しい日々が
ぐるぐるまわるだけ

Bye,Bye,Bye 私の貴方
Bye,Bye,Bye 私の心
Bye,Bye,Bye 私の命
Bye,Bye,Bye,Bye my love

酒びたりの日も今日限り
私は一人で死んでゆく
この手の中の夢だけを
じっと握りしめて

Bye,Bye,Bye 私の貴方
Bye,Bye,Bye 私の心
Bye,Bye,Bye 私の命
Bye,Bye,Bye,Bye my love

貴方の声が遠ざかる
こんなに安らかに
夕暮れが近づいてくる
私の人生の

Bye,Bye,Bye 私の貴方
Bye,Bye,Bye 私の心
Bye,Bye,Bye 私の命
Bye,Bye,Bye,Bye my love




知恵をしぼり、全力で取り組み、汗をかく・・・

かっての日本では、そういった政治家が多くいたような気がします。
よい意味でもわるい意味でもですが、ともかくそういった「真剣さ」は確かにあったようです。

しかし、今は・・・

現場には足を運ばず、ただただファッションと容姿の維持にだけ気を配るだけの環境大臣、現地に顔は出しても下着ドロだった照れなのかそそくさと立ち去ってしまう復興大臣、二転三転す答弁で右往左往しても平然としている法務大臣、などなど・・・
「知恵をしぼり、全力で取り組み、汗をかく」なんて遠い昔の話になっているようです。(笑)

Bye,Bye,Bye,Bye my loveだけの政界が正解とは決して思いたくないのですが。(笑)


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22歳

2016-02-05 00:46:49 | アリス・谷村新司
22歳


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150421062901dcb.mp3

白いシーツをまきつけ 背中でサヨナラの
悲しい別離を感じてた 窓の外は光る海

やさしさとか愛だとか 綺麗な言葉など
信じれる程 若くはない それは知っていたけれど

22歳になれば少しずつ 臆病者になるわ
何故かわかる? 貴方
私の髪の煙草の匂い 消えるまでの思い出ね
私の髪の煙草の匂い 消えるまでの思い出ね

やさしくもない貴方に 振りまわされた日々
遊びのふりを続けるには 夏は少し長すぎた

激しい愛の言葉で つづられた歌など
しばらくは もう聞きたくない 強がるには疲れ過ぎた

22歳になれば少しずつ 臆病者になるわ
何故かわかる? 貴方
愛の映画に照れて笑った 貴方が寂しかったわ
愛の映画に照れて笑った 貴方が寂しかったわ

22歳になれば少しずつ 臆病者になるわ
何故かわかる? 貴方
あー 夏がゆく傷を残して 風はもう秋の気配
あー 夏がゆく傷を残して 風はもう秋の気配



19歳少年に懲役10~15年求刑=川崎中1殺害―横浜地裁

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年上村遼太さん=当時(13)=が殺害された事件で、殺人と傷害の罪に問われたリーダー格の無職少年(19)の裁判員裁判が横浜地裁(近藤宏子裁判長)であり、検察側は不定期刑として最長の懲役10年以上15年以下を求刑した。(時事通信)

法廷での証言詳細

近藤宏子裁判長「これから、裁判員からの質問になります」

 《傍聴席から向かって左端に座る男性裁判員が、自らを「裁判員1」と名乗った上で、事件について質問を始める。法廷では犯行が行われた場所から殺人事件を「川崎事件」、その約1カ月前に被告が上村さんを殴りつけた傷害事件を「日吉事件」と呼んでいる》

 裁判員1「川崎事件の件ですが、A君(被告)はその事件の間、半分は誰かに止めてもらいたいと言っていたが、どんなふうな止め方なら止まったと思いますか」

 《当時、現場には被害者である上村さんのほか、傷害致死罪で起訴された少年B、Cがいた》

 被告「B君か、C君が強く言っていたら止まっていたかもしれません。言葉とか、おれを押さえつけたりすれば、止まったかもしれない」

 裁判員1「B君が止めに入ると、A君がB君に『何だよ』とか言うことはなかった?」

 被告「今までそういうことはないです」

 男性裁判員6「酒のことが気になります。酒ぐせが悪いとか、(飲むと)どういう状態になる?」

 被告「イライラしたときには、たまに殴ってしまうが、ほとんどはおしゃべりになります」

 裁判員6「事件当時、Cとかとどのくらい飲んでいた?」

 被告「普通のコップ5~6杯くらい。ビールジョッキより小さいコップです」

 裁判員「濃さは」

 被告「焼酎3で、7がお茶です」

 裁判員「酒には強い」

 被告「普段は酔わないが、1回捕まって、出てきてからは少し弱くなりました」

 《本当の犯行動機はなんなのか。男性裁判員2人に続いて、男性裁判官は犯行前の状況を再度確認した》

 裁判官「上村君にヤキを入れようと思ったと言うが、犯行前に(上村さんの知人である)Xからの報復を考えたりしなかったんですか?」

 被告「考えていませんでした」

 裁判官「ヤキを入れるだけで、後のことは何も考えていなかったということですか?」 

 被告「はい」

 裁判官「親に相談しないようだが、他にできる人はいなかった?」

 被告「友達にはいました」

 《裁判官はここで上村さんが殺害された際の被告ら3人の役割について質問していく》

 裁判官「上村君を切りつけた際だが、誰が一番多く切りつけたんですか?」

 被告「Bが一番多かったと思います」

 男性裁判官「Bは最初、カッターで切りつけるのを断っていた。あなたがカッターを渡したんですか?」

 被告「はい」

 男性裁判官「Bは断らなかったんですか?」

 被告「してないです」

 《ここで裁判官は犯行の動機について尋ねていく。これまでの裁判では、日吉事件での上村さんへの暴行を知った上村さんの知人グループが自宅に押しかけたことに怒りを募らせた被告が、上村さんを河川敷につれていってカッターで切りつけ始めたとされている》

 裁判官「上村君が日吉事件以外にも(知人グループの)Xに話をしたというが、どういう話をしたんでしょうか?」

 被告「賽銭盗をやるよう自分に頼まれたというような話です」

 裁判官「それで腹が立ったということですか?」

 被告「はい」

 裁判官「上村君はそのことを認めたんですか?」

 被告「認めました」

 《ここで裁判官は被告が犯行動機とする腹立ちが本当の動機なのか問いただす》

 裁判官「上村君を殺そうと思ったきっかけ、怒りの中身について確認したいんですが、腹立ちが大きかったんですか。カッターで上村君を切りつけた結果、Xからの報復が怖くなったんですか。2つのどちらが大きかったんでしょうか」

 被告「腹ただしさが一番大きかったです」

 裁判官「カッターで切りつけて、やっているうちに『ここまでやったらXの報復の可能性が大きくなった』ということでいいんですか?」

 被告「はい」

 裁判官「おおごとになると反動は大きいものです。やめようと思わなかったんですか?」

 被告「あったけど、できなかったんです。やめようとはいえなかったので、そのままやってしまった」

 裁判官「その場の雰囲気に流され、立ち止まれなかったと思っているんですね?」

 被告「はい」

 《2日から続く被告人質問。その最後を締めくくるように近藤裁判長が静かに口を開く》

 近藤裁判長「賽銭泥棒なんですが、いつも同じメンバーなんですか?」

 被告「メンバーは同じだけど、人数が違ったりします」

 近藤裁判長「賽銭泥棒のためだけに集まるんですか。それとも他の理由で集まってからやるんでしょうか?」

 被告「ゲームセンターとかで遊んでいて、誰かがオールしようと」

 近藤裁判長「なんですか?」

 《徹夜を意味するオールナイトを略してオール。公判を通じて時折、被告の口から出る表現を近藤裁判長は聞き慣れないためか回答をさえぎり確認した。被告は言い直して回答を続ける》

 被告「夜更かししようということになって、夜になって賽銭泥棒をしようと誰かが言い出してやることが多かったです」

 近藤裁判長「上村君が賽銭泥棒について、告げ口をしていたと思ったんですね?」

 被告「そういうこと(告げ口)をやっているようなことを聞いたので腹が立ちました」

 近藤裁判長「仲間の話からですか」

 被告「後輩から聞きました」

 近藤裁判長「上村君に川崎事件の時に問い詰めたんですか?」

 被告「はい」

 近藤裁判長「それは最初になぐった時ですか。それともカッターで切りつけたときですか。腕、足、首、どの部分を切っていたときでしょうか?」

 被告「最初に殴る前です」

 近藤裁判長「上村君はその時認めたんですか」

 被告「はい」


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それぞれの秋

2015-11-22 07:58:58 | アリス・谷村新司


http://blog-imgs-76.fc2.com/t/o/s/toshiichi/201504210635024e0.mp3

陽溜まりの坂道に立ちどまり
通りすぎる学生を見ていた
俺もあの頃はあんなふうに
きらきらと輝いて見えたろう
授業にも出ずに お茶を飲みながら
くだらない夢を話した
突然おこった不精ひげのおまえも
噂では苦労していると

今も忘れられないのはあの時の言葉
幸せになろうなんて思っちゃいけない

愛した女ひとりと 苦労を共に出来たなら
そんなささやかな人生も きっと悪くはない
夢、散りじり夏はすぎ去り それぞれの秋

たしか去年の初夏の頃
届いた一通の手紙には
旅好きなあいつのおふくろから
痛々しいほどの細い文字
ある雨の朝 見知らぬ町で
自ら命を終えたと
母に残した一行の言葉
悲しみだけが人生

今も忘れられないのは あいつの口ぐせ
人は自分の死に場所を捜すために生きる

ささやかに 生きている友達の
人生とは 一体何んだろう
あざやかに死んだ 友達の
人生とは、一体何んだろう
夢、散りじり夏はすぎ去り それぞれの秋

今では二人の思い出も 忘れかけるほどの毎日
ふと立ちどまる道端に 悲しいほど赤い落日

夢、散りじり夏はすぎ去り それぞれの秋
夢、散りじり夏はすぎ去り それぞれの秋




「ゴジラエルニーニョ」のせいなのでしょうか、11月も後半、少しずつ肌寒くなりそろそろクリスマスの季節到来を感じる昨今なのに、10月後半のような陽気・・・・・。
今年は、クリスマスもお正月も「雪」が観られない雲行きです。

だからでしょうか、世界の情勢も怪しく変化しそうな雲行きになっています。
「自由・平等・博愛」のフランスが同時多発テロのせいで非常事態宣言、フランスの呼びかけでイスラム国攻撃で協調するというロシア・アメリカ・イギリス・・・・・
日本は、攻撃参加は出来ないとしても、これを機にと危険なことを探る動き。

それぞれの国、・・・それぞれの秋。







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群 青

2015-11-21 07:45:48 | アリス・谷村新司
「群 青 」


http://blog-imgs-80.fc2.com/t/o/s/toshiichi/20150628043047610.mp3


空を染めてゆく この雪が静かに
海に積りて 波を凍らせる
空を染めてゆく この雪が静かに
海を眠らせ 貴方を眠らせる

手折れば散る 薄紫の
野辺に咲きたる 一輪の
花に似て儚なきは人の命か
せめて海に散れ 想いが届かば
せめて海に咲け 心の冬薔薇

老いた足どりで 想いを巡らせ
海に向いて 一人立たずめば
我より先に逝く 不幸は許せど
残りて哀しみを 抱く身のつらさよ

君を背おい 歩いた日の
ぬくもり背中に 消えかけて
泣けと如く群青の海に降る雪
砂に腹這いて 海の声を聞く
待っていておくれ もうすぐ還るよ

空を染めてゆく この雪が静かに
海に積りて 波を凍らせる
空を染めてゆく この雪が静かに
海を眠らせて 貴方を眠らせる




この曲は、1981年8月に公開された東宝映画「連合艦隊」の主題歌としてシングルリリースされ、映画のラストシーンでは大いに感動を盛り上た曲です。
この映画は、小林桂樹さんが山本五十六役、そして、中井貴一さんが特攻隊員役で映画デビューし、戦艦大和の精巧な模型も話題に上りました。

なお、谷村新司さんの「昴」と「群青」は、年長者の方、特に先輩や上司なんぞとカラオケする場合には、かぶらないように十分に注意しておく必要があります。(笑)

谷村さんのアリス時代の曲はほぼ全曲歌えても、ソロとなって以降の曲はあまり聞いてなかったぼくは、上司が勝手に「群青」を選曲して歌いだし、ワンコーラスでしどろもどろになって、マイクをいきなり手渡されて、無理やり引きずり出されるうちに、「群青」をマスターしてしまいました。(笑)

ですから、負け戦となることが分かっていながら、引きずりだされた山本五十六司元帥の心情は、なんとなく、よく理解できます。(笑)

それだけに、感情移入して、情感を込めた切々とした歌い方になるからでしょうか、スナックのママを感動させて、大いに泣かせたものです。(笑)

もっとも、ママといっても、母親に近い年齢のママさんに限られるのが………なんですがね。(笑)

ところで、

やってみせ言って聞かせてさせてみてほめてやらねば人は動かじ        

これは、座右の銘や、自己啓発、研修教材などで、よく引き合いに出される、大日本帝国海軍連合艦隊の司令長官、山本五十六元帥の有名な言葉です。

もっとも、山本五十六元帥の言葉と伝えられていますが、出典は、「為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」との言葉も残している江戸時代中頃の出羽国(山形県)米沢藩の財政再建を行った「清貧の名君」と呼ばれる藩主上杉鷹山公の言葉によるのではないかとの説もあります。(笑)

しかし、いずれにしろ、人心を掌握して、人を動かすときの、巧みな人事管理のエッセンスを、シンプルにして、かつ明瞭、明確な言葉で示した言葉ですよね。

まず、やってみせということは、まず自分がやってみせて、模範を示すということ、率先垂範であり、逆にいえば、自分がやれない、できもしないことは、相手に求めてはならないことをいってるのです。

言って聞かせて、ということは、ただ単に、やり方を一方的に押し付けるのではなく、相手が納得するまで、十分に説明をして、教え諭すということです。

そして、させてみるというのは、単に理論だけで終わるのではなく、実際に、やらせてみる、つまりは、実践が肝要であるということです。

しかし、いちばん、重要にしてかつ難しいことが、最後の、誉めてやるということです。

やってみせ、言って聞かせて、させてみて…う~~~ん、おまえ、なにを見てて、なにを聞いてたんや。

言うたやろが、ここはこう、ここはこうやるんやろ、ほら、見てみぃ、ぜんぜん、違うやろが…。

…と、言いたいのをこらえて、誉めてやる。

誉めるところがまったくないのに、誉めてやる…。

人を動かすことは、海底に沈んだ戦艦大和を動かすことよりも、さらに難しいことです。(笑)

連合艦隊司令長官の山本五十六氏は、当初、日独伊三国軍事同盟に反対し、無謀な対米戦争に懸念を表明しながらも、日米開戦が決定してからは、航空主兵論と短期決戦論にもとづいて、真珠湾奇襲攻撃を立案し、1941年(昭和16年)12月に、その作戦を実行して、成功を納め、国民的英雄となります。

しかし、山本五十六氏が予想したとおり、アメリカとの経済力、軍事力の差は大きく、開戦わずか半年後の1942年(昭和17年)の6月のミッドウェー海戦での敗退から、戦局は次第に悪化していきます。

そして、1943年(昭和18)4月、前線視察に向かった山本五十六氏は、ラバウル航空隊のあったパプア・ニューギニアのブーゲンビル島上空で米軍機の待ち伏せ攻撃に遭い、撃墜されて、戦死します。
山本五十六元帥、59歳の生涯でした。

もちろん、新潟県長岡市の旧家に生まれ、海軍兵学校卒、海軍大学卒、ハーバード大学留学のエリート職業軍人である山本五十六氏を、ここで悲劇の英雄視をしたり、美化したりするつもりはありません。

山本五十六氏をはじめ、日本をして戦争への道へと駆り立て、多くの国民を死に至らしめた軍人たちや政治家の罪は大きいと思います。

しかし、山本五十六氏の生涯を見るにつけ、いかなる知識や経験、見識を持とうとも、ひとたび誤った時流が渦巻く世となるならば、その時流に抗し切れない、人の弱さとずるさ、おろかさ、そして人の世の儚さを実感せざるを得ないのです。

せめて海に咲け 心の冬薔薇

冬薔薇と書いて、「ふゆそうび」と読みます。
歳時記によれば、冬、一月の季語になります。

冬薔薇は文字どおり、冬の薔薇のことですが、園芸品種的には、薔薇に冬咲きはなく、歳時記でも本来の薔薇は夏の季語とされています。

だから、冬薔薇は、夏咲きの薔薇が冬に残ったものか、あるいは季節を違えて、咲いてしまったか、つぼみをつけたものなのかもしれません。

冬薔薇紅く咲かんと黒みもつ  細見綾子

鮮やかに咲く紅い薔薇も、つぼみの頃は赤黒く、まして、凍えそうな冬の寒さに耐える冬薔薇ならば、より黒みがかって見えるのでしょう。
にもかかわらず、とき来たりなば、紅く咲くのです。

そういえば、清らかに白い「銭の花」も、つぼみの頃は血のにじんだように赤いそうですよ。(笑)

銭の花の色は清らかに白い
だが蕾は血のにじんだように赤く
その香りは汗の匂いがする
                     「細腕繁盛記」  花登筺

なお、冬薔薇に関連して、晩秋からクリスマスにかけて、花屋の店先で見かけるクリスマスローズ(Christmas rose)は、ローズ(薔薇)の名前をつけながら、バラ科ではなく、キンポウゲ科に属します。

老いた足どりで 想いを巡らせ
海に向いて 一人立たずめば
我より先に逝く 不幸は許せど
残りて哀しみを 抱く身のつらさよ


そして、このフレーズにいきつくとき、ぼくは、次の歌詞が、どうしてもオーバーラップしてしまいます。

空をつくよな大鳥居
こんな立派なおやしろに
神とまつられもったいなさよ
母は泣けますうれしさに
                    「九段の母」 二葉百合子

1939年(昭和14年)に、塩まさるという方が歌ってヒットした、戦時歌謡曲「九段の母」という曲です。
塩まさる氏の歌はさすがに聞いたことがありませんが、懐かしのメロディーとして、「岸壁の母」の二葉百合子さんが歌っていたのは記憶にあります。

九段というのは、いうまでもなく、靖国神社です。
戦死者は、お国のための名誉の散華(さんげ)、戦死として、ここに英霊として、神として祀られました。

しかし、老いた母は、神として祀られた息子とここで再会し、ほんとうに、うれしくて泣いたのでしょうか。

米軍戦艦に爆弾を抱えて体当たりの自爆攻撃をする神風特別攻撃隊、いわゆる特攻隊の兵士たちは、靖国神社で会おう、を合言葉にして、その多くは、海に消えていったそうです。

国民を臣民となし、神州大日本帝国の聖戦のよりどころとして、国家神道と靖国神社があったのです。

このような靖国神社の歴史的な経緯を踏まえれば、やはり、靖国神社の公式参拝に、執拗にこだわる政治家たちの意図が、純粋に戦没者の冥福を祈り平和を祈念する気持ちだけではないような気がするのは、ぼくだけでしょうか。

もちろん、政治家たちも含め、一個人が、一個人の立場として、靖国神社に、どのように参拝しようが、それは信教の自由として守られるべきことです。

しかし、私的見解ですが、国を愛する心、神仏を崇敬する気持ち、そして肉親への情愛を、巧みに利用しながら、悲惨な戦争へ
道へと突き進んだのが、太平洋戦争であり、その反省の上にたち、憲法で、政教分離が定められたのだと考えます。

ですから、戦没者を追悼し、不戦の誓いを、真摯に考えているのならば、なにも靖国神社への公式参拝や法制化に固執する必要はなく、国立の戦没者追悼平和祈念施設を整備すればいいのです。

反戦運動に関わった団塊の世代以上の方々が、高齢化し、保守化していく中で、その後の世代が無関心な中で、戦陣に散っていった方々の御霊を日本の祭祀形式で慰霊し平和を祈念することのどこが悪いんだ、という政治家たちの言い方に説得され、疑念を持たなくなるのを、ぼくは憂慮しています。

政治家たちの言動が、今度日本が戦争したときは、喜んでお国のために死んでくれるように、徴兵した兵士の士気が高まるように、戦没者をきちっとした国立の靖国神社で慰霊したいのだ、だからまず靖国神社に公式参拝をしているのだと、そう言っているように思えるぼくは、非国民でしょうか。(笑)

戦場で死ぬときは、「天皇陛下万歳」といって死ね、と教えられた若き兵士たちが、最後の言葉として残していったものは、やはり「お母さん」というのが多かったといいます。

母の愛は、海よりも深いといいます。
そして、深い深い海の色が…群青色なのです。

母と子の絆の深さは、良きにつけ悪しきにつけ、父親すら入り込めない関係があると思います。

帝政ドイツ時代に、父親から貰ったひとつの方位磁石(コンパス)に興味を持って、飽きずに遊んでいる一人遊びが好きな男の子がいました。

この子は言葉が遅れていたために、幼少期は知恵遅れではないかといわれ、小学校に入ってからも成績は最下位であり、大学入試にも失敗しています。

それでも、この子の母親は、この子は、ほんとはできる子なんだと信じて、そう育ててきました。

この子の名前は、アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)

のちに、それまで物理学の常識とされたニュートン力学を再構成させた特殊相対性理論を、1905年(明治38年)に発表した、20世紀最大の科学者です。

彼はドイツに生まれましたが、ユダヤ人であり、このために、ナチス・ドイツから迫害を受けて、アメリカに亡命しました。

そして、そのアメリカでは、ナチス・ドイツより先に核兵器を開発しようとする「マンハッタン計画」が立てられ、アインシュタインも、核兵器の抑止力を期待して、この開発計画の賛同者として名を連ねます。

しかし、開発された核兵器の原爆は、日本の広島・長崎に投下され、多くの犠牲者が出たのです。

後年、アインシュタインは、核兵器の開発について、いかなる理由があろうとも賛同してしまったことを、それは自分の人生の中で、最大のあやまちであったと嘆いたといいます。

そして、その反省の上から、1955年(昭和30年)に、哲学者バートランド・ラッセルらと共に、アインシュタインは、「人類に終止符を打つか、それとも人類が戦争を放棄するか」と、世界各国に核兵器の廃絶を呼びかけるラッセル=アインシュタイン宣言を発表して、それが遺言でもあるかのように、この年に亡くなりました。

話が飛びますが、海に住む神さまのことを「古事記」では上津綿津見神(うわつわたつみのかみ)、「日本書紀」では上津少童命(うわつわたつみのみこと)と記しています。

この日本古来の海の神の名前を由来にして、海そのもののことを、「わだつみ」といいます。

そして、太平洋戦争では、学徒出陣として、戦場に引きずり出されていった学生たちの多くのいのちたちが、この「わだつみ」に散っていきました。

その若者たちの母や恋人にあてた手紙や、日記、遺書を集めた、「きけわだつみのこえ―日本戦没学生の手記」(岩波文庫)という本があります。

この本を読むと、戦時下の彼ら学生たちが、なんの知識も見識もなくて、ただやみくもに、軍国主義に染められて、従属していっただけではないことに、改めて驚かされます。

しかしながら、彼らは、戦争という狂気の時流の中で、祖国の将来と愛する者たちの未来を憂いながら、自分の運命を見つめつつ死んでいったのです。

戦争が悲惨なのは、およそ平時では考えられないくらいに、人間の知性や理性を、すっかりと麻痺させてしまうところだと思います。

だからこそ、戦争への道に引きずり込もうとする勢力や流れには、神経質なくらい警戒を強めて、そんな狂気の時流を作り出せないようにしていくのが、戦争を知らない、ぼくらの役割だと思っています。

空を染めてゆく この雪が静かに
海を眠らせて 貴方を眠らせる


安らかにお眠りください。
反戦、不戦の誓いは眠らせませんから…。




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