わじゅ カタル

山里・龍昌寺

歎異抄 38

2017-04-03 09:38:55 | 仏教

 第16章原文つづきです。

 信心さだまりなば、往生は弥陀にはからはれまひらせてすることなれば、わがはからひなるべからず。わろからんにつけても、いよいよ願力をあをぎまひらせば、自然のことはりにて、柔和忍辱のこころもいでくべし。すべてよろづのことにつけて、往生にはかしこきおもひを具せずして、ただほれぼれと、弥陀の御恩の深重なること、つねにおもひいだしまひらすべし。しかれば念仏もまふされさふらふ。これ自然なり。わがはからはざるを自然とまふすなり。これすなはち他力にてまします。しかるを自然といふことの別にあるように、われものしりがほにいふひとのさふらふよしうけたまはる。あさましくさふらふ。

 信心が決定すれば、往生は弥陀のはからいでたすかることなれば、われという思いをこえてしまっている。行いが悪ければ悪いにつけ、本願の力をあおげば、自ずとおだやかに、やわらかく日々を過ごすことができましょう。すべて万事につけ、往生のことには賢い考えなどで武装しないで、ただほれぼれと弥陀の御恩の深さと重さを、いつも思い起こさせることがたいせつかと。さすれば、念仏もそのままとなえることができましょう。これが自然です。これがとりもなおさず他力といわれるものです。しかしながら自然ということを、これとは別になにかあるように、訳知り顔にて言う方がおられるとか、なげかわしいことです。

 哲学者の内山節さんは、高度経済成長とともに山の民たちが、キツネに化かされることが無くなったと言う。けだしそうだろうと思う。そのことと往生や成仏ということは、念頭になくなり、個の確立というか、自立、個人というあり方を模索した。ニーチェが神は死んだ。と叫んだのは1800年代の終り頃である。それから100年ほど経過してようやくわれらのなかにも、虚無が入り込んでいた。ひるがえって思い起こせば、イエス、仏陀、親鸞、道元などとこちらにとって、なじみの深いもののありようは、どの人も虚無がそもそもの出発点としてあるようにおもう。虚無という言葉を使うと、近代的自我のそれと混同しやすいので、虚しさと書くことにするが。この虚しさが胸の中にあったらばこそ、求道したのだ。そしてもちろんそれぞれの表現は違うが、虚しさということが存在というものの開けになっている。禅でいうならば、虚しさはこの身を通すことによって、空しさに変容する。なにもない。ただということが、もっともな証しになっている。それはどうじに南無阿弥陀仏である。

 空とは直訳すると、実体がない。ということらしい。無いということもない。要はアタマではつかめない。ということ。色即是空、空即是色とはすがた、かたちあるものは見えないものにつつまれている。もうすこし詩的にいうと、なんも無い。全部ある。

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2 コメント

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Unknown (黒島)
2017-04-04 22:46:46
「虚無という言葉を使うと、近代的自我のそれと混同しやすいので、虚しさと書くことにするが。この虚しさが胸の中にあったらばこそ、求道したのだ。そしてもちろんそれぞれの表現は違うが、虚しさということが存在というものの開けになっている。禅でいうならば、虚しさはこの身を通すことによって、空しさに変容する。なにもない。ただということが、もっともな証しになっている。それはどうじに南無阿弥陀仏である。」

虚無から虚しさに変わって、大変身近になったように思いました。虚無は、仰々しい感があります。虚しさは、誰でも経験する感があります。
虚しさは、忘れても、失くしても、結構だと思っています。態々持っていることもできないし。
しかし、くっついて離れなくなり、濃くなっていく気配すらある場合もあります。
そういった事柄に、安心していいのだと、言われたように思いました。
Unknown (わ)
2017-04-05 21:23:18
はい。独りでなくとも多勢でいても、虚しさや寂しさはかえってかんずるものですよね。われらの癖として、虚しさの穴が開いたり、空虚な時間を過ごせなくて、すぐなにかで埋めようとする動きがいつもあると思います。しかしながら、そこのところ、生活習慣のなかで見直すところではないかと。ひとりの空間をたのしむことができたら、人との出会いや風景やものとの出逢いもゆたか、深くなるようにおもうのです。

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