汐まねきのブツブツ・Ⅱ

汐まねきは新しい住処に移り住むことになりました。
またブツブツと泡を吹かせてもらいます。

汐まねきの経済論#116 自由貿易について

2017年04月21日 | 日記
 自由貿易が話題になっています。・・アメリカとの2国間貿易とかPPTとか・・・

この問題は経済問題、経済論ではなくて、大部分が政治・外交の問題です、自国論を振りかざして正当化して自国を有利にするために、
自国に有利な部分を切り取りその経済論を振りかざしているのです。
アメリカは自国のために保護主義を主張しています、日本は自国のために自由貿易を主張します。

それにつけても、中世の重商主義と現在の自由貿易論の似通っていること、まるで中世に戻ったような気にさせます。

福沢諭吉は(国家は戦争の時、軍事力で争う、平時にあっては商業で争っている。と言っています。



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汐まねきの経済論#115 金融工学と錬金術

2017年04月10日 | 日記
金融工学と中世期の錬金術は非常に似通っているように思うのです・・

これは、真面目な経済論ではありません、だから、こんな話は聞いたことはありません、ただ私の直感です。

現在の金融工学と、中世の錬金術とは似かよっっているところが沢山あるように思えてなりません。
 中世の錬金術師は真剣に鉛などから金(キン)を作りだそうと努力ました。
今の経済学者は真面目に、オカネを生み出す方法を考えています、そして成功してしまいました。

無駄なことをしたと思われた錬金術はその結果、近代の科学の礎を築き後世に功績を残すことになりました。、
かたや、現代の金融工学は数学と分かりにくい数式を使い、経済を説明しようとしていますが果たして何を残せるのでしょう?、

現代の金融経済学者は、とてつもない世界に数少ない大金持ちを産みだし、育てて、人間社会を崩壊させた・・・
・後世にその話だけを残したとならないようにしたいものです。

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汐まねきの経済論 #欲望と生産

2017年03月24日 | 日記
欲望が先か?生産が先か?
われわれの欲しいモノがあって、そこでモノが生産され消費されて満足をする・…このサイクルが普通に考えられるパターンでした。

しかし、近代になってからこの順番が逆転しました、

現代は、欲しいモノのが造られるのではありません、生産が先になりました、先ず生産ありき、そしてそれを消費するように欲望が刺激される
というパターンに変わったわけです。

様々な形で人間の欲望を駆り立てる仕組みを考えます、そうでなければ、生産が滞ってしまうのです、成長が止まってしまうのです。
とても素晴らしい言葉があります’新しい需要の創出’なんと美しい言葉ではありませんか、でも、騙されないようにしましょう。

従来、経済学者は`人間の欲望は無限である、という大前提に立って話をしてきました、放っておいても需要は無限であったはずの欲望は
常に刺激を与えなければならなくなったのです。

欲しいモノを造っているのではない、造ったモノを欲しがらがらせている・・・このサイクルが近代の成長社会なのです。

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汐まねきの経済論#113 人間の欲望について

2017年03月14日 | 日記
人間の欲望は2っに分けられる

人間の欲望はおおまかに2っに分けられます。経済学者の誰と誰がどのように言っているのか忘れましたが、同じような分類をしています。


その1:生活の欲望・・・絶対的欲望・・有用性の原理;、necessity です、これは我々が生活を続けていく上でどうしても
         必要なモノを求める 欲求です。

その2;交換の欲望・・・相対的欲望・・過剰性の原理・ desire です、渇欲・優越願望、貪欲といえるでしょう。

人間の歴史が始まって以来、はじめて、1に言うところの絶対的欲望から解放された今、どうしてよいかわからなくなった状態に入った、と言えるのではないでしょうか。

作家の橋本治が面白く表現しています。
’欲望は観念の世界(作業といっている)です、いるのか?いらないのか?わからない・・・しかし、欲しいと思う・・・欲望は際限なく拡大
させる・・・無限なのです・・・大丈夫と思っている間に手遅れになる・・麻薬みたいなものです。‘と

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シオマネキの経済論 #112 経済と欲望

2017年03月05日 | 日記
経済と欲望

経済を論ずるときに欠かせないのは人間の欲望です、しかし、あまりこの欲望についてはあまり語られてはいないかと思います、あまりにも身近であり、いわゆる恥ずかしい心の一面には触れたくない、という思いなのです。
そういうことから、ある意味では経済学は人間の醜い一面を取り扱い、醜い姿を太陽のもとに曝け出さなければならないという面があるのでしょう。

さて、では、この欲望に対する言葉は?・・・無欲・清貧などの言葉が浮かぶかもしれません、しかし、無欲でも、清貧でもありません

辛抱・我慢が欲望の反対語なのです。

無欲・清貧はNEGATIVEです、辛抱・我慢は積極的な意味合いを持っています。

欲望の追及の結果、現在の混迷した世の中になりました、そこで、発想を180度転換して、辛抱・我慢の世界を考えてみるのが一番かと思うのです、今後、経済学でも大いに論じてもらいたいものです。

辛抱・我慢という言葉が死語になり、世の中から消え去る前にです。


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