
よくいわれる「会社は三代目でつぶれる」との言葉。経営を世襲すること、はたまた同族経営やお友だち経営で会社を私物化することへの戒めであろうか。
いい年ぶっこいたオラにとっても男の子だった当時への郷愁にいざなわれるウルトラマンという存在。それを生み出した円谷プロダクションが、昨年のうちに倒産寸前に追い込まれてテレビCM制作大手のTYOなる企業グループに買収されてたのだとか。創業者である円谷英二氏から息子へ孫へ引き継がれた同族経営。2004年になって円谷昌弘社長(英二氏の孫で円谷一氏の息子)がセクハラ問題で退任、外部から社長を迎えるものの大規模なリストラ案を会長の円谷一夫氏(英二氏の孫で円谷皐氏の息子)が拒否して自ら社長に復帰、しかしずさんな経営をとがめた銀行が融資の全額返済を求めてきて万事窮す。たったの8000万円でTYOに身売りすることに。
8000万円。「何もしなくてもライセンス収入だけで経営できたはず」とのたまうTYOの吉田博昭社長。なにやら「小室哲哉の著作権の利権にうごめく人たち」を連想しませんこと?「ウルトラマンという発明」が将来にわたって生み出す利益の権利を、たったの8000万円に買い叩いたのである。
ウルトラマンだけではない。あの、男の子を夢中にさせた奇妙な、そしてときにはかっこいいデザインの怪獣・宇宙人たちも。
しかしながら、円谷プロの堕落とか放漫経営は今に始まった話ではなかった。すでに、円谷英二氏が死去し、子息の一氏(長男)が経営してた時期、その一氏も急死して皐氏(次男)が経営してた時期にもその傾向は色濃く表れてたのである。第一期のウルトラマン、ウルトラセブンの再放送や格闘場面のみ実況入りで見せるウルトラファイトが人気を呼んで、第二期のウルトラシリーズ(帰ってきたウルトラマン、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウ、ウルトラマンレオ)が制作されたものの、後になるにつれ子どもの目から見ても内容の低下が著しかったものであった。
「『帰ってきたウルトラマン』延長にあたっての強化案を記した企画書。怪獣の人気の弱さに対処するため旧作の人気怪獣、ゼットン、バルタン星人等を再登場させることになった。しかし、新たに作られた着ぐるみは、造形のまずさから初代のイメージに遠くおよばなかった(下画像:新旧のゼットン)」
「一部のファンに『タロウのシナリオなら僕にも書ける』と揶揄されるほど、『ウルトラマンタロウ』の内容的な後退は著しかった。ほとんどの話が怪獣に家族を殺された子どもの仇討ちという図式を使っているか、過去の作品の完全な焼き直しに終始していたのである。円谷英二が監修し、その意向を反映して設定を一貫させたイメージ・メーカーとしての金城哲夫が存在し、そしてそれを具体的に映像化してゆく円谷一という演出家が健在だった第一期の頃には、ほとんど考えられない事態であろう。しかし、タロウは子どもたちの人気者となり、現在でも児童雑誌の人気投票では常に首位を占めている。ウルトラファミリーの総登場。主人公のさわやかなイメージ、ユニークかつユーモラスな怪獣たち―は、やはり子どもたちの親しい遊び相手であったのだろうか。『ウルトラマンタロウ』において、ウルトラシリーズは完全に幼児向けの番組になってしまうわけだが、それにともないこの時期の商品化権による収益は莫大なもので、円谷プロ10周年を飾るにふさわしい繁栄ぶりであった」
以上1978年に朝日ソノラマから発行されたムック本から抜粋。
「さらばウルトラマン」と題された第一期ウルトラマンの最終回。ゼットンがウルトラマンを倒したとき、それが再放送であったにかかわらず幼稚園の男の子は話題騒然となった。ウルトラマン「わたしはもう2万年も生きた。ハヤタはまだ若い」…ゾフィ「わたしは命を二つ持ってきた。その一つをハヤタにやろう」…ヒーローである主人公が死ぬというとんでもない衝撃の場面であったが、そこには荘厳さが漂っていた。
それに対し、ウルトラマンタロウの最終回でもない回では「タロウの首がすっ飛んだ!」と題して閻魔様みたいなデザインの怪獣がタロウの首を切り落とす。ほかにも「月からやって来た怪獣モチロンが日本中の餅を食べてしまうが、タロウは相撲を取ってモチロンを倒し、それを臼にして南夕子やウルトラの父とともに餅つきを始める」…子どもをなめるなあぁっっ 麻生太郎みたいにくだらないぜ。これらの脚本を書いてたのが石堂淑朗なる、ごりごり頑迷保守な言動で知られる脚本家だというのも見逃せない。
第一期の、特にウルトラセブンの脚本には、正直大人の今になっても目を瞠らされるものが少なくなかった。「超兵器R1号の実験で粉砕されたギエロン星から、住む星を失った憎悪に怒り狂い地球へ飛来した再生怪獣=ギエロン星獣」「地球の原住民族で人類よりはるか昔から海底に都市を築いて暮らしてきたノンマルト。その海底都市を守る怪獣ガイロスは攻撃されない限りおとなしい」
怪獣や宇宙人の目から人類を、地球を見るということ。人類&ウルトラマン=善、怪獣・宇宙人=悪ではない。善や悪が絶対的なものでない。子どもには少し難しいくらいのものを与えたほうがいいんじゃないでしょか。そのときにはわからないとしても、見えないところでどれほどその後の人生に影響するか測り知れない。

いい年ぶっこいたオラにとっても男の子だった当時への郷愁にいざなわれるウルトラマンという存在。それを生み出した円谷プロダクションが、昨年のうちに倒産寸前に追い込まれてテレビCM制作大手のTYOなる企業グループに買収されてたのだとか。創業者である円谷英二氏から息子へ孫へ引き継がれた同族経営。2004年になって円谷昌弘社長(英二氏の孫で円谷一氏の息子)がセクハラ問題で退任、外部から社長を迎えるものの大規模なリストラ案を会長の円谷一夫氏(英二氏の孫で円谷皐氏の息子)が拒否して自ら社長に復帰、しかしずさんな経営をとがめた銀行が融資の全額返済を求めてきて万事窮す。たったの8000万円でTYOに身売りすることに。
8000万円。「何もしなくてもライセンス収入だけで経営できたはず」とのたまうTYOの吉田博昭社長。なにやら「小室哲哉の著作権の利権にうごめく人たち」を連想しませんこと?「ウルトラマンという発明」が将来にわたって生み出す利益の権利を、たったの8000万円に買い叩いたのである。
ウルトラマンだけではない。あの、男の子を夢中にさせた奇妙な、そしてときにはかっこいいデザインの怪獣・宇宙人たちも。
しかしながら、円谷プロの堕落とか放漫経営は今に始まった話ではなかった。すでに、円谷英二氏が死去し、子息の一氏(長男)が経営してた時期、その一氏も急死して皐氏(次男)が経営してた時期にもその傾向は色濃く表れてたのである。第一期のウルトラマン、ウルトラセブンの再放送や格闘場面のみ実況入りで見せるウルトラファイトが人気を呼んで、第二期のウルトラシリーズ(帰ってきたウルトラマン、ウルトラマンエース、ウルトラマンタロウ、ウルトラマンレオ)が制作されたものの、後になるにつれ子どもの目から見ても内容の低下が著しかったものであった。
「『帰ってきたウルトラマン』延長にあたっての強化案を記した企画書。怪獣の人気の弱さに対処するため旧作の人気怪獣、ゼットン、バルタン星人等を再登場させることになった。しかし、新たに作られた着ぐるみは、造形のまずさから初代のイメージに遠くおよばなかった(下画像:新旧のゼットン)」
「一部のファンに『タロウのシナリオなら僕にも書ける』と揶揄されるほど、『ウルトラマンタロウ』の内容的な後退は著しかった。ほとんどの話が怪獣に家族を殺された子どもの仇討ちという図式を使っているか、過去の作品の完全な焼き直しに終始していたのである。円谷英二が監修し、その意向を反映して設定を一貫させたイメージ・メーカーとしての金城哲夫が存在し、そしてそれを具体的に映像化してゆく円谷一という演出家が健在だった第一期の頃には、ほとんど考えられない事態であろう。しかし、タロウは子どもたちの人気者となり、現在でも児童雑誌の人気投票では常に首位を占めている。ウルトラファミリーの総登場。主人公のさわやかなイメージ、ユニークかつユーモラスな怪獣たち―は、やはり子どもたちの親しい遊び相手であったのだろうか。『ウルトラマンタロウ』において、ウルトラシリーズは完全に幼児向けの番組になってしまうわけだが、それにともないこの時期の商品化権による収益は莫大なもので、円谷プロ10周年を飾るにふさわしい繁栄ぶりであった」
以上1978年に朝日ソノラマから発行されたムック本から抜粋。
「さらばウルトラマン」と題された第一期ウルトラマンの最終回。ゼットンがウルトラマンを倒したとき、それが再放送であったにかかわらず幼稚園の男の子は話題騒然となった。ウルトラマン「わたしはもう2万年も生きた。ハヤタはまだ若い」…ゾフィ「わたしは命を二つ持ってきた。その一つをハヤタにやろう」…ヒーローである主人公が死ぬというとんでもない衝撃の場面であったが、そこには荘厳さが漂っていた。
それに対し、ウルトラマンタロウの最終回でもない回では「タロウの首がすっ飛んだ!」と題して閻魔様みたいなデザインの怪獣がタロウの首を切り落とす。ほかにも「月からやって来た怪獣モチロンが日本中の餅を食べてしまうが、タロウは相撲を取ってモチロンを倒し、それを臼にして南夕子やウルトラの父とともに餅つきを始める」…子どもをなめるなあぁっっ 麻生太郎みたいにくだらないぜ。これらの脚本を書いてたのが石堂淑朗なる、ごりごり頑迷保守な言動で知られる脚本家だというのも見逃せない。
第一期の、特にウルトラセブンの脚本には、正直大人の今になっても目を瞠らされるものが少なくなかった。「超兵器R1号の実験で粉砕されたギエロン星から、住む星を失った憎悪に怒り狂い地球へ飛来した再生怪獣=ギエロン星獣」「地球の原住民族で人類よりはるか昔から海底に都市を築いて暮らしてきたノンマルト。その海底都市を守る怪獣ガイロスは攻撃されない限りおとなしい」
怪獣や宇宙人の目から人類を、地球を見るということ。人類&ウルトラマン=善、怪獣・宇宙人=悪ではない。善や悪が絶対的なものでない。子どもには少し難しいくらいのものを与えたほうがいいんじゃないでしょか。そのときにはわからないとしても、見えないところでどれほどその後の人生に影響するか測り知れない。













あの頃はウルトラマンがやられる訳ないと
思ってたからかな