マガジンひとり

自由民主党・日本維新の会の政策やTPP参加に反対します

ステート・アマ

2011-08-17 23:07:38 | テレビ・芸能・スポーツ
↑なでしこJAPANのムードメーカーで、「後輩からいじられています」と笑顔で話す丸山桂里奈選手(まるやまかりな・28)=東京都目黒区で



↑1964年の東京五輪、マラソンの3名の日本代表選手では最も若く、1万mでも6位に入賞したスピードランナーの円谷幸吉(自衛隊体育学校)が、アベベ(エチオピア)、ヒートリー(英)に続いて3位となった。しかし五輪後は不振が続き、メキシコ五輪が行われる68年の初めに自殺



↑1972年のミュンヘン五輪の女子体操、個人総合の勝者ツリシチェワや美少女選手の先駆けコルブトらを擁し団体総合を制したソ連チーム。2位・東ドイツ、3位・ハンガリーと、選手の身分を国が保障して育成する、東側諸国が上位を占めた



↑1984年のロス五輪以降のスポーツ商業化を象徴するような広告(89年)。東側諸国の多くがボイコットしたロス五輪で100mなど陸上4冠に輝き、スーパースターとなったカール・ルイス(アメリカ・右)。88年のソウル五輪では、前年の世界陸上に続きカナダのベン・ジョンソンが100mでルイスを退けたかに思われたものの、ドーピング違反が発覚して追放。代わって、前年までは伸ばしたネイルや派手なコスチュームでもっぱら知られたフローレンス・ジョイナー(アメリカ・左)が、男子並みの記録で陸上3冠に輝きスターの座に。東側諸国では国の指示で組織的にドーピングが行われたが、西側諸国の商業主義・広告文明もまた、商品価値のため選手をドーピングに走らせる結果に。証拠はないが、後に早世したジョイナーが88年に連発した世界記録が汚れていることは歴然


以前の“ふぁぼリーグ”で、「レコードやCDや書籍や漫画や雑誌は、買えば誰だって見られる聴ける文化でした、ところが電子化されたら誰もが平等に見たり聴いたり出来ない不自由なものになってしまいました。 まるでシェア争いの人質の様です。 あるコンテンツを見たけりゃ、対応ハードを買いなさいって、おかしくないですか?」っていうツイートを紹介したんですが、これマンガ家の唯登詩樹さんによるもの。
精魂かたむけて描いたマンガが、読者囲い込みのための人質にされてしまう、その傾向が出版の時代に比べ、インターネットの各種プラットフォーム提供者の場合、度を超えて悪質になっているという、実体験に基づく公憤がうかがえる。
唯さんは成年向け・一般向け両方のフィールドで活躍しておられるが、もっぱら成年向けに携わるここのき奈緒さんという実力あるマンガ家さんも、携帯配信サービスでは出版に増して性描写に関する規制が厳しいと。
あんまし買ったことないので、規制については判断しかねるけれども、印刷・製本にまつわるコストが不要で、もしマンガ家さんがデジタル入稿するとすれば、もっとずっと安くできるはずだと思うんだよね。だから買わない。
マンガ家さんと読者双方の弱みにつけ込んで、囲い込んで食いものにして、てめーたちだけ儲けて、そいでもっていっさいの責任は免れる。規制が厳しいとすれば、そういうことでしょ。
ここのきさんは、年期の入ったサッカー好きでもあり、観戦しながらの的確なツイートにも、かねて敬意を抱いております。
天野雨乃さんのF1好きとか、マンガ家さんのスポーツ選手への思い入れには、少子化によるファン層の減少やネット普及による娯楽の無料化といった流れの中にあっても、「腕1本で食っていく」という生き方を貫いて全力でプレーすることへの人間讃歌が感じられ、怠惰に生きるオラとしても身が引き締まる思いだ。
しかしながらツイッターを見ていると、優勝直後にも「澤で抜けるよう、がんばってみたい」だの「なでしこJAPANの面々がデリヘルで来たら、チェンジでしょ」とかの気ままで無責任な意見もあって、それはそれで面白いんだけど、オラ「私たちで抜いてくださいって、なでしこがいつお前らに頼んだんだっつーの」って記した直後に、iTunesストアを開いたら丸山選手が歌手デビューしていて曲をダウンロード購入できるようになっているのには面食らった。
彼女たちは、みんなそれなりにおしゃれで、ネイルを飾って試合に臨んだりもするけど、それは男からチヤホヤされたくてしているのではないと確信していたから。
で、心中もやもやしていたのが、きのうの東京新聞の丸山選手についての詳しい記事(いちばん下)を見ていくらか晴れた。
記事には、ドイツ戦での決勝ゴールは「値千金」って書いてある。金銭には換算できないが、あれだけで何億円とか、少なくとも生活の憂いなく競技に打ち込めるくらいにはしてあげたい。全国民が元気をもらったのだから。
ところが、その時点では勤務先さえなく、帰国後に芸能事務所と契約できたので、ようやく定収を得られたのが現実。
ネットで「なでしこでは抜けない」などとつぶやく人たちと異なり、少なくとも東京電力および原発推進体制は、彼女に職場を用意して給料を払ったのである。
今回のW杯優勝で、海外のチームやメディアから、なでしこを称える、リスペクトのこもった言葉が相次いだ。それはやはり、彼女たちが、自分のため、自分の広告価値のためなどでなく、チームのためであり、女子サッカーを日本に根付かせ、後輩を少しでもよい環境でプレーさせ、そしていくらかでも被災者を勇気づけたいという献身的姿勢が、国境を超えて万人の胸に届いたためではないか。そして、福島第一原発で、被曝の危険を覚悟して、事故を収拾するため作業にあたる人びとも、日本国民を代表しているというだけでなく、外国人の目から見ても、とうとい行為を行っているという意味では、まったく同じなのではないだろうか。
原発の是非はひとまず措くが、それにしても、すべてを市場原理に委ねるのでなく、かつての東側諸国のような、社会主義的システムも取り入れていかなければ先はない─と痛感させられる一連の出来事でした。


【サッカーの話をしよう・長髪と短髪】─スポーツ行政の貧困
「沢(穂希)さんのようになりたい」
日本中の「なでしこ少女」たちが夢をふくらませている。なでしこリーグの試合前に花束を贈ったのは、全員、沢のように髪を「ポニーテール」に結んだ小学校低学年の女の子たちだった。
7月17日に行われた女子ワールドカップの決勝戦、日本の先発11人で長髪だったのは、沢とDFの鮫島彩のふたりだけ。一方アメリカは、GKソロを筆頭に8人が長髪をポニーテールに結んでいた。
ポニーテールはアメリカでは「サッカー少女」の代名詞だ。女の子たちに最も人気があるサッカー。数百万人にものぼると言われるプレーヤーの多くがポニーテール姿なのだ。
日本では、小学生はともかく、中学生以上になると女子サッカー選手の圧倒的多数が短髪になる。競技イメージを上げるため「短髪よりポニーテールがいい」と意見が出たこともあったが、まったく変化はなかった。
髪の長さは個性や好みの問題であり、長くしようと短くしようとまったくの自由だ。流行もある。技術・戦術や体力が、髪の長さで変わるわけでもない。だが私には、日本の女子サッカー、いや日本の女性のスポーツ全般がかかえる問題の一端が、髪の長さに表れているのではないかと思えてならない。
選手と指導者、そして場所さえあればスポーツには十分─。それが従来の日本のスポーツ行政の考えだった。
だが女子のスポーツには清潔で安全な更衣室が必要だ。そしてただ着替えられるだけでなく、シャワーもほしい。夏季に大汗をかいたあとで髪も洗わずに電車に乗るのがいやで短髪にしている女子スポーツ選手が少なくないのではないか。
いざとなれば男子は外で着替えることもできる。髪も、中高生なら「スポーツ刈り」のように短くして、水道で洗えるだろう。しかしどちらも、女子では不可能だ。
なでしこジャパンの多くが短髪だった背景のひとつに、日本のスポーツ施設の劣悪さ、それを生んだスポーツ文化の貧困、そして女性がスポーツに取り組むことへの無神経なまでの理解のなさがあると、私は思う。
サッカー少女が何百万人いてもみんな芝生の上でプレーでき、その後にはシャワーを浴びて帰宅できるアメリカ。土のグラウンドでプレーし、トイレで着替え、シャワーも浴びずに電車に乗らなければならない日本。その違いが、「ポニーテールと短髪」に象徴されているように思えてならないのだ。 ─(大住良之・サッカージャーナリスト、東京新聞8月10日夕刊)



↑日本選手では数少ない長髪をポニーテールに結んだ沢穂希(手前)。サッカー少女の憧れでもある=兵庫県芦屋市で


逆境の「坂道」 ゴールを育む─なでしこ丸山選手、東京・大森と福島を語る
「日本がフクシマの年につくった伝説」。なでしこジャパンのW杯制覇を米紙はそうたたえた。18日には国民栄誉賞を受賞するイレブンの中には、かつて福島第一原発で働いていた丸山桂里奈選手(28)もいる。快挙から1ヵ月、故郷である東京・大森と福島への思いを聞いた。



↑丸山選手がダッシュして鍛えた山王の坂の一つ=東京都大田区で

◆100本ダッシュ
尾崎士郎や川端康成、室生犀星…。日本文学史に輝く文豪たちが暮らした大田区山王界隈は、坂が多い「文士村」として知られる。
景観に富んだ坂は文士に愛されたが、女子高でサッカーに打ち込んでいた丸山選手にとっては、過酷なトレーニングの場だった。
実家は近くの大森にある。学校から帰宅後は周辺を走って、坂の100本ダッシュで締めるのが日課だった。
「闇坂(くらやみざか)」のような長い坂は8割の力で、歩くのも息が切れる急坂は全力で走る。「夜で危ないから」と両親が同行して、坂の上から「がんばれ」と声をかけてくれたという。雨の中でもやめない娘の姿を見つめる父親の目に涙が浮かぶこともあった。
「家では疲れて寝るだけ。両親とは坂でしか会っていなかった」と振り返る。今も「原点」と呼ぶ坂だ。
サッカーを始めたのは小学6年の時だった。「好きな男の子に誘われたから」と笑う。陸上短距離では全国2位となった足の速さが評価され、特例で男子のクラブの紅一点として迎えられた。路地でブラジルの少年のようにストリートサッカーで遊ぶ姿が近所でおなじみとなった。「その男の子とは中学が別で離れたけれど、サッカーそのものが楽しくなっていって」



↑「ずっとできる」というリフティングを披露

◆震災、原発事故
成長の場に選んだのは福島だった。
日体大卒業後、東京電力に入社し、福島を拠点とする女子サッカー部マリーゼのメンバーとなった。チームメートにはなでしこジャパンの鮫島彩選手もいた。昨年退団するまで、福島第一原発の事務棟で働いていた。東日本大震災後、原発事故について書いたブログが「東電擁護」と批判され、謝罪したこともある。かつて住んでいた原発から1キロのアパートには、大切なトロフィーやアルバムを残したままだ。
先月末、W杯の優勝メダルを胸に震災後初めて福島を訪れた。旧知の地元町長らが避難先から駆け付けて、「丸山さんに負けてられない」と声をかけてくれた。「逆に勇気づけられるとともに、皆さんの心の傷も感じました」
W杯ドイツ戦で、走力を生かした決勝ゴールは、なでしこを優勝に向け大きく飛躍させる値千金のゴールだった。現在はJリーグ、ジェフ千葉の女子チームに所属するが、プロではなくアマチュア扱いのため給料はない。W杯後に芸能事務所と契約、ようやく収入の道を得たのが現実だ。
「両親のすねをかじってきたので、W杯の賞金は全部あげたい」と語る。「女子サッカーの環境は厳しい。でも、私がサッカーをできるのは大森や福島をはじめ、多くの方の支えのおかげ。W杯の優勝も、なでしこの力というより、応援してくれた人の力だと思う」
休む間もなく、ロンドン五輪のアジア最終予選が9月から始まる。
「皆にマークされるので、厳しい戦いになる。でも、最後まであきらめません」 ─(増田恵美子、東京新聞8月16日)



↑W杯制覇へ大きな飛躍となったドイツ戦での決勝ゴール=共同
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