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寂しき情熱家 - 「マンガの神さま」を世に送った酒井七馬

2013-08-27 21:01:47 | マンガ
『「新寶島」の光と影 謎のマンガ家・酒井七馬伝』 中野晴行 (小学館クリエイティブ・2011年)
1947(昭和22)年1月に刊行されベストセラーとなった、手塚治虫の単行本デビュー作『新寶島』の原作者でありながら、その後、同書が大きな役割を果たした戦後マンガ史からは消えてしまったもう一人の天才・酒井七馬(さかいしちま・1905~1969)の生涯を追うドキュメンタリー。2007年に筑摩書房から発刊されたものに、その後の取材で得られた証言・資料を追加した増補改訂版。




↑同書の図版より、手塚治虫さんは『新宝島』を講談社版全集に収める際、冒頭の少年が車を運転する様子をはじめ、全面的に描き直してしまった。
ことに初期の作品では、他にもそうした例が多いものの、『新宝島』に関してはそれによって同作における酒井七馬の存在が完全に消されてしまい、同氏がその後は不遇で餓死同然の死に方をした–という鴨川つばめさんも信じていた「伝説」まで生むことになってしまったのも、中野氏が本書を執筆する大きな動機になったという。

手塚さんがヒット作を連発して、マンガ及びアニメ界を代表する神話的人物になったのと対照的に、酒井氏は大阪にとどまり、赤本マンガ(零細な業者が扱う、通常の書籍流通ルートを経ず、露店や駄菓子屋で売られるマンガ本)がすたれた後は紙芝居を中心とする活動だったので、話に尾鰭が付いたとみられ、中野氏は丹念に関係者をあたり、その実像を探る。

戦前は大阪マンガ界の中心的存在として雑誌の創刊や編集に携わり、さらに日活の漫画部で草創期のアニメーターとしても活動。
一貫して映画の表現をマンガ・アニメに結び付けたいという思いがあり、その過程で同じ志向を持つ若き日の手塚さんと合作する運びに。
1945年に描かれた手塚さんの『オヤヂの宝島』という長大な未発表原稿は習作の域を出ず、彼が日本のマンガ史にもたらしたとされる「映画的表現」は、『新宝島』の合作を通じて酒井氏から吸収したものが大きかったのではとの見立て。

酒井氏の手になるハイカラな装丁も『新宝島』や手塚さんのその後の業績に貢献したとみられるものの、奥付に手塚さんの名が記載されてないことで一時的に気まずくなり、師弟関係が定着することなく、手塚さんは東京の出版界で売れっ子となる。
いっぽう酒井氏も大阪では人気があり、紙芝居でも『少年ローン・レンジャー』などのヒットを放ったし、テレビ時代が始まるとクイズ番組の解答者を務めるほど知名度があったというが、アニメでもマンガでも紙芝居でもエログロ風味の挿絵でもこれぞ!という後に伝えられる業績は少なく、没後は『新宝島』を通じた極端な風説の主として幻の存在に。




遠藤賢司さんの「不滅の男」に、このような一節が。

♪年をとったとか そういう事じゃないぜ
俺が何を欲しいか それだけだ
そう俺は本当に 馬鹿野郎だ
だから わかるかい 天才なんだ

「バカヤロだから天才」。
すべてのマンガ家さんのための言葉ではないだろうか。アメトークの特集をきっかけに最初の13冊を買って見始めた『カイジ』に思う。
バカヤロな設定、バカヤロな絵柄、バカヤロな主人公。
しかし福本伸行さんは他の誰でもなく、この世界観を発明したのだ。

一コマ一コマ数え切れないほどの絵を描き、寿命さえ縮めかねない「虚仮の一念」が、大勢の人の心をつかむマンガを生む。
こう考えると酒井七馬という人は知性的なプロデューサー・タイプで、実作においてはいずれの分野でも器用貧乏にならざるをえなかったのかも。

最晩年、さびしいエピソードが。
1968年、奈良県の遊園地で催されたマンガショーの司会を務めたのだが、「続いて若いマンガ家の皆さんに絵を描いてもらいましょう」とのことで登壇した『ぐら・こん関西』という若手同人グループの作家たちが不慣れで、人前で模造紙に大きい絵を描くということが理解できず、舞台の進行は台無しになったというのだ。
今だと逆に西原理恵子さんがやってるのとか、大喜利的なマンガの催しが増えてるじゃないですか。
ついに時代と交わりえなかった酒井七馬氏を象徴するようで–




↑後列左端が手塚治虫、前列左端が酒井七馬。1948年の関西児童漫画協会の席で撮影されたとみられる。この後も手塚さんと酒井氏の交流は続いた

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