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ジジメタルジャケット

2012-05-27 21:54:39 | マンガ
47歳の初夏を迎えたある日、私の24センチ余りの間抜けの小足に、おそろしい老化の兆候が。
歩く際、左足の接地の角度によって親指に激痛が走るのだ。
いろいろ触ったり揉んだりして痛みの具合を調べてみると、親指そのものに何らか病変があるのでなく、付け根のあたりの神経が圧迫されると、そこより末端の神経全体に痛みが走るということのようだ。
41歳から始まった肩凝りの痛みのような慣れてしまえる痛みではないので、このまま死ぬまでどうにもならないのか2〜3日途方に暮れたのだが、どうも以前から左足に外反母趾の気配があったことに思い当たり、↓画像のような足指を伸び伸びさせるパッドを厚みを調節するなどして寝る間も装着することにより、大幅に改善。外出などでパッドをしてない時も、ほぼ激痛の心配はなくなった。
しかし油断は禁物。しばらくは家にいる間はなるべくパッドを付け、可能な限り痛みを遠くへ追いやろうと。まあジジイが補聴器付けっ放しとか、あるいは私の父など50代後半から心臓ペースメーカーを埋め込んでたのよりはぜんぜんマシだ。
老化は不可逆に進み、あちこちに現れる不具合と戦ったりなだめたりしなければならないが、かつてヒジの角質化をピロリ菌の除去と週に連続2日の休肝日を設けることで撃退するなど、まったく希望がなくなるわけではないのだ。



(株)しまや出版という印刷会社に同人誌の原稿を持ち込んだ際、応接ルームにいくつかマンガ関連の雑誌が置かれていて、その中に載っていた小林まことさんのインタビュー記事が印象的だった。
同氏の1978年のデビューにまつわるエピソードは『青春少年マガジン』に詳しいが、彼が青春を少年マンガに捧げ、そして同時期にデビューした2人の親友もまた身も心も捧げ尽くし、ボロボロになって死んでいった、そうなっても悔いないほどの熱気が当時のマンガにはあったと。
特に江口寿史さんやいがらしみきおさんなどのギャグは、当時のTVのお笑い芸人よりずっと最先端を行っていたと。
言われてみると、江口さんの『すすめ!!パイレーツ』って凄い始まり方したんだよね。ベンチにスターティング・メンバーが集まってないから引き延ばさなきゃとかで、開幕戦の始球式で福田首相が投じた一球を犬井さんがホームランしちゃう。それで怒った福田首相が養成ギプスを外したばかりで全力投球しちゃったもんだから、肩を壊しちゃって、犬井さんが慰めて─とか。
もう伝説だよ。江口さんのデビュー作で、まだ絵も荒削りだったけど、当時の男子はみんなパイレーツの人物やギャグに夢中になって影響されてたよ。
小林さんはインタビューで、泉昌之さんなんかも、まったく独特だったと。ガロなどが舞台で江口さんのようにメジャーではないが、『かっこいいスキヤキ』の中の短編とか、他の誰も思いつかないことをやってたし、影響力もあった。





町内のお年寄り4人がハードロックのバンドを組んで活躍する『ジジメタルジャケット』は1990年に双葉社から出て、↑これはブルースに転向する続編『ザ・デルタ』に合わせ2002年に角川から再発されたもの。
今見ても面白いわァー。原作:久住昌之、作画:泉晴紀のユニットで、久住さんは近年ズボラ飯を当てて、数としてはそっちの方が売れてるんだろうけど、笑えるとか斬新さでは昔の泉昌之作品に大きく譲る。
というより、マンガ界全体でも、TVのお笑い芸人より影響力のあるギャグなんて、今は出てこないんだろうな。
お笑い芸人自体も、とんなるずやダウンタウンが売り出した頃に比べ、新顔でも30代とか遅咲きが増えてる気配で、若いマンガ家が生み出すギャグが力を持ち得ていた時代というのは、ビートルズやストーンズらが続々現れて傑作を生んだのと同じような2度とめぐって来ない黄金時代だったのかも分からない─
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