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『愛のむきだし』

2010-03-15 22:58:30 | 映画(映画館)
@早稲田松竹、園子音監督(2008年・日本)
キリスト教、罪作り、盗撮、アクション、カルト教団、三角関係、女装、脱出…。監督の友人が体験した実話をベースに、人間の本質を「むきだし」にする内容で、237分もの上映時間にもかかわらず大きな反響を巻き起こした、2009年最大の問題作。
敬虔なクリスチャン一家に育ったユウ(西島隆弘)。優しかった神父の父(渡部篤郎)は、ある出来事を境にユウに懺悔を強要する。心優しいユウは父の期待に応えるべく懺悔のための「罪作り」に励むようになる。いつしかそれはエスカレートし、気づけば彼は女性ばかりを狙う天才的な盗撮のカリスマとなっていた。
彼がそうなったのには、幼いころに病死した母の言った「いつかマリア様のような女性を見つけて」との言葉もあり、一度もちんちんを勃たせたことのなかったユウも、ついに運命の女・ヨーコ(満島ひかり)と出会って恋心を抱く。しかし二人の背後には、謎のカルト教団“ゼロ”からやって来た女・コイケ(安藤サクラ)の魔手が迫っていた…。



いくらなんでも自民党よりはマシだろうと民主党に投票してきたものの、政権を獲ってから小沢一郎が、各種の団体や企業や自治体からの、いわゆる「陳情」をすべて党幹事長室で受けるよう一本化しようとしたのには、そこまで権力を独占しようとするのはやり過ぎではないかと不信感を募らせたものです。
言ってたよな、小沢一郎。キリスト教は独善的な宗教で、イスラム教もそうだがキリスト教ほどではない、とか。
つまり彼は自分自身が独善的なので、他人の独善にも敏感に反応するという。この映画を一言で説明すると、そうなる。ゲロゲロ独善アート系の映画監督であるがゆえ、キリスト教(狂?)の核心部分にも迫り得たのでわないかと。
ロードショー公開時に見送ったのも、時間の長さよりも、前作の『紀子の食卓』が2006年の最悪の1本となったので。そう感じたのがオラのみでなかったことは、舞台挨拶を控えた初日だったにもかかわらず上映後に拍手が起こらずしーんとしていたことからもうかがえる。
そこでもカルト組織の問題があつかわれており、ずっと追及してきたテーマを総ざらえした感のある本作では、後半に進むにつれ尻上がりによくなって、前作はなんだったのかと思うくらいの満足感をもたらすのは確か。「鳥取のデブス」ではないが、さまざまな欠点が、深入りするうち逆に魅力となって心をワシづかみするような。
少年マンガ的な、強引なまでのご都合主義や、荒唐無稽なアクション。登場人物のキャラクターも、ほとんど全員がマンガのようだ。
しかし、寝食を忘れて読みふけるマンガ本には、「小さな説」とは異なる、人生のすべてが詰まっている。強烈な体験。『愛と誠』なんていうのもあった気がするが、そもそも本来の日本語にLOVEに相当する言葉がない。愛という言葉そのものに、われわれにとって抽象的で、捉えにくいものが含まれる。
LOVERは愛人で、LOVE CHILDは私生児だ。愛という言葉にはみだらなものも含まれるというのに、キリスト教は戒められる罪と、称揚される愛とに線引きする。そも「原罪」などと称するが、もともと罪があるとすれば、人間をそのような欠陥商品に設計した神に責任が帰せられるのではないだろうか。十字架というのがまた好きになれない。
死刑の道具である。見せしめで殺すための。もし「愛」なんていうことを言うくらいならば、キリストを十字架に磔にした側の者にも赦しを与えるべきであり、そんな闘争的で排他的なものをシンボルとして拝んだり身につけたりすべきでない。
それができないのは、できないどころかヨーロッパ各国に広まっていったのは、十字架が彼らの団結を強めて、一定の秩序=力関係を持続させるのに役立つからなんじゃないのかね。いくつかの罪をカテゴライズして戒め、信仰や希望や、なかんずく愛を持ち上げるのも、あの地域で、あの環境でユダヤ人が生き延びるために編み出した処世哲学でもあるのでわ。
小沢一郎も顔負けの、用意周到な、永続する支配。映画を見て思った。もっとも荒唐無稽な設定に、教団ゼロは裏でアダルトビデオのメーカー「BUKKAKE」とも通じており、ユウ一家を懐柔する一環として、ユウを盗撮のカリスマとして、まるで彼の父がやってたような、悩める男女の告白を聞く立場にまで仕立てる。その悩みの中に「爆弾」なんてのもあって、後半の展開に活きるので、先に述べたようにマンガ的なダイナミックさが、映画的なパワーにもつながってるんですけどね。
それにしても「懺悔」というのは、人の悩みを利権につなげうる、小沢一郎の「陳情」にも似た、いやもっと悪辣な貧困ビジネスとも呼べるものだ。神という設定、あるいは神の代理人としての教祖や指導者というシステムこそ、持続しうる貧困ビジネスの肝であり、すべての宗教は本質的に邪悪だともいえるのではないだろうか。
2000年前の人びとと比べ、現代のわれわれは地球が太陽の周りを回り、大きな隕石が降ってきて恐竜が滅び、精子と卵子には遺伝子なるものが伝わっていることを知るが、それは直接自分の目で確かめたわけではなく、そう教えられてなんとなく、神さまが7日間で天地創造したとかよりは説得力があると判断して信じ込んでいるのに過ぎない。
もしケータイ電話で愛や雇用や衣食住を左右されて、身の周りのことだけに捉われて生きなければならないとすれば、用意周到な宗教の罠に手もなくハマってしまうかもわからないし、ハマったが最後、脱け出すのは容易でないが、映画ではさんざんドキドキさせられた挙句、ハッピーエンドを迎えるんですけど。ユウの西島隆弘くんら、一世一代のような強烈な役柄を演じた役者さんたちに、これからの芸能人生でも幸多かれと祈らずにはいられない。
むきだしの愛。人生でただ一人、ちんちんが勃起する相手を見つけたのに、拒絶されてしまい、最後の最後までたいへんな運命をたどる西島くん。45才まで金銭抜きの性行為をしたことのないシロート童貞のオラにとって、それは現実にほかならない。かわいいかわいい西島くんですら、こんなに苦労しなければ得られないのが愛だとすれば、人生にとって愛とは重すぎる。

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