wadyのケインパトスクロウへの道

Twitter(https://twitter.com/wady_anizya)の補完、雑記物置き場として。主に創作関係

セカイ系について2

2016-10-12 02:38:00 | オタク論
前回の投稿では基本的に物語構造論について書いた。セカイ系に話を戻してみよう。

さて、前回からいろいろ調べていくうちに、セカイ系構造を有する作品の共通項について面白い指摘を見付けた。
一つ目は、セカイ系作品においてヒロインがセカイの命運を握りえるほど強大な存在になる(である)、ということ。
二つ目は、セカイ系とは主人公の暮す小さな世界の中で物語が完結している、ということ。

今回はこれらについて考えてみる。
まず、一つ目は私も非常に身に覚えがあるというか、その通りだと思う。前回「セカイ系について」にて、主人公が普通だとヒロインが特殊性を担い、ジャンル選択として戦争、戦闘と相性がいいという主張をした。その果てに、強大化しきったヒロインがセカイの命運を握った結果、主人公は普通のまま世界の危機に直面すると言えそうだと思われるからだ。
そして、どうやらこの強大化しすぎたヒロインが主人公周囲の世界から逸脱し、はるか上のランクに移動、それこそ「世界」に影響を及ぼし始める構造こそがセカイ系で、ランク移動というか階層が異なってしまった存在であるヒロインに、普通人ながら知り合いであるというだけで主人公が関わり合いを保つことを指して中間項の喪失という言葉を使うのならば、確かに妥当な形容のような気がしてきた。

これを語るために、二つ目の指摘に移りたい。これはこれで面白いのだが、私は反対の立場を取りたい。詳しくはニコニコ大百科の記述にあるが、重要部分のみ引用しよう。
「世界を救う。このテーマは古今東西普遍的なヒロイックサーガのテーマとして使われてきた。日本を代表するRPGであるドラゴンクエストやファイナルファンタジーもこのテーマは変わっていない。だが、これらの作品とセカイ系は決定的に違う点がある。これらの世界を救う物語には避けては通れないお約束がある。『世界を救うためには世界中を巡らなくてはならない』がそれである。主人公たちは旅の中で世界中の国の人々と語らい、あるいは驚くような冒険を繰り広げ、あるいはその地にはびこる悪を倒し、そして最後に世界の果てで待ち構えている大魔王を倒さなくては世界の平和を取り戻せない。一方、セカイ系は違う。セカイ系の物語では、主人公は最初の村から出ようとしない。ことによっては自分の家からすら出ようとしない。ここでいう最初の村とは主人公が所属しているコミュニティのことであり、自分の家とはコミュニティの最小単位、すなわち家族・友人・恋人のことである。世界の危機とは村の崩壊と同意義であり、伝説の武器も倒すべき大魔王も村の中に存在している。そんなこじんまりとした大冒険がセカイ系の物語である。」(ニコニコ大百科:「セカイ系とは」より)

前半部分のRPG要素に引きずられ、中間項の喪失に引きずられ、エヴァのイメージに引きずられ、後半がやや怪しい説明になっている。私なりの主張を加味するならば、主人公が最初の村で仲良く暮らしていた幼馴染が、特殊性を持つ要請から突如世界を支配する強大な魔王の力に目覚めてしまった、という風になる。そこで従来の物語では主人公は勇者になって仲間たちと冒険して魔王を倒しに行くのだが、セカイ系において主人公はそんなヒーローにはなれないのだ。悲しいことに、非力で、しかも世界を救いたくて魔王のもとに行くのですらない。行動原理が幼馴染の身を思っている一点のみなので、ぶっちゃけた話セカイ系で主人公は世界を救おうなどこれっぽっちも思わないのである。主人公が持つ唯一の特殊性は、幼馴染(魔王)と仲が良かったというだけ。これらが満たされていれば、魔王城は村の中でも隣町でも世界の果てでもどこにあってもいいし、問題がコミュニティ内で終わるかどうかも関係ない。伝説の武器などセカイ系の主人公が持ってはいけない。
と、このようにRPGセカイ系の説明は根本的に破たんしているのだが、興味深いのは、魔王となってしまった幼馴染と主人公の間には、確かに中間項が無い事である。好きだった、知り合いだ、幼馴染だ。その個人的関係を掲げて主人公は世界の最前線に飛び込むしかない。そこに中ボスも村人も、場合によっては家族でさえも何の手出しもできないのだ。
ひとまず以上を考慮してセカイ系の定義を修正するならば、「一般人を代表する主人公の少年と、世界の命運を握るほどの特殊性を持つ少女の関係が、社会という中間項を介さずに成立している作品」となるだろうか。

さて、こうやって私のセカイ系を多少明確にしたところで、ポストエヴァセカイ系三作品として私がよく上げる、ほしのこえ、イリヤの夏、最終兵器彼女について考える。
すると面白いことに、後者に作品についてはヒロインはそれこそ世界の命運を一手に担ってしまうほど重い立場に立つことになるのだが、(そして典型的な社会という中間項の喪失が描かれてるが、もちろんヒロイン側が社会から飛び出していった結果である)お気づきだろうか。ほしのこえはそうだったろうかと。ほしのこえのヒロインは、突如選ばれ、そのパイロット特性から遠方に遠方に社会を逸脱していくが、その特殊性も精々がオリンピック選手くらいの特殊性であって彼女固有でも強大でもなんでもない。更にはセカイの命運も別にかかっていない。彼女に掛かっているのはむしろ彼女自身の生存(=もう一度のぼる君に会う)の一点である。
これはいったい何を意味しているのだろうか。ほしのこえの特異性は、少女の特殊性が弱いだけのセカイ系の亜種の範疇なのか、それとも新海誠の作家性の発露なのか。こう書いておいてなんだが、私は両方だと思う。少女と無慈悲に理不尽に引き離された無力な一般人である少年が、メールに思いを託している間に、着々と少女を失っていく。前半部分がセカイ系要素、後半が新海誠。そう考えると、新海作品を通じて君の名は。に至る流れを追うことでセカイ系について迫っていけそうである。これを次回以降としたい。

ところで、戦闘美少女論を予定していたが、こうなると本筋から離れてしまったような気さえする。小さな扱いにして番外編として近々考えることとしたい。
以上、長文お読みいただいた方に感謝いたします。またお願いします。
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