和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

古書店の波打ち際。

2017-05-20 | 道しるべ
産経抄2017年4月30日に、
「・・折しも仏文学者、桑原武夫氏の遺族が寄贈した
蔵書約1万冊を、京都市の図書館が無断で廃棄していた
との記事(大阪版)を読んだ。
『知識が増えるほど、われわれの無知も明らかになる』
と米大統領、ケネディの言葉にある。・・・」

この蔵書のことが気になっておりました。
これを、どう考えたらいいのか。

林望著「役に立たない読書」(集英社インターナショナル新書)
に高校生の林さんが出合った古本が紹介されております。

「当時、早稲田通り沿いには今よりもずっと
多かった古本屋が、それこそ軒を連ねていて、
ちょうど自宅へ曲がる角に『金峯堂(きんぽうどう)書店』
という古本屋がありました。その店の軒先に出ている、
一冊100円だったか50円だったかくらいの、廉価古本が
並ぶ棚を眺めるのが、そのころの日課だったのですが、
ある日、三好達治の『故郷の花』(昭和21年刊)という
詩集の初版本を見つけました。和紙で装訂された、
小さな美しい詩集でした。それが、ふと気になって
手に取ったのが、詩の本と私の出会いでした。
ああ、詩の世界とはこういうものなのかと。
いいなあと。この小さな美しい初版本は、
今も大切に保管しています。」(p34)

そういえば、
桑原武夫著「詩人の手紙 三好達治の友情」
という本がありました。ここには
桑原夫人の写真も載っておりました。

もどって、林望氏のその本の次のページに
こんな箇所があったのでした。

「ある日、神田神保町の一誠堂書店という
老舗古書店の店頭で、そうやって棚を眺めていたとき、
私は一冊の本を手に取りました。それは『解題叢書』と
題された一冊で、大正14年に広谷国書刊行会という出版社
から出た本でした。ページを開いてみると、そこに
小さな字でたくさんの書き入れがしてあるのを発見しました。
その字を見れば、決して忘れることも見まがうこともない、
懐かしい先師阿部隆一先生の手書きの文字だったのです。
私は、先生遺愛の一冊と、こうして巡り合って、
いまも大切に書庫にしまってあります。」


京都の図書館から廃棄された本たちが、
どのように流れてゆくのかを、思うことにします。
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