和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

木山さん。

2012-06-21 | 本棚並べ
岩阪恵子著「台所の詩人たち」(岩波書店)で
木山捷平氏の詩を取り上げておられた。
うん。岩阪恵子さんは木山捷平への水先案内人かもしれませんね。
と、遅まきながら気づきます。
そういえば、講談社文芸文庫の
「木山捷平全詩集」と「氏神さま・春雨・耳学問」の
解説を岩阪恵子氏が書いている。
(どちらも、持ってはいるのですが、未読本)
それじゃ。
ということで、岩阪恵子著「木山さん、捷平さん」を
古本で注文することにします。

ところで、三木卓著「K」の読後感が尾をひいているので、
三木卓著「わが青春の詩人たち」(岩波書店)を本棚から
とりだしてパラパラひらいていると、
そこに、木山捷平氏が登場しているのでした。
せっかくですから、その箇所を引用。


「新宿あたりで酒を飲むのは、それからずっとあと、編集者になってからのことである。駅の東口を出たところに『五十鈴』という酒場があって、ここはお握りと野菜炒めがとてもおいしかった。そのことを思い出して、あるときノレンをくぐったら、奥のほうに木山捷平がこしかけていて、杯を傾けていた。芸術選奨を受けた『大陸の細道』(新潮社、1962)が出たころではなかったろうか。かれの作家としての仕事にあぶらが乗っていた時期だと思う。・・・・
『木山さん』
アルコールの入っていたぼくは、気楽に声をかけた。
『森竹夫の息子です。いつぞや偲ぶ会のとき来てくださったでしょう。そのときはありがとうございました。』
するとかれは顔を上げてぼくをじろっと見、ぶっきらぼうにいった。
『森の息子か。で、今、何をしている』
『書評の新聞で働いています』
『ふん』
かれはくそおもしろくない、というようにいった。
『そんなことをしているひまがあるなら、田舎へ帰れ。学校の先生になれ』
『えーっ』
ぼくは驚いていった。
『そんなこといわれたって、困ります。だってぼくは、教員の免許をもっていないんです』
『なんでもいい』
木山はいった。
『こんなところをうろうろしていないで、さっさと田舎へ帰れ。ろくでもない』
ぼくはその剣幕におそれをなして、そばを離れた。それから『五十鈴』へ行ってかれがいると、離れた席にすわった。木山はどうやらなかなか頑固な人なのである。ぼくは、それでもなお二、三回、つかまって、『故郷へ帰って教師になれ』といわれた。当時は就職難だったから、文学部に進学したものは教員免許をとっておけというのが、大人のよく口にするところだった。しかしマンモス大学のロシア文学専攻のぼくの場合、五年いないと英語の免許は取れない。それに、教師に簡単になれる時代ではなくなっていた。しかし、あのときじつに頑固にかれがそういいはったのは、ぼくのうちに都会で軽薄に生きている若者の一人を見たせいにちがいない。そして晩年にいたってからは、味わいある個性派作家として高い評価を受けるようになりはしたが、それまでの自身の歩いてきた人生の困難を思わずにはいられなかったのかもしれない。
しかしかれは、ぼくが1966年に最初の詩集を出したときには、おおいによろこんで激励してくれた。故郷へ帰らせることをあきらめてくれた気配のせいでもあったが、ぼくはうれしかった。」(p280~282)

うん。よいチャンス。
いまだ開いたことのない木山捷平全詩集を、
この機会にめくってみます。
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