和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

ふわーと湧きあがって。

2012-07-07 | 古典
窪田空穂全集の窪田空穂年譜をひらくと、
大正元年(1912)空穂36歳の時に、
「評釈伊勢物語」を刊行しておりまして、
昭和30年(1955)空穂79歳の時に、
「伊勢物語評釈」を刊行しております。
どちらも、その序を読んだところなのですが、
おもしろい。
ということで、気がついたこと

36歳の時に刊行された「評釈伊勢物語」の
序のはじまりを引用。

「私は十代の終りから二十代へ懸けて、をりをり伊勢物語を手にした事があつた。それは此の物語が、我が国の古典の中の主なる一つであるといふ所からで、さういふ名高いものに眼を通して置きたいといふ単純な心持からであつた。が私は何時も、読みさしにするばかり、一度もしまひまでは読めなかつた。私には此の物語が、其の名の高いにも似ず面白みの少い、胸に遠いものであるとよりは思へなかつた。
この頃になつて、――三十代にはひつて、私は不図した機会から復た此の物語を手にした。と其の中にをさめられてゐる小話の一つ一つが、不思議な位まで面白いものに感じられた。そして眼を離す事の出来ないもののやうな気がして、一気に終ひまで読みをはつた。
何故今まで此の物語を読まなかつたらうと私は悔いた。それと共に、一般の読書界も、何故もつと此の物語の名を唱へないのだらうといふ怪しみも起つた。・・・」

うん。明治10年(1877)生れの窪田空穂氏にして、この言葉があるのですから、今ごろの私など「伊勢物語」など触れもせで、暮していたわけです。その空穂氏はあらためて79歳で「伊勢物語評釈」を出しておられる。

そういえば、昭和3年(1928)生れの河合隼雄氏。その対談集に面白い箇所がありました。それは「続々物語をものがたる」(小学館)にある大庭みな子氏との対談「伊勢物語 夢かうつつの人生模様」に出てくるのでした。
それは対談の最初に出てくる河合氏の言葉でした。

「じつは、私は和歌はわからん(笑)といってきたのです・・・・
ところが、今年、古稀をむかえたのですが、これぐらいの年になると、和歌がだいぶわかってきたのか、けっこうおもしろかったので、たいへん感激しましたね。やっぱり和歌というものはたいしたもんだと思いました。」

そのあとでした。河合氏は伊勢物語について、こう語っております。

「たとえば『かきつばた』でもそうですが、まずイメージの喚起力ということもあるし、それから、やはりエモーションの感受力も感じますね。つまり、たんに事実を詠んでいるんではなくて、その事実の周りのものがぜんぶ立ちあがってくるようにつくられている。それが初めはわからなかったんですね。それが、こんど『伊勢物語』を読んでよくわかるものですから、すごくおもしろくなって・・・・。昔は、僕はわりに事実主義だったものですから、事実がおもしろくなかったらというか、事実が簡単だったらおもしろくない。だけど、いまはそうではなくて、一つの和歌がものすごくたくさんのものに関係しているんですね、その読み手にたいして。それがわかってきたということだと思います。たとえば、

   月やあらぬ春やむかしの春ならぬ
    わが身ひとつはもとの身にして

この歌でも、一つ一つの言葉がすごいんですね。それに音とか、いい方とか・・・。これだって事実だけでいえば、世の中は変わっていくけれども、俺はもとのままだ、という内容ですが、それだけではない何かがふわーと湧きあがってきますね。そういうところがなんともいえずおもしろい。」

うん。これは対談の導入部で
まだ「物語」の醍醐味まではいっていないのですが、
とりあえず、70才の河合氏が、ここにいます。
それにしても河合隼雄氏は古稀を向えて、
伊勢物語の面白さを味わえたといっている。
うん。私には早すぎるかなあ(笑)。
これをよい機会に、窪田空穂による「伊勢物語」を読んでみます。

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