和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

単行本の帯に。

2017-05-19 | 古典
「編集者 齋藤十一」(冬花社)。
そこに、新潮社の雑誌「新潮」について触れている箇所で。

「昭和41年(1966年)九月号に、
吉村昭氏の『戦艦武蔵』420枚が一挙掲載された。
失礼ながら当時はまだ同人雑誌作家クラスと目されていた
吉村さんに対し、実に破格の大胆な起用であった。
これも齋藤さんが、或る小さな業界パンフレットに
連載されていた吉村さんの『戦艦武蔵取材日記』という
エッセイを読んで決断した企画だった。」(p57~58)


この箇所が、気になっておりました。
本棚に「戦艦武蔵ノート」を置いて、
ずっと読まずにありました(笑)。
ちょうど、私のなかで読み頃をむかえて、
このノートと文庫本「戦艦武蔵」とを読了。

そういえば、本棚に講談社「少年少女古典文学館」が
あって、これも未読なのですが、そのなかの
「平家物語」は吉村昭氏の名前があった。
ということで、取りだして、その「あとがき」をひらく。

「少年少女古典文学館の『平家物語』の現代語訳を
担当してほしい、と編集部から依頼されたとき、
私は、20数年前に書いて単行本として出版された
『戦艦武蔵』のことを思い起こした。
その単行本の帯に
獅子文六氏が、
『この小説には哀感があり、平家琵琶の音色がする。』
といった趣旨の推薦文を書いてくださった。
太平洋戦争中、戦艦『武蔵』は、
フィリピン沖でアメリカ空軍機の波状攻撃をうけて、
多くの乗員とともに沈み、獅子氏は、
その悲劇を平家一族の多くが海中に沈んだ壇ノ浦の戦と
重ね合わせて、そのような感想をもたれたのである。
『戦艦武蔵』を書いた私が『平家物語』の
現代語訳をすることに因縁めいたつながりを感じ、
編集部の依頼を引き受け、その現代語訳に取りくんだ。」

ちなみに、講談社の「少年少女古典文学館」の
監修は三人。司馬遼太郎・田辺聖子・井上ひさし。

はたして、吉村昭氏は「平家物語」だと
企画したのはどなただったのでしょう。
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