ポスケブログ with 田中助六

twitterを敷衍すべく作ってみました。それ以外のことも、随時書き散らかそうと思っています。平成26年11月13日設置

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大東亜共栄圏と八紘一宇

2016-10-29 19:02:33 | twitter連動
世界秩序は多極化の時代を迎えている。そういう中で日本がどのように世界に関わるのかが問われている。

西尾幹二氏は「焚書図書開封」という仕事を継続中であり、戦前の日本人がどのように多極構造の世界を見ていたのか、どのように関わろうとしたのかの復元を試みている。当時の日本の世界との関わり方の大原則は共存共栄であった。欧米列強の搾取に対する大日本帝国の原則をそこに見いだすことが出来る。人種平等も同じく大日本帝国の原則であった。

共存共栄や人種平等という発想は日本人にとって極めて自然なことである。それを東亜に広げようと試みたのが大東亜共栄圏だが、それは明治の開国以来の日本人の念願でもあった。開国により日本人が見た世界は日本人の常識から見ると信じられない差別と搾取に満ちた世界だった。欧米をはじめとしたユーラシア文化は奴隷の文化である。力の弱い異民族は征服され奴隷として生きていくしかないのが普通のことであった。科学技術文明を手に入れた欧米人は当然のこととして欧米以外の国を支配しそこに住む異民族を奴隷として扱い搾取した。

欧米人にとって当たり前で快適な世界も、日本人にとってはそうではなかった。日本人は自分たちの常識に合わせて人種平等や共存共栄を目指すこととしたがいかんせん開国したての日本にその力はなかった。そこで昔から交流のあった支那朝鮮と連合して欧米に対抗しようとしたのがそもそもの間違いであった。支那朝鮮は奴隷と搾取の文化をだったからである。日本人は「孤独」の中で当面の課題として自存自衛を全うすることを目指し、それに成功した。

自存自衛という当面の課題に目処が付いた頃に台頭してきたのが国際共産主義である。満州国建国は満州族の民族自決を支援し、人種平等と共存共栄を実現すると同時に、国際共産主義に対する防波堤の役割があった。しかし欧米は日本の主張を認めることはなく、かえってこれを奇貨として日本を追い詰め始めた。米国にも国際共産主義者が入り込み日米の離間工作をしたことは既に相当の証拠が挙がっている。米国を仲間として生きていけるのではないかという日本人の甘い期待は露と消えた。日本人は孤独を再認識するとともに、日本の常識を東亜に広げようという意見が強くまった。即ち八紘一宇である。

八紘一宇とは皆仲間として扱うという日本人の常識を広めるということであり、人種平等や共存共栄はそこから派生する当然のことであった。奴隷の存在も搾取も認めないのが日本の文化であり日本人にとって当然ことだからである。ただしこのような文化は、世界では極めて異端の文明ということを日本人は肝に銘じる必要がある。異端であるが故に日本人は孤独なのである。そのことは現在も変わらない。

大東亜共栄圏は敗戦により一旦は潰えた。しかし日本が多極化した世界に関わる上での指導原理は八紘一宇をおいて外にない。日本人はユーラシアの奴隷と搾取の文明に合わせよとしても上手くとは思えないし、合わせたところて日本自身は充実感を味わうことは出来ず、したがって幸せにもなり得ない。グローバリストという似非ユーラシア文明人として生きていくことは、日本人を幸せにはしない。日本人だけの日本であれば八紘一宇を意識する必要はない。天然自然に存在するからである。グローバル化すればするほど日本人は八紘一宇を必要とするのである。
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