うなぎの与三郎商店

目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず、教育・古典・語学・芸能など。タイトルは落語「うなぎ屋」より。

ひらめき頼りの自説でどこまで食えるか〔増補〕

2016-12-27 23:00:00 | 教育 聖と俗の教育随想
【ひらめき頼りの自説でどこまで食えるか〔増補〕】

《ひらめき頼りの自説がどこまで通用するか。体系化された知を持たない人間は己の限界が明白になったとき、どうするか。〔2016-12-27追記〕2016-12-17の同タイトル記事文末に大学入試小論文参考書の話を追加》

 今年になって引き受けた仕事のひとつに企業内研修の論文チェックがある。

 課題文や統計資料等が添付された所定の設問に対し、日頃の業務を踏まえつつより具体的で実践的な回答を提示する。その点で教員採用試験の小論文・論作文に近い。

 ただ、論文といっても特定の業務・部署・分野に関わる専門的なものではない。評価の軸となるのは論理構成、論旨の明確さ・一貫性、用語法等で、内容はどちらかというと二の次である。だから私も朱筆を入れることができる。

 そんな課題のひとつに、今回、15年ほど前の大学入試の小論文課題と同じものがあった。詳細は省くが、サービス業界に浸透するマニュアルの問題である。

 答案に向き合う前に、パソコンの「データベース」(過去20年分の小論文入試問題pdf)から当該大学の問題を呼び出した。添付された「解説」「解答例」等を見ながら、さて、「社会人」「企業人」の答案をどう添削したものかと考える。

 この仕事には基本的なガイドがあるだけで細かな指示書がない。各添削者の裁量部分が大きい。これは教採論作文でも同じで、両者に共通しているのは、添削業務としてそれなりにまとまった単価があること。身も蓋もない話だが。

 7、8枚の答案にざっと目を通し、大まかな方針を立てる。少し厳しいくらいでいこうと決める。何しろ、第一線の若きビジネスパーソンの答案である。成人前の大学受験生(高校生・浪人生)とは知識もキャリアも人生経験も違う。

 しかし、実際にとりかかってみると物足りなさが募る。

 原因はわかっている。端的に言うと、答案の論述に体系化された「思想」がない。比較的真面目な人間がその場で一生懸命考えればたどり着きそうな、少しきつい言い方をするなら、陳腐な正論、優等生答案が延々と続く。

 大学入試ならまだいい。高校までの指導において、「知識・技能」の習得や「思考力・判断力・表現力等」の育成を目指すことはあっても、特定の思考モデルを習得し、応用するといったことはほとんどないからである。

 例えば、問題となっている「マニュアル化」を「トヨタ化」「マクドナルド化」「ディズニー化」等の枠組みで理解し、モデル間の共通点と相違点を見極めながら、しかるべき処方箋(解決策)を考える、ということはほとんどない。

 それに対し、ビジネスの一線に立つ人間には、研修や現場経験で培われた価値と技術の体系があるだろう。論述でもそれを使えばいい。それなのに優秀な「高校生」の答案が続く。

 研修だから突出することを恐れているのか。チェック役が私に回ってくるくらいだから、専門性とは無縁な、どこにでもありがちな「文章教室」に過ぎないのか。

 方法について、『臨床心理学入門—多様なアプローチを越境する』〔注1〕は初学者に向けて「精神力動アプローチ」「ヒューマニスティックアプローチ」「認知行動アプローチ」を紹介している。例えば、大学への不本意入学を機に無気力になった「光一」にどうアプローチするか(第10章)。

 3つのアプローチの「人間観」「アセスメント」「治療関係」「面接の中心作業」「治療的ターゲット」を比較対照させた表がある〔注2〕。

 アプローチの大前提となる「人間観」を見ると、「無意識の力に動かされる存在」(精神力動)、「自己実現に向かう存在」(ヒューマニスティック)、「いくつかの機能が集まった仕組み」(認知行動)とある。スタートラインからしてこれである。その後の「光一」に対する具体的なセラピーのありよう、多様性は推して知るべし。

 これと同じく、「マニュアル」問題にアプローチするときも、理論であれ、現場で積み上げ共有されたノウハウであれ、しかるべき枠組み、体系があってのキャリア(社会人・企業人・職業人)、キャリアの思考ではないかと考えるのだが。

 他人様のことはそれでいい。では私はどうか。

 私には「マニュアル」に対する基本的な観点やアプローチがある〔注3〕。「マニュアル」をどう考えるかというとき、まずは事実を直視する……といったピュアなことはしない。既にある基本枠組みの中に事実を流し込み、少なくとも自分にとっては一貫性のある考えを導こうとする。

 大切なのは、先入観をなくすことではなく、先入観を持って事実に接し、事実に即して柔軟に軌道修正していくこと。

 問題はその枠組み、先入観といったものがどの学問・学派・理論・思想等に通じているのか不明確であることである。見方を変えると、自分の考えのルーツに無自覚なまま言葉と思索を重ねている。

 ひらめき頼りの自説がどこまで通用するのか。体系化された知を持たない人間は己の限界が明白となったとき、どうするか。

 それを考えると、御他人様の答案に朱筆を入れている場合ではなかろう。体系の欠如は自分の問題である。

〔2016-12-28追記〕
 毒にも薬にもならない、将来的に言論の虚しさを思い知るためのトレーニングかとまがう大学入試小論文参考書・問題集が多い中で、明らかに「別格」だと思ったのは、吉岡友治『社会科学系小論文のトレーニング 12の「理論モデル」×書き方のコツ×入試問題』(Z会、2004年)である。本棚を整理していたらひょっこり出てきた。10年ほど前、Kを目指す受験生の個別指導で使った。生徒にももちろん購入させた。

 半年ほどの授業を通して、隅々まで読み込んだ。「体系的」な学習がいかに大切であるかをかなり丁寧に確認できた。よくできた参考書(テキスト)だった、生徒もよくついてきたと思う。

 大学入試に限らず、教員採用試験の小論文・論作文でも「教え方の技能(知識不要)」が問われ、「熱意」や「使命感」のアピールにとどまりがちな現状を考えると、このような学習を通して力をつけた受験者を正当に評価できる出題に変わらなければ、いずれの小論文試験も知識不要・準備無用の「一発芸」の修羅場が続く。「対策本に合わせて本試験を変えよ」というのは転倒した発想だが。


1.岩壁茂・福島哲夫・伊藤絵美著『臨床心理学入門—多様なアプローチを越境する』有斐閣(有斐閣アルマ)、2013年。
2.同前、235頁。
3.ブログ内検索「マニュアル労働」参照。
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