うなぎの与三郎商店

目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず、教育・古典・語学・芸能など。タイトルは落語「うなぎ屋」より。

水に落ちた団子ザル

2016-09-16 23:00:00 | 随想 社会・文化私論
【水に落ちた団子ザル】

《豊洲市場の偽装問題を巡る石原慎太郎バッシング=「イシハラえんがちょ」その他について》

 豊洲市場の問題について、「被害者」代表・石原慎太郎の都知事在任中の言動が取り沙汰されている〔注1〕。メディアもようやく叩けるようになったか、「『ウソつき』と『卑劣な小心者』とをこねて団子にしたような男」〔注2〕のことを。また、在任中は「団子男」の言外の意向まで汲み取り粛々と任務を遂行しておきながら、問題が明るみに出ると手のひら返しの「イシハラえんがちょ」をする都庁幹部・担当者も、同じ穴の「被害者」としてメディアで活躍中である。みなさん、お賑やかなことで。

 このまま豊洲の問題など吹き飛ばし、都教委に飛び火してくれないか。行政学者に「学区の自由化による学校選択制の導入、教員そして学校についての評価、『指導力不足教員』の排除、そして全国学力テストの実施による学校間競争の促進、さらに日の丸・君が代の強制による良心の自由や思想・信条の自由の抑圧など、新自由主義と新国家主義による教育と学校『管理』の進行には、すさまじいものがある」〔注3〕などと絶句させた文部行政、その最先端を担っていた東京都教育委員会の"粛々ぶり"を暴露するスキャンダルが起こらないかと期待するが、ここでは関係のない話だ。

 話は変わるが、予備校講師の生命力は思いのほか強く、たとえひとつの予備校とご縁がなくなっても業界そのものにはしぶとく生き残っている。それが幸か不幸かは別にして。一方、講師の境遇を差配するはずの教務担当者はじめ予備校職員の方は、正社員として勤務しているはずなのにあっけなく息絶えたりする。転職先のほとんどは業界外。それが不幸か幸かは別にして。

 だからというわけでもないが、私は少し違和感を覚える職員に出くわすと「この人はいつ会社を、この業界をやめるのだろう」と無意識のうちに計算し、相応にやり過ごす。これまで致命的な場面に遭遇しなかったのは偶然だと思うが。また逆に、手厚い配慮をしてくれる職員に対しても彼/彼女がいつまでもいるわけではないという前提でドライな応対に徹することが多い。

 人の一生は80年あるかないか。あっけないと思う。例えば、亡くなった加藤紘一〔注4〕が「加藤の乱」以降に日の目を見ることがなかったように、その人のその後の人生、在り方、評価を決定づける瞬間というのはある。しかし、短期決戦と当面の勝敗とは別に、長期的な闘いの中でウソはウソ、小心者は小心者であることが明らかになる場合もある。俗にいう「歴史の審判」である。そのとき、短期決戦がひと段落したときに「被害者ヅラ」を演じたことさえ「歴史の審判」の中で相対化される。

 現在進行中の物事を即座に判断・評価するのは難しい。最近、長谷部恭男編『安保法制から考える憲法と立憲主義・民主主義』(有斐閣、2016年)に目を通していたら、昨年来の一連の動きや問題の所在が明瞭になり、それと同時に首相の個人的な思想信条や人格にこだわっていては何ひとつ見えないという思いを強くした。見るべきものは首相の不埒な顔面(猥褻物)ではなく、聞くべきものも舌足らずのサル(首相)の雄叫びではない。

 ゲリざる(首相)はやがて死ぬ。団子ザル(元都知事)もすぐに死ぬ〔注5〕。死ぬ間際のゲリざる・団子ザルは叩きやすい。しかし、そんなものを叩いたところで議論は不毛であり、己をますます貶めるだけである。「そのとき」自分はどこまで知っていたか、知る必要があったか。「そのとき」自分は何をしていたか、何をすべきであったか。

 素人の私が言うならまだしも、メディアの人間はピュアに驚く暇があれば正直に言ったらどうだ、「そんなのはみんなわかっていたことだ」と。わかっていたにもかかわらず、ことを荒立てることなく動きもしなかった自分のことを。

 自分の在り方に遡及しない議論、叩きやすいヒト科ゲリ類を探しては叩くばかりの議論は無意味であり、退廃である。


1.「豊洲の地下利用案、繰り返された石原氏の発言の影響は?」(朝日新聞デジタル2016-09-16 09:50)ほか。
2.本多勝一『貧困なる精神N集 石原慎太郎の人生』朝日新聞社、2000年、86頁。
3.新藤宗幸『教育委員会――何が問題か』岩波書店(岩波新書)、2013年、183頁。「疾風怒濤のアイヒマン」2014-01-19参照。
4.「加藤紘一・元自民党幹事長が死去 00年に「加藤の乱」」朝日新聞デジタル2016-09-10 18:34。
5.ゲリざる(首相)及び団子ザル(元都知事)について、ここでいう「ゲリ」や「さる(サル)」とは、身体疾患・症状や生物種のことではなく、特定の知的傾向(知性)のことである。念のため。
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