うなぎの与三郎商店

目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず、教育・古典・語学・芸能など。タイトルは落語「うなぎ屋」より。

餅はコンビニ〜人生に必要なアカデミズムはすべてコンビニのレジ脇で学んだ〜

2017-05-04 23:00:00 | 教育 学校・教職・授業論
【餅はコンビニ〜人生に必要なアカデミズムはすべてコンビニのレジ脇で学んだ〜】

《大学がアカデミズムを売っていなかった、コンビニがアカデミズムの総本山だった、みたいな話》

 時間軸に歪みが生じているのか、時々、Twitter上に数年前のニュースが最新情報のような顔をして登場する。そのいくつかはお得感のあるニュースなので、悪くない歪みである。そのうちのひとつ——

大学で「職業人」育成を 教育再生実行会議が提言
 政府の教育再生実行会議(座長・鎌田薫早稲田大総長)は4日、職業に結びつく知識や技能を高める実践的なプログラムを大学に設けるとの提言を安倍晋三首相に提出した。アカデミックな教育課程に偏りがちな大学を変革し、産業界が求める「即戦力」となる人材を育てるのが狙い。社会人の学び直しを後押しするとの期待もある。〔以下略〕〔日本経済新聞電子版2015-03-05〕


 気になったので提言の原文を確認する。なお、「アカデミック」「即戦力」というフレーズは記者による論点整理の言葉だったようで、提言に直接出てくるわけではない。

◎大学等を若者中心の学びの場から全世代のための学びの場へ
 大学、高等専門学校、専修学校等は、これまでの若者中心の学びの場から、全世代のための学びの場への転換が求められます。また、人生を豊かにする学びに加え、「実学」を重視した教育を提供することや、社会人の働き方が多様化していることに対応し、柔軟に教育を提供していくことも必要です。例えば、職業や育児等と両立しやすい弾力的な履修形態で、社会人のニーズに合ったプログラムを提供するなど多様な学び手のニーズに対応した教育機関になっていくことが必要です。〔教育再生実行会議「『学び続ける』社会、全員参加型社会、地方創生を実現する教育の在り方について(第六次提言)」(2015-03-04)の「1.社会に出た後も、誰もが『学び続け』、夢と志のために挑戦できる社会へ」より〕


 大学を生涯学習社会におけるリカレント教育のセンターとして位置づける議論である。単に個々人の趣味・嗜好・教養レベルのニーズを充足させるだけでなく、企業研修のアウトソーシング化に見合う実務的な水準を確保・維持することが求められている。18歳年齢の減少と大学定員の増加が深刻な定員割れを引き起こす中で、「社会人」と「留学生」に活路を見出した大学(大学院)のここ数十年来の陳腐な「戦略」を追認し、後押しする「提言」である。

 ふと、大学の「知性」の変貌を指摘した一節を思い出す。その著者によると、現在、大学という専門的知識に関する「ストックの牙城」がハイパー・メリトクラシー教育(人間力、課題発見・解決能力、社会人基礎力、コミュニケーション能力等の育成)に傾き、その一環として「実務家講師」がキャンパスに「侵入」しているという〔注1〕。その延長上で考えるなら、「提言」にある「社会人のニーズに合ったプログラム」はこの種の「実務家講師」の独壇場である。従来型の「大学教授」はお呼びでない。

 もし私が大学の教官(非常勤講師を含む)であれば、生命体としての最低限の防衛本能が働き、この種の「提言」によって自己の生存条件(待遇レベル)が著しく悪化することを警戒するだろう。

 しかし、幸か不幸か、私は大学の教官ではない。一介の予備校講師である。自称でよいのであれば「実務家講師」の端くれである。「ニーズ教育」の進展は待遇レベルの悪化以上に、絶好のビジネスチャンスの到来を意味する。私の場合、教職課程の担当者を押しのけ、教採合格という「ニーズ」に合致した「商品」を提供する機会がいっそう増えることになる。

 もちろん、私(たち予備校講師)が重用されるのは、待遇レベルが相対的に低く、簡単に契約解除できるからである。ただ、状況をわかっている人間が割り切って「ニーズ教育」に適応するのと、アカデミックな研究と教育の狭間で真摯に悩みながら「ニーズ教育」への適応を迫られるのとでは、だいぶ事情が違う。

 「大学改革」は今後とも手を替え品を替えグズグズと続く。グズグズによって生じる「利権のようなもの」にそれなりの旨みがあるからだ。私の希望を言うなら、日本の大学は専門的な知識や技術の取扱いをやめ、「ニーズ教育」に傾き、「ハイパー・メリトクラシー教育」を推し進めてもらいたい。スーパーサイエンスだのグローバルだのとほざきながら、高等教育機関としてのガラパゴス化に邁進してもらいたい——一切の邪心抜きに、心底そう願っている。何しろビジネスチャンスなのだから。

 困ったことに、「ニーズ教育」の推進者にはアカデミズムの残滓がまとわりついているのか、表面的な威勢のよさとは裏腹に、不徹底なことをドヤ顔で語る奴輩がいる。少々古くなるが、例えば次のような「提言」——

 学生には、職業人として必要なスキル、実践力を大学で身につけてほしい。学術的な教養にこだわる従来の文系学部のほとんどは、ローカル大学にはもはや不要です。何の役にも立ちません。サミュエルソンの経済学ではなく簿記会計を、憲法学ではなく宅建法を、シェークスピアよりも観光業で必要な英語をこそ学ばせるべきです。
〔中略〕
 そもそも教養って何でしょう。教養、つまりリベラルアーツの本来の定義はプラトンの時代から、人間がよりよく生きていくための「知の技法」でしょう。それが現代では、たとえば簿記会計になるんです。実社会を生きていく上で確実に役に立ちますから。


 経済記事で何度かお目にかかる高名な人物の御高説である。当の御本人のその後の御活躍については「ますますご清祥のこととお慶び申し上げます」としか言いようがない。

 しかし、初見の段階でも指摘したことだが〔注3〕、この御高説、残念ながらことごとく間違いである。

 正解を言うなら、「サミュエルソンの経済学ではなく簿記会計」ではなく「専らバーコードスキャンのレジ打ち」、「憲法学ではなく宅建法」ではなく「『あいさつ』『着替え』『連絡ノートの確認』『会社の経営理念の唱和』『接客用語の唱和』『月間重点目標の唱和』、そしてようやく『タイムカードの打刻』の、労基法も黙る就業手順」〔注4〕、「シェークスピアよりも観光業で必要な英語」ではなく「誰にでもできるおもてなしの心(英語なんかそもそも要るかい、ボケ)」である。

 そして、大学の目指すべき姿は、まさにこの「専らバーコードスキャンのレジ打ち」「『あいさつ』『着替え』『連絡ノートの確認』『会社の経営理念の唱和』『接客用語の唱和』『月間重点目標の唱和』、そしてようやく『タイムカードの打刻』の、労基法も黙る就業手順」「誰にでもできるおもてなしの心(英語なんかそもそも要るかい、ボケ)」に関する周知と飽くなき訓練である。

 そんな大学に外部の「実務家講師」(二級品)として出講するのなら、私も仕事によりいっそうの情熱を傾ける。こんな鬼畜の 実務の訓練は、教示する分には構わないが、された日にはたまったものではないからである。される側への転落を断固阻止し、する側の立場を死守するために、命懸けで教材を開発し、満足度の高い授業をつくっていく。「職業人として必要なスキル、実践力を大学で身につけてほしい」という御託 金言を今後とも学生・社会人たちに届け、ニーズに対応していくためである。

 そう考えると、これからの時代、餅は「餅屋」ではなく「コンビニ」ということになる、よくわからないが。人生に必要な程度のアカデミズムはすべてコンビニのレジ脇に置かれている。それ以上でもそれ以下でもない。また、大学が「専門学校」「就職予備校」になっているなどと言って批判する人もいるが、専門学校や予備校に失礼な話である。

 これからの大学は「〇〇大学△△学部□□学科」などといった実態と乖離する大仰な名称を捨て、「〇〇マート△△店□□棚」へと名実共に変わる必要があると私は考える。「アカデミックな教育課程に偏りがちな大学を変革し、産業界が求める『即戦力』となる人材を育てる」ためにも、それ以外の道はない。企業が大学に期待する「即戦力」が「使い捨て要員」であることを忘れ、人格形成の支援などといった過剰サービスに走る愚を犯してはならない。


1.芦田宏直『努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論』ロゼッタストーン、2013年、327頁。「努力したらただではおかない、しなかったらなおのことただではおかない」2013-11-23の3で取り上げた。
2.「(争論)文系学部で何を教える 冨山和彦さん、日比嘉高さん」(朝日新聞デジタル2015-03-04 05:00)より、冨山和彦へのインタビュー部分。「たとえ大卒で簿記・宅建の有資格者であっても時給850円のワーキングプアに抑え込むぞ宣言」2015-03-04で取り上げた。
3.注2のブログ記事参照。
4.ここまでは、ファストフードチェーン「なか卯」の就業慣例。参考:参議院決算委員会(2015-02-06)における共産党・吉良よし子議員の質問。注2のブログ記事でも取り上げた。

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