うなぎの与三郎商店

目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず、教育・古典・語学・芸能など。タイトルは落語「うなぎ屋」より。

足場を組む

2017-06-17 23:00:00 | 随想 Home! Sweet Home! ―家族の物語―
【足場を組む】

《自宅外壁・屋根その他の工事が始まることなど》

 自宅の外壁塗装と屋根補修のための工事に入った〔注〕。初日の今日は、足場を組むためにリフォーム会社の担当者と作業員がやってきた。私は仕事に出かけたので家族が応対した。朝8時過ぎには作業に着手したという。

 午後の早い時間に帰宅すると、作業員が3名ほど、屋根の高さまで積み上がったフレームに取り付いていた。隣家も数日前から屋根の補修が始まったばかりで、足場に囲われた家が二軒並んだことになる。こういうとき、双方の担当者や作業員はどのような気持ちになるのだろう。

 私の出講する大学受験予備校の今はなき校舎(自社ビル)のひとつは、すぐ隣が競合他社の校舎(テナントビルのフロア)だった。はじめのうちこそエントランスに出入りする生徒の動向や担当講師のリストが気になった。しかし、すぐにどうでもよくなって、存在さえ意識することなく淡々とした日常になった。もっとも、これは私がこの校舎に週に1回しか通わない講師だったからの話で、事務職員の方では常時かつ最後まで戦闘モードだったかも知れない。

 最後まで……。冗談のような話だが、校舎を閉鎖した現在はその「他社」様がビルを買い取り、シンボルカラーが目に眩しい立派な看板を出している。もう縁のない場所なので、どうでもいいことだが。

 自宅の話に戻る。足場が完成し作業員が帰った後、息子と昇ってみた。まだハシゴか何かをかけるつもりなのか、私には一段上がるのもひと苦労で、2階のベランダの高さまで昇ったときには手足、ついでに腹の筋肉がひきつった。息子は物珍しさにあちこち見て回っている。私の方はというと、ベランダ外側の塗装が思いのほか限界状況であることに気をとられ、至近距離で細かくチェックしていた。

 不思議な気持ちである。この家に住んでから一度も見たことがない光景である。それに、少し見上げるとベランダも屋根もすぐそこにある。私には塗装や屋根補修の知識も技術もないけれど、こんな仕事場なら「本来の仕事」に専念できるのだろうなという気がした。バカ発言を承知で、足場というのは何て合理的なシステムなのだろうと思った。

 実際の塗装や補修は、我が家の都合もあって週明けからになる。外壁の色を最終的に決めかねていた。冒険したいような気もするし、隣近所とのバランスを考えなければならないような気もする。でもここまでもつれ込むと、担当者の仕事が大雑把にならないか余計な心配をする。そういうわけで、工事開始日の今日、冒険と現状の中間、やや冒険寄りの希望を電話とメールで担当者に伝えた。先方から返事を貰い、外壁洗浄の日に最終確認することにした。

 家というのは何年も、何十年も住むことを前提に考えると、少し見方が変わる。更地にして真新しいものに取り替える経済的余裕はないし、住んでいるうちにその意思もなくなった。やはり、今あるものを前提に次善の策をとり続けることがいちばんだ——ここから人生の教訓らしきものを導き出すこともできそうだが、言葉にすると恐ろしく陳腐になる。まあ、家族も仕事も人間関係も、そうそう簡単にリセットできるものではないし、してはならないということか。

 リフォームにハマると夢が広がる。今の書斎(仕事場)に作り付けの頑丈な書棚を置けないか。リビングとの間の壁を取っ払って、ブックカフェのような空間を演出できないかなどと考える。たぶん、考えたことの十分の一、百分の一も実現しない。それに、妻や子どもたちにもそれぞれのこだわりがある。それでもしばし満たされた気になる。

 入居間もないころに庭の工事を依頼したとき、息子と娘はそれぞれ小学3年生と1年生だった。それが中学2年生と小学6年生。次にこの家に手を加えるときはどんな大人に成長しているだろう。どんなこだわりを見せているか。私も人生の時計に換算すると午後3時頃になるらしい(24h÷80年×50年=15時)。これからしばらくはプチ冒険色の家に住むことにする。

 何かいいことあるに違いない、たぶん。


「フルハウス」2017-06-11参照。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 前の記事へ | トップ | 次の記事へ »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。