うなぎの与三郎商店

目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず、教育・古典・語学・芸能など。タイトルは落語「うなぎ屋」より。

なあ、晋三〜ヤンキーの威を借る子犬、子犬の威を借るヤンキー〜

2017-06-14 23:00:00 | 随想 社会・文化私論
【なあ、晋三〜ヤンキーの威を借る子犬、子犬の威を借るヤンキー〜】

《違和感全開のシュールな光景を前に考えたことなど》

 どう見てもヘタレた子犬が、明らかに慣れていないドスをきかせて周囲を恫喝する光景。それに加えて、本来なら爆笑すべきところを畏怖と至福に満ちた顔で唯々諾々と頭を垂れる狼たちの居並ぶ光景——有無を言わせぬ圧倒的な違和感である。

 たとえて言うなら、どんなに心理的・身体的な事情があろうと大便をした時点で「うん◯ドリルマン」に認定される苛酷な学校環境で、「う◯こドリル」になるどころか過剰なまでの忖度を受けるひ弱な優等生を見る思いである。転校生からしてみると、爆笑と◯んこの2点セットがキャンキャンほざいている異様な光景だろうが、そこにいるだけで理不尽なイニシエーションの餌食になるリスクを負っているのが転校生である。迂闊なことを口走ろうものなら即座に袋叩き、場合によっては生命の危機にさらされる。

 言葉の正確な意味で、これは「友人」じゃないだろうと思われる人間に過剰な友情を感じているかわいそうな子犬がいる。お行儀が良くて、優しくて、いい子で、可もなく不可もなく、どこまでも凡庸でなんの変哲もないおぼっちゃまで、まったく普通の子。真面目だし、エバるわけでもないし、腰も軽かった、そんな「空疎な中心」〔注1〕にしてペラリストの晋三である。

 国会の会期末が迫る中、このかわいそうな子犬にたかり、利権に巣食っている「無法者」はいま、何を感じ、何を考えているのだろう。また、その「無法者」を裏で操り、この世の春を謳歌している(つもりの)「カオナシ」はいま、何を感じ、何を考えているのか。

 ここ数ヶ月の一連の動きを凡庸な一国民としてできる範囲の情報収集と知性で考察する限り、この「無法者」と「カオナシ」の動向が気になって仕方がない。それに比べれば"安倍一強"の主人公・晋三のことなど、ホントにイヌのフンほどの些事に思えてくる。東洋の斜陽国家に独裁者ヒトラーの再来かと"期待"させておいて、ヒトラーに失礼なほどの子犬のフンでしかない。

 晋三ではなく、例えば(竹中)平蔵が気になる。現時点で顔の見える「無法者」の言うこと、なすこと、知性の構造並びに行動原理がことごとくこの平蔵に似ているからだ。「〔ローカル大学では〕サミュエルソンの経済学ではなく簿記会計を、憲法学ではなく宅建法を、シェークスピアよりも観光業で必要な英語をこそ学ばせるべきです」〔注2〕などといった言葉を平然と披瀝できる知性と感性と行動力は、平蔵山脈の一角を占める霊峰でなければ保持できない類のものである。

 平蔵の登場は10年以上も前か。小泉時代には胎動始めた「特定知性・感性」は、「おまかせ晋ちゃん」(連帯保証ハンコ付)の登場によって一気に花開いたわけか。よくわからないが。

 また、前文部事務次官の引きずり出した「カオナシ」の動向も気になる。いざとなると象のようにかわいそうな文部官僚の知性を、私は元文部官僚という人物の著書によって知った。例えばこんな感じ——「〔学習指導要領の〕法的拘束性の論理は、文部省が好んで言い出したことではない。日教組が宗像理論を楯に学習指導要領への反対運動を強めたがゆえに、やむをえず持ち出した法理論である」〔注3〕。

 今回も利権に絡み、天下りを堪能しながら、いざとなるとまた象に化け、被害者になるのだろう。内部調査をすると言いながら、生け贄1匹を確定した上で子犬様に献上するつもりらしい〔注4〕。象なのに。

 その動向を忖度職人たる各自治体教育委員会が、華麗なる沈黙を以て見守っている。忠犬たちは学習する。忖度・生け贄・懲戒システムをご主人の身の振り方から病的なほど精緻に学び、つくりあげる。当然、教員の管理統制や懲戒の場面で今後生かされるだろう。それをわかった上での文科省の振る舞いが見ものである。

 それにしても、なあ晋三。何しても、何されても痛くないだろ。ココロもカラダも。生まれつきだもんな。いや、育ちか。それとも努力の賜物か。それに何より、「くだらない質問」ばかりするゴミどもに見せつけ、啖呵切れるほどの「友だち」がいてよかったね。美しすぎるよ。そのうち道徳の教科書にでも載せるか。

 なあ、晋三。


1.青木理『安倍三代』(朝日新聞出版、2017年)より、青木の言葉〔270頁〕。「ベーアー三代〜反骨・バランス・フェイクの三段オチ〔修正版〕」2017-05-04でも取り上げた。
2.「(争論)文系学部で何を教える 冨山和彦さん、日比嘉高さん」朝日新聞デジタル2015-03-04 05:00。私がこの言葉にこだわるのは、簿記会計や宅建が無意味だからではない。その簿記や宅建も実はカムフラージュで、本音が次のようなところにあると考えるからである。

 しかし、この御高説、残念ながらことごとく間違いである。
 正解を言うなら、「サミュエルソンの経済学ではなく簿記会計」ではなく「専らバーコードスキャンのレジ打ち」、「憲法学ではなく宅建法」ではなく「『あいさつ』『着替え』『連絡ノートの確認』『会社の経営理念の唱和』『接客用語の唱和』『月間重点目標の唱和』、そしてようやく『タイムカードの打刻』の、労基法も黙る就業手順」、「シェークスピアよりも観光業で必要な英語」ではなく「誰にでもできるおもてなしの心(英語なんかそもそも要るかい、ボケ)」である。
 そして、大学の目指すべき姿は、まさにこの「専らバーコードスキャンのレジ打ち」「『あいさつ』『着替え』『連絡ノートの確認』『会社の経営理念の唱和』『接客用語の唱和』『月間重点目標の唱和』、そしてようやく『タイムカードの打刻』の、労基法も黙る就業手順」「誰にでもできるおもてなしの心(英語なんかそもそも要るかい、ボケ)」に関する周知と飽くなき訓練である。〔「餅はコンビニ〜人生に必要なアカデミズムはすべてコンビニのレジ脇で学んだ〜」2017-05-04

3.菱村幸彦『戦後教育はなぜ紛糾したのか』教育開発研究所、2010年、20頁。「手習いノート雑録」2014-12-27「ある戦後教育の回想1」2015-02-27でも取り上げた。
4.「加計問題の内部告発者、処分の可能性 義家副大臣が示唆」朝日新聞デジタル2017-06-13 15:59。
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